状況変化 ㉒
「以外と広いですね」
「そうだな。燻すなら奥の方で火を焚いた方が良さそうだ」
草野球場やサッカーコートほどじゃねえが、フットサルコートぐらいの広さは有りそうだ。
天井にも地面にも、至るところにカラカラに乾いていそうな鍾乳石が生えていることからも、この空間がかつては水が存在した場所だったことを示している。
鋭い牙が並ぶ巨大な獣の口腔内に入り込んだような錯覚を覚える空間には、地面を覆い尽くすように汚物が散乱している。
泥団子を壁にぶつけたように潰れた半球状だ。
しかも、1個1個の汚物が俺の握り拳ほども有ってデケエ。
改めて頭上に目を向ける。
「糞もデケエが、アイツらもデケエな」
「人間と同じぐらいの体格があるように見えますよね」
「ああ」
逆さ吊りで寒さに震えてコートを掻き合わせる姿にも見えるコウモリは、豚とネズミを足して2で割ったような顔を眼下の俺たちへ向けている。
体格のわりに目玉がデケエな。
暗闇でも僅かな可視光を見るために発達したのか、顔面の3分の1を占めるのが目玉だ。
人間サイズの動物が落とすソフトボール大の排泄物。
そんなものが数百個では効かないほど地面にへばり付いている。
コレ、絶対に体に悪い病原菌の温床だろ。
あまりの惨状に頭上を見上げているケイナが眉間にシワを寄せた。
「こんなに不潔な環境で、よく平気な顔をしていられますね・・・」
「それなー」
人間のように嗅覚が鋭いとは言えないような生物でも、自分の排泄物でさえ臭いものは臭い。
鼻が慣れる、ということも考えられるが、目に染みるほどの悪臭ともなれば、慣れにも限界が有るだろう。
下水道整備が進んで水洗トイレに慣れた現代日本でも、下水道が整備されていない郊外や未開発地へ行けば、原始的な備蓄型―――、いわゆる、汲み取り式の“ポットン便所”というものは今も存在する。
アレも中々に強烈なニオイが充満しているもんだが、あのニオイよりも遙かに臭え。
工事現場やイベント会場で見掛ける仮設トイレなんて、防臭洗浄液を使うから昔の汲み取り式よりもマシなんだぞ。
大昔は人糞もバクテリアによる熟成分解をさせて畑の肥料にするとかで、“肥溜め”なんてものがそこいら中に有ったらしいから、現代人はもっと下水道と下水処理場の存在に感謝すべきだな。
俺も日本に帰ったら水洗トイレに敬意を払おう。
しかし、このニオイ。
熟成された汚物のニオイに生ものが腐敗したニオイが強めに雑じってるよな?
人間ほどのデカさが有る野生動物が生命を維持するために食うものって何だ?
畑の作物の食害で名前が出たのはウサギとタヌキで、コウモリの名前は出ていなかった。
そもそも草食動物の糞ならここまで臭くねえだろ。
コイツらは恐らく肉食性、あるいは雑食性なんだろう。
野生動物でも補食してるのか?
このサイズで、肉食で、空を飛べて、夜目が利く?
生態系の上位には入りそうだ。
触角ヘビや犬っコロに較べればコイツらの危険物センサーの反応は小さなもんだが、油断するのは良くねえな。
翼長がどのぐらい有るのかは判別できねえが、あのサイズが翼をはためかせて狭い坑道を飛んで来るのなら、飛行コースはかなり限定されるはずだ。
ストライクゾーンが限定されるならバッティングセンターと似たようなもんだろ。
バッティングセンターはサラリーマンのストレス発散の定番だからな。
ボールをバットでブッ叩くのもコウモリを拳でブン殴るのも、需要なのは振り抜くタイミングってことだ。
敵の危険度を測り終えて地上へ視線を戻す。
「薪を燃やす場所を決めちまおう」
「はい」
いつも以上にしっかりと頷いたケイナを伴って最奥部の空間を探索する。
糞の隙間に残った僅かな地面だけを踏んで歩くのだから、地雷原でも歩いている気分になる。
ニオイの根源で有る糞を踏まないように神経を使いつつだが、たかがフットサルコート程度の広さだ。
早々に抜けた水の通り道であろう大穴を発見した。
大穴と言っても、直径5メートルほどのすり鉢状に地面が落ち込んでいて、底に直径50センチメートルも無いような穴が空いている洗面台のような場所だ。
「アレが排水口っぽいな」
周囲との高低差を目測で測ってみても、この大穴が一番低いように見える。
最終的には汚物ごと焚き火も押し流しちまう積もりだから、排水管の傍が丁度良いだろう。
「ここにするか」
「どうするんですか?」
さあ。現場の確認を終えた上での最終ミーティングだ。
作業手順を確認して相棒との意思疎通を図る。
状況変化㉒です。
汚物は消毒だ!?
次回、決戦!?




