状況変化 ⑳
手拭いの端を帯状に切って鼻血が出た時みたいに畳んで丸めて鼻に詰め込む。
ユルユルだとニオイが侵入してくるからギッチリと詰める。
顔の下半分を手拭いで覆面するのは、口呼吸になるから埃と一緒に病原菌を吸い込むのを出来るだけ防ぎたいって意思表示にしかならねえんだよな。
世間を騒がせる感染症が流行ったときに、色んな学者や医者がそう言っていたはずだ。
マスクでもあんまり意味がねえと聞くのに、薄くて目の粗い布っ切れ1枚じゃあ気分的なものにしかならねえだろう。
そもそも病原菌を相手に、「病気を移されたくない」なんて意思表示をしたところで意味なんて有るわけねえんだし。
「準備出来たか?」
「変な声になってますよ?」
後ろを向いて布詰め作業をしているケイナの背中に向かって極度の鼻詰まり声で確認すれば、鼻詰まり声でツッコミが返ってくる。
言ったな?
「おう。変な顔にもなってるぞ」
「ぶふっ!」
ほら、と、覆面を顎まで引き下げてパンパンに小鼻が膨らんだ顔を見せてやれば、吹きだしたケイナが俯いて両肩を震わせる。
鼻が塞がっているから呼吸も苦しいようで、ケヒョケヒョと咽せている。
勝ったな!
後ろを向かせてケイナの覆面がちゃんと出来ているかを確認してやって準備を終える。
取りあえずの現場確認だから、このぐらいで良いだろう。
この準備で足りるか足りないかは現場を見てみねえと分からねえ。
「行くぞ」
「はい」
笑いが収まったケイナを背中に庇って坑道を奥へと進む。
手掘り感が満載なゴツゴツとした岩肌が続く曲がりくねった坑道の様子は相変わらずだが、小さく上がって大きく下がる様子から推測するに、最奥部というのは地面の下らしい。
地面の下というなら、山腹に口を開ける入口を入った瞬間から地面の下なんだが、この場合、管理小屋が有った、この鉱山の標準的な標高よりも深い地中って意味での「地面の下」だ。
奥へ進んで標高が下がる度に坑道内の気温も低くなって行っている気がする。
「また下ってるから、足元に注意しろよ?」
「はい」
ビクトルは最奥部を「地下水が抜けた空間」と言っていたが、その通りかもな。
これだけ奥へ踏み込んで地中深くへ下っても、湧水が坑道を濡らしているのを一度も見ていねえ。
地中の水脈ってのは固い岩盤や水を通さない粘土層なんかで、地中へ浸透した雨水なんかが溜まったものが多い。
この国はどうやら降水量がそんなに多くない様子だし、何らかの事情で帯水層から水が抜けてしまえば新たな地下水が供給されねえんだろうな。
「どこまで続くんでしょうね?」
「もう400~500メートルは来たと思うんだが、坑道ってのは下手するとキロ単位の長さが有るらしいからな」
危険物センサーに反応は有るから「何か」が居ることは間違いねえんだよな。
だが、これはどうなんだ?
縦も横もギリギリのサイズが有りそうなコウモリが、坑道の壁にも天井にも接触せずに数百メートルもの距離を飛べるものなのか?
頷きながらもケイナが首を傾げる。
「かなり大きな動物なんですよね?」
「ビクトルの情報が正確なら、だな。ニオイで近付けなくなるような糞の量なら、個体もデケエだろうし、数も居るんじゃねえかな」
俺の答えに頷いたケイナは、直ぐにまた首を傾げる。
「コウモリって飛ぶ動物なんですよね?」
「そうなんだが、どうかしたか?」
「こんなに入り組んでいる坑道の中を、明かりも無しに飛べるものなんですか?」
「あ~。そう思うよな」
まさに今さっき、俺も同じ疑問を抱いていたところだったし。
ただまあ、地球の学者たちが何十年間も研究してコウモリの生態は明らかになっている部分が多い。
異世界のコウモリが地球のコウモリと同じという保証はねえんだけどな。
「コウモリってのは、凄く耳が良い動物らしくてな。俺たちの耳には聞こえない声を出して跳ね返ってきた声を聞き取れるから、真っ暗な中でも飛べるそうだぞ」
「声ですか。はんしゃ?」
おっと。またケイナに分からない単語で説明しちまったな。
日本では小学校で習う科学の概念だが、こっちの世界では魔法という便利な技術が有るせいか科学的な知識が発達していねえように感じるなあ。
「反射ってのは、何て言えば良いんだろうな。例えば、この明かりが壁にブチ当たって返ってくるのを俺たちは見ているわけだ。音も同じで、ブチ当たって返ってくるのを聞き取ることは可能なんだろう」
「そうなんですか?」
出来るだけケイナが想像しやすいように説明したつもりだったが、俺の説明で理解できそうか?
知らない人間に理解しやすく説明して理解させるのは難しいもんだ。
噛み砕いて身近な例に例えてやるしかねえ。
ただ、ケイナは理解力が有るし頭が良い子だからな。
俺の拙い説明でも理解してくれるかも知れねえ。
状況変化⑳です。
ソナーに感あり!?
次回、最奥部!?




