状況変化 ⑱
ケイナの返事を確かめた俺は、ドラゴン包丁を片手に山の斜面に取り付いて柴刈り作業に取り掛かる。
日本の山と違って乾燥しているからか、下草がほとんど生えていなくて灌木ばかりの斜面だ。
坑道の真上に陣取って、手当たり次第に伐った生木の枝を道路へと投げ落としていく。
「落とすぞー!」
「はい!」
地面に落ちた枝を一ヶ所に拾い集めてくれているケイナに枝が当たらないようにと気を付けては居るんだが、ケイナの方もなかなかに要領が良いようで、俺が枝を伐っているタイミングを見計らって近付き、枝が落ちてきそうなタイミングには退避している。
いや。要領が良いと言うよりも、ケイナは呼吸を合わせるのが上手いんだな。
「おっと」
足を滑らせそうになって踏ん張る。
庭先の草を刈る「芝刈り」と違って、それなりの急斜面は足元が悪い。
昔話によく有る「お爺さんは山へ柴刈りに」のアレで、「柴刈り」ってのは薪にする枝を伐り出す作業のことだから、あの辺りの爺さん連中はかなり足腰が強いんだろうな。
小一時間ほど一心不乱に枝を伐っていたら、上から見下ろしても坑道の前に枝葉の小山が出来上がっている。
「そろそろ良いか」
10トンダンプカーに1杯分も有れば焚き火をするには十分だろう。
ヒョイと飛び降りてドスンと路面に着地する。
ひっくり返ることも足が痺れることもなく着地できちまった。
イケると感じたから飛び降りたんだが、日本で普通に暮らして居た頃には10メートルもの高さから飛び降りてみようとは考えなかったな。
俺の身体能力は常識外れの域に入ってきているみてえだ。
ケイナと並んで坑道の入口に立つ。
俺たちの影が伸びているのは、ほんの数メートル先までで、そこから先はトンネル内の闇に食われて影も消えちまう。
半壊した扉が牙のようにも見えてデケエ獣の顎に飛び込んで行くような気分になるな。
「さてと。いよいよ突入するわけだが、覚悟は良いか?」
「はい!」
気合い一杯に拳を握りしめるケイナから返事が返る。
「どのぐらい臭えか分かんねえからな。もうダメだと思ったら無理せずに逃げるんだぞ?」
「分かりました!」
俺も気合いを入れていかねえとな。
ケイナが大きく頷くのを確かめて坑道に向き直る。
「ヨシ! 突入!」
「あ。ちょっと待ってください」
ケイナに袖を引かれて、出鼻を挫かれてズッコケそうになりながら踏み出し掛けた足を止める。
「うん?」
「同胞はらからたる精霊よ。我が願いに応え、力を貸し与え給え」
俺に答えずケイナが古めかしいセリフを口にする。
ああ。これが呪文ってヤツか。
落ち着いて聞いたのは初めてだったが、「唱える」というよりも相手に話し掛けるような口調だな。
胸の前で何かを受け止めるような仕草をしたケイナの目はに何かが見えているようで、何かの動きを追うように視線が動いている。
俺の目には何も見えねえから、そこに精霊ってヤツが居るんだろう。
「照らす光よ。我が道を示して」
ケイナの願いに応えるように虚空から光源が生まれて一瞬で坑道内の闇を後退させた。
懐中電灯どころか投光器並みの明るさだ。
俺の頭上1メートルほどの空中に何の支えもなく「光」そのものが浮いていて、俺の動きに合わせて光源も付いてくる。
投光器みてえに指向性が有る光源ではなく、全方位を照らす電球を頭の天辺に引っ付けたみてえな感じになっている。
「おお。こりゃあ良いな」
「良いでしょう? テツさんも術式を覚えると便利になりますよ」
「お、おう」
得意気なケイナに返事はしたものの、魔法なんて俺に使える気がしねえんだよなあ。
まあ、今はそんなことを考えている状況じゃねえし、仕事が終わってから考えよう。
「今度こそ、突入!」
「はい!」
一歩後ろにケイナを庇うように俺が前に立つ。
踏み込んだ坑道内に荒らされた様子が有るのは、扉の破片が転がっている5メートルほどの範囲までだ。
人気が無くて廃墟感は有るが、ゴミも落ちていなくて端っこに積み上げられた木箱も整理されていて、しっかりと管理されている坑道であることが感じ取れた。
状況変化⑱です。
いよいよ敵地へ!
次回、坑道!




