状況変化 ⑰
「どうかしたか?」
「ここの天井、3メテルは有りますよね。高い場所を飛んできたら手が届かないんじゃないですか?」
ケイナが指したのは坑道だ。
天井高が3メートル以上有るんだから、ケイナの懸念は尤もだ。
だが、問題ない。
「心配ねえよ。坑道内ならそんなに高い場所は飛べねえ」
「どうしてですか?」
断言する俺にケイナが首を傾げる。
「翼をはためかせるときには、こう、上下に翼を振るわけだ」
「青銅鳥と同じですね」
左右に伸ばした両腕をバタバタと上下させる俺のジェスチャーに、ケイナの口から聞いたことのない単語が出た。
「すちゅ? 何だそれ」
子音をハッキリと発音する日本人には発音を真似るのも難しそうな単語だが、今までに聞いた単語の中でも特にややこしく聞こえたぞ。
日本人の耳には横書き言語の聞き取りも慣れが必要なんだ。
「ステュムパーリデス、ですね。森の奥側に棲んでいる鳥の名前です」
「ほう。そんなのが居たんだな」
誰も口に出していなかっただけで、郷の近くに棲息している野鳥?
いや野獣? 違うな。魔鳥か。
「たまにしか獲れませんが美味しいんですよ? ごく僅かですが貴重な金属が採れますし」
「鳥から金属が採れんの?」
今まで見聞きしてきた魔獣ってヤツは、黒トカゲ野郎の他は基本的にデケエのが地球の生物との違いだったが、触角ヘビよりもファンタジー風味の強いヤツが出て来やがったぞ。
「羽根に金属が含まれているから燃やすと金属だけが残るんです。その羽根のせいで矢が通らないんですけどね」
「それでたまにしか獲れねえんだな」
鳥ってのは、進化の過程で出来るだけ長く空を飛ぶために体の構造を軽くさせてきた生物だ。
軽量化のためにモーターカーの玩具みてえに“肉抜き”してダイエットを重ねた結果、骨までスッカスカの構造になっている。
少しの衝撃でポキポキと骨折するぐらいに体を軽く進化させてきたのが、鳥類という特殊な生物だ。
普通は体が強靱なほど種として強いもんだが、天敵が居ない空を飛ぶためだけに体の強度を投げ棄てる選択をした生物が鳥類なんだよ。
”肉抜き”ってのは、四角い柱を軽量化するために鉄骨の中身を空洞にしたりで、地球でよく目にする例を挙げれば、ビルの建設現場で組み上げられてるH鋼なんかがその代表格だな。
狂信的な菜食主義者みてえなダイエットに血道を上げてきた鳥類が、体内に重石となる金属を溜め込む?
鳥類の進化の過程を思えば、相反する選択のように感じる。
ああ、でも、矢が刺さらないと言ったな。
だとしたら、敵の攻撃から身を守るために金属で硬くした羽根を生やしてるのか?
金属甲冑を全身に纏った騎士と鳥の姿を重ね合わせて納得している俺を置き去りに、ケイナが話を引き戻す。
「つまり、翼をはためかせると天井が邪魔になるからコウモリは低い場所しか飛べない、という意味ですよね?」
「正確には、地面も邪魔になるから真ん中辺りの高さしか飛べねえ、って意味だ」
視線を宙へ泳がせて頭の中で鳥が飛ぶ姿でも想像したのだろうケイナが納得顔で頷く。
「下もですか。道理ですね」
「丁度、殴りやすい高さだろ? 頭がデケエってことは的もデケエってことだしな」
天井と地面の中間辺り、1メートル50センチメートルほどの高さで拳を振ってみせる。
身長2メートル近い俺にしてみれば肩と胸の中間ぐらいの高さだ。
腕を振るのに少し腰を落とせば、ジャストで打撃力を伝えやすい肩の高さになる。
「なるほど。私は何をすれば良いんですか?」
「火を点ける役目と、俺が前に立つから討ち漏らした奴の始末を頼む。火事の心配は無さそうだし、バンバン撃ってくれて構わねえよ」
森の中では延焼を怖れていたのか火の魔法を使うことは無かったが、森を出て以降のケイナは火を使うことが多くなった。
火の魔法が苦手だったわけではなく、環境への配慮に過ぎなかったことは俺も理解している。
自然を大切に! なんて頭でっかちなお利口さんの理屈ではなく、森が燃えたらエルフ族が生き残れる場所がなくなっちまうからな。
心配無用と聞いたケイナがニコリと笑う。
「火術式ですね。分かりました」
「後は、最後に消火とゴミの洗い流しだな」
火の魔法ともう一つ、ケイナに使って貰いたいのは水の魔法だ。
「洗い流しですか?」
「最奥部は地下水が抜けた跡だとビクトルが言ってただろ? 水ってのは高いところから低いところへ自然と流れ落ちるもんだ。地面のどこかに水の通り道が有るんだろう」
要は汚物をトイレの排水管に流すようなものなんだが、ケイナは水洗トイレを知らないからな。
俺の意図を測りかねた様子のケイナも、少し考えて想像は出来たようだ。
「そこにまとめて流し込むんですね?」
「臭いニオイは元から絶たなきゃダメってな。上手く行きゃあ、そこを埋めちまうだけでニオイはマシになるはずだ」
首を傾げていたケイナもプランを理解してくれたようで安心した。
だが、俺の安心とは逆にケイナが眉を顰める。
「上手く行ってくれると良いですね。臭いのは私も苦手です」
「だよなー」
俺も、というか、嗅覚が有るのに臭いのを好む生物は居ないんじゃねえか?
臭いものに興味を引かれた犬だってわざわざ自分から嗅ぎに行くが、「臭え」と言わんばかりにブフッと鼻を鳴らして戻ってくるからな。
「では、始めますか?」
「おう。俺は上で生木の枝を伐って投げ落とすから、ケイナは1ヶ所に纏めておいてくれ」
「はい」
坑道の真上に生い茂っている木々を指し示せばケイナが頷き返して来る。
状況変化⑰です。
作戦開始!
次回、ニオイの元!?




