間章 早まったかも知れないと悔いている ①
なんじゃ、“アレ”!?
めちゃくちゃ、怖かった!!
墜落しかけたが、何とか飛行術式の強化が間に合って、墜落は免れた。
もう、追って来んじゃろうな!?
高度も上げたが、後ろを振り返って、木々の上空に我以外の飛行者が居ないことを確かめて、そっと安堵の息を吐く。
大きく翼をはためかせて、広大な空を飛ぶ。
向かう先は、古くは“龍の背骨”と呼ばれた、切り立った山脈の、我が塒だ。
誰じゃ!? 勇者に育つ前の”原石”ならば勝てる、とか言うたド阿呆は!!
能無しの腐れ魔王め、今度、見掛けたら問答無用で焼き払ってくれようぞ!
我が身に何が起こったのかを思い返す。
「原石」となる勇者候補者が落とされてくる元の世界から、どういうわけか、アレは我を追ってきた。
空も飛べず、勇者に育ちきってもいないヒト族のくせに、我に空中戦を挑んできおった。
避けようの無い不意打ちで空間接続術式の目印を大きく狂わされた上に、世界の「壁」に穿った「穴」を抜けて安心した途端に、襲いかかって来おったのだ。
空の覇者たる龍族に、空も飛べんくせに、空で挑んでくるヒト族など有り得んじゃろ!
術式を組み上げて発動したものの魔素が足りず、「穴」の向こう側へと出ようにも頸しか出せず、身動き出来ないから、目の前に居たヒトの仔を食って、いくらかでも魔素の足しにしようとしたら、何やら、派手な色のモノが我の目玉を直撃して、とんでもなく痛かった。
悲鳴を上げるほどの目の痛みに慌てて頸を引っ込めたら、維持していた術式が揺らいで「道」が閉じ始めてしまったのだ。
世界を隔てる「穴」の中に閉じ込められでもしたら、いかに強靱な我が身とて、無事では済まんじゃろう。
逃げ帰ってくるのは不本意じゃが、状況が状況じゃった。
”何も無い”だろうことは「穴」を空ける前から感じ取っておったが、本当に「何も無い」とはな。
”空間”の無い”世界の狭間”になど落ち込んでは、我の存在そのものが塵にまで引き裂かれ、消滅するだろうことは疑いが無かったのだから。
常軌を逸した「アレ」の凶暴な目を思い出して、翼の付け根に寒気が走る。
「原石」から磨かれて勇者に育っても、ただの一人として、空を飛んだ者はいなかった。
未だ勇者にもなれぬ“ただのヒト”ならば、なおのことだ。
数千年を生きた我でも一度として飛んだことのない超高空に、何ら恐怖を見せることなく、我の、さらに上空から襲いかかってくるなど、狂気でしかない。
正気とは、到底、思えぬ。
それに、“あの目”じゃ・・・。
我の奥底まで見定めようとするかの、あの目。
あれは、完全に捕食者―――、いや、殺戮者の目だった。
己が傷付くことに”一片の恐れ”すら無く、どう殺すか、どう食らうか、しか考えていない目。
得体の知れない化け物に鉢合わせしまった恐怖に、身が震える。
生物の頂点たる我にとって、野生の本能に従っての目ならば、恐れることなど無い。
我を恐れず襲い掛かってくる同族などは、大抵が獰猛な本能を剥き出しにした目をしておるからな。
野生の本能しか持たぬ魔獣や魔物ごときは、到底及ばぬ我に挑んでくることも無い。
しかし、高度な知性を保ったまま”純粋な殺意”を剥き出しにするアレの目は、今までに遭遇したことの無い種類のものだった。
生物が生物である以上、生存本能を持ち、痛みを忌避し、己の死から逃れようとするものだ。
彼我の体格に数十倍もの差が有って、なお、「一片の恐れ」も抱かない生物など在るわけが無い。
それ故に、「純然たる殺意」などというものが在るわけが無いのだ。
あんな目をする奴など、魔族種にも居らんかったぞ。
生命を持たぬ不死者ですら、己の死―――、消滅を恐れるのだから。
仮にもアレが本格的な勇者に育ったら、と思うと、背筋が寒くなる。
我に油断があったことは、認めよう。
だが、アレは極め付きじゃ。
“チキュウ”世界から喚ばれて来る勇者は、どいつも、こいつも、キ〇ガイじゃったが、アレに較べたら可愛いものじゃった。
早まった、かのぅ・・・。
我は、とんでもない化け物を招き入れてしまったのでは無かろうか。
魔族どもに寝込みを襲われて、カッとなった勢いで、やってしまったことは否めぬ。
空間の知覚に長けた龍族の術式ならば、貧相なヒト族の術式よりも上手くやれる。
そんな傲りがあったことも、否定しようがない。
数十年に一度の、魔石などに貯め込んだ魔素と、数十人の術者が持つ体内の魔素。
その全てを一点に穿っても、ヒト族が行使する”勇者召喚術式”などと称するものは、時を狂わせ、世界を隔てる「壁」を緩ませて、空間の境界を、ほんの一瞬だけ、あやふやにして、向こう側のヒトをこちら側へ“落とす”ことしか出来ぬ不完全なものだ。
途方も無く分厚い「壁」を完全に破って貫通させるには、この“龍の王”たる我が持つ膨大な魔素量をもってしても、予想よりも小さく、細い「道」しか空けられなんだ。
具体的には、この我ですら、向こう側へ頸しか出せなかったのだ。
向こう側のヒトを、こちら側へと“落とす”だけでも、矮小なヒト族の内包量では到底賄いきれない魔素を必要とする。
故に、召喚術式などヒト族には、そう頻繁に行使できるものではない。
此度の空間術式の行使で想定以上に魔素を食われた故、我も大人しく魔素の回復に努めねばならん。
直近の勇者が喚ばれたのは、30年ほど前じゃったか。
次の勇者が喚ばれるまで、まだ、数年はあるはずだ。
逃げるしてにも、アレが再び襲ってくる前に別の勇者の襲撃など、勘弁して欲しい。
来ない、と良いのう・・・。
間章①です。
勇者召喚術式!
次回、エーテル!(ゴダイゴのBGM




