状況変化 ⑨
「おうよ。ヘイレンヤード領で一番のガラス職人だぜ」
「一番ねぇ?」
胸を張ったオッサンが旧知の関係らしいオバチャンの茶々に眉根を寄せた。
不貞腐れるガキみたいに不満そうな顔をする。
「何だよ。嘘じゃねえだろうが」
「この人、腕は良いんだけど拘りが強くてね。数を作らないから儲からないのさ」
オッサンに睨まれたオバチャンはどこ吹く風で明るく笑い飛ばす。
オバチャンの方が一枚上手だな。
内部情報まで知ってるんだから、このオッサンとオバチャンは気安い仲なんだろう。
狭い地域社会の中での田舎コミュニティあるあるだな。
「うっせえな。適当なもんを売れっかよ」
オバチャンにオッサンが悪態で返す。
周囲の人間との関係性が悪くなく、自分の仕事に誇りを持っている、か。
こういう職人は安定的に良い仕事をするからな。
「へぇ。兄さん、その遮光メガネをちょっと見せてくんねえか?」
「ほらよ。落とすんじゃねえぞ」
「おう。分かった」
串焼きを囓りながら手渡してきたゴーグルを、取り落とさないように受け取る。
フレームは金属製だが、思ったよりもガラスが薄くてそんなに重くないな。
フレームの縁は異物の侵入を防ぐように柔らかい革で囲ってあって、ベルトで頭のサイズに合わせて調整できるようになっている。
黒く曇ったガラスを通して町の景色を透かし見れば、ガラスの色がかなり濃い。
カンカン照りの日差しの下なら丁度良いかも知れねえが、曇り空だと視界が制限されそうだ。
「やっぱ暗いな」
「当たり前だろう。炎から目を守るためのもんだぞ」
仰る通りで。
専用の仕事道具ってのは、その仕事に特化して作られているもんだから、他の用途には向かないのは当然だ。
だが、特化させなきゃ普段使い出来るのが道具ってもんだ。
「これを透明のガラスに替えることは出来るか?」
「透明ガラスだぁ? 何に使う気だ」
予想しなかった答えだったのか、オッサンが目を丸くする。
「俺たちは馬で移動するんでな。小石なんかが飛んで来るのを防ぎてえんだ」
ゴーグルなんだから、そういう用途で使うのも有りだろう。
小型飛行機やモトクロスバイクのゴーグルが、そんな用途だな。
ところが、オッサンは首を振る。
「ああ、ダメだダメだ。普通のガラスじゃ割れちまって余計に危ねえぞ」
「硬いガラスはねえのか?」
ゴーグルのガラス素材としてベターなのは、軽くて割れない“樹脂ガラス”と呼ばれるポリカーボネートだが、アレはプラスチックの一種でガラスじゃない。
住宅用途に“防犯ガラス”と呼ばれる強化ガラスってのが有るんだが、ガラスの表面を圧縮加工するとかサッシメーカーの営業が言ってたから、手作業で作れるようなものではないんだろう。
次に硬いガラスと言えば、確か石英ガラスだったか。
材料は純度の高い石英―――、いわゆる水晶だな。
炉の温度がクッソ高くないと作れないと聞いたように思うが、魔法の有る世界だから可能性は有るのか?
この辺の技術水準の予測が未だに分かんねえんだよな。
難しい顔で唸っていたオッサンが意を決したように俺を見る。
「有るには有るが、高いぞ」
「いくらだ?」
動揺せずに訊き返せば、僅かに逡巡を含んだ声でオッサンが答える。
「1着で金貨20枚だ」
「ヨシ。カネを作ってこよう」
領主に犬っコロの3~4匹も売り飛ばせば足りるだろう。
ケイナの身バレ防止措置の効果を少しでも高めるためなら安い買い物だ。
これで商談成立かと思えば、なぜか治まらないのは串焼きを焼いている露店のオバチャンだった。
「ちょっと待ちな! レイバン! アンタ、それはボッタクリすぎじゃないかい!?」
「ボッタクってねえよ!? 純度の高い珪石が入って来ねえんだから仕方ねえだろ!」
目を怒らせたオバチャンに心外そうにオッサンが反論する。
サングラスを頭に乗っけてたガラス職人の名前がレイバンかよ。
材料が入手できねえから値段が高いと?
つーか、俺を放ったらかして、何でお前らがケンカしてんだ?
話が進まねえから介入するか。
「珪岩なら、宿場町で石屋のオッサンが出荷してたが?」
「宿場町だぁ? アンタ、どこから来たんだ?」
オバチャンを放置して反応したオッサンが怪訝な顔をする。
「エンツェンス領の方からだ。道中に宿場町が有るだろ?」
「ああ。あっちの珪岩じゃ純度が低くてダメだ」
納得顔になったオッサンが首を振る。
鉱脈によって多少の純度が違うってのは理解できるが、同じ地域で採れる鉱石なのにそこまで大きく変わるもんなのか。
状況変化⑨です。
大人の事情で危険な名前!?
次回、依頼!?




