オジサン、迷子になる ⑫
次は、トカゲそのものについてだ。
落下中に観察した所感を、思い出してみる。
あれは、硬い。
おそらく、それは間違いない。
俺の勘が、そう言っている。
今まで、この直感が、外れたことはない。
何百回と、ガチのタイマンを張ってきた、“実戦証明済み”ってやつだ。
問題は、あの硬そうな鱗をブチ抜く打撃力の確保と、絶対的な距離の差を埋める方法。
しばらく、腕組みでウンウン唸るが、思いつかない。
「・・・保留だな」
最後に、現有戦力だ。
持ち物確認、とも言う。
作業ジャケットを脱いで、地面の上に広げる。
ポケットの中身を探り、ジャケットの布地の上へと並べていく。
よれよれになってしまったカッターシャツと、スーツパンツのポケットも念入りに探る。
スマホ。
ハンカチ。
家の鍵と、事務所と、営業車の鍵。
そこそこ書き殴ってある、ポケット手帳。
ヒナが、お小遣いを貯めて買ってくれた、3色ボールペン。
煙草10本ほどと、ガスが半分ほど残った使い捨てライター。
折れ刃が半分ほどに減った、カッターナイフ。
カッターナイフに内蔵されている替え刃が1枚。
小銭入れ付きの長財布と、運転免許証を含めたカード類が数枚。
サバイバルに使えそうな物は、使い捨てライターと、カッターナイフぐらいか?
スマホの発光ダイオードライトも懐中電灯として使えるが、バッテリー残量を少しでも温存しておきたいので、無いものと考える。
「おっ、ゼムクリップ、発見」
ごしごしすれば、方位磁石が作れるな。
枯れ葉に擦ったゼムクリップを刺して水に浮かべれば、南北ぐらいは分かる。
方角が分かるってのは、結構、大きな良条件だ。
地磁気が地球と同じとは限らないが、作れる、と考えておこう。
もっとも、浮かべる水が有れば、の話だが。
使い捨てライターと、カッターナイフと、ゼムクリップだけは、なくさないように留意して、ポケットへと戻していく。
あと、3色ボールペンも無くしちゃいけない。
これはヒナから貰った俺の宝物だからな。
出発の準備を整えて、立ち上がる。
体の、あちこちに、打撲の痛みは有るが、歩けないほどじゃあない。
高台を探すか、木に登って目的地の方向を確かめる必要がある。
が。その前に、飲み水を確保したい。
サバイバルの第一歩は安全な飲み水の確保、だっけな?
遭難時の優先順位で言えば、一に空気の確保、二に体温維持、三に飲み水の確保、四に火の確保、五に食糧の確保、だったはずだが、現状、一と二は素っ飛ばして良いだろう。
ケーブルテレビの番組で見た気がするってだけだから、何が正しいのかも俺には分かんねえけど。
実のところ、トカゲとのバトルで、喉の渇きを覚えている。
今のところは明るいが、いつ暗くなって移動できなくなるかも分からねえ。
ぐずぐず迷ってる猶予は無いってわけだ。
改めて、周囲の地形を眺め回す。
後は、勘、だな。
全体的な土地の勾配に当たりを付け、地勢が下っている方向へと歩き出す。
方角の確認は水を見つけた後でいい。
方位磁石を使うにも水が必要ではあるが、それどころじゃねえわ。
早々に水分を補給しなけりゃ、脱水症状で動けなくなる。
脱水症状と熱中症の危険性と予防対策は、夏場が近くなると”耳タコ”になるほど学校からお知らせが回ってくるから、いくら俺がバカでも覚えちまった。
情けないことに、いい歳こいたオッサンが、迷子も迷子。
途方に暮れるところだが、俺は諦めねえ。
必ず、ヒナの元へ帰り着いてみせるぞ、と、決意を固めて動き始めた俺だが、まだ、甘かった。
地球での常識や想像を超えた、苦労と非常識が待っていようとは、この時点では気付いていなかった。
オジサン迷子になる⑫です。
サバイバル、スタート!
本章はこのお話で最終回です!
次回、新章、第2章が始まります!




