王都へ向けて ②
この市場は、非常設の朝市やフリーマーケット的なヤツなんだろうな。
オットー爺さんのところのボスがショバ代―――、参加料を取って、割り当てられたスペースに商品を並べて売る。
非常設だから、店舗側も「店」と呼べる体裁を整えている店舗は少なくて、ほとんどが路上に大きなシートを敷いて、そのシートの上に麻袋や木箱に詰まった商品を並べているだけだ。
雑踏の入口を入ったばかりの店で、足を止めた客が店のオヤジに声を掛けている。
客と同じように足を止めて木箱の中の商品を覗き込むフリをしながら聞き耳を立てる。
客が指さしているのは麻袋に詰まった黒い石みたいなヤツだ。
握り拳ほどの大きさで、ゴツゴツと歪な球形の芋っぽい形のものに見える。
墨汁に漬け込んだみたいに真っ黒なんだが、・・・芋、なのか?
「このパパはいくらだい?」
「一つ、銅貨5枚だよ」
パパ? 店のオヤジのことじゃねえよな?
オヤジの返事に客が渋い顔をする。
「高くないかい? あっちの奥じゃ銅貨3枚だったよ」
「そこまでは負けられないな」
田舎の農家直売品の芋が1個50円と考えれば高い気はするな。
1個30円でも安くは無い気はするが、そんなもんか?
向こうを指す客の言い分に今度はオヤジの方が渋い顔をする。
あっち? 市場の反対側か。
このオヤジは市場に入って直ぐの場所に店を出していて、客は同じ商品が別の場所では5分の3だと言った。
40%オフはデカいな。
オヤジの方はそこまでは値切り交渉に応じられないと断ったわけだが、考えられる理由は何だ?
原価―――、いや。場所代か?
良い場所のショバ代が高いだろうことは想像できるし、場所が悪い店は同じ商品でも値段が安いってのは道理だな。
そっちへ行ってみるか。
「じゃあ、他で買うよ」
「チッ。ああ、そうしな」
おっと。交渉決裂しちまった。
オヤジに声を掛けられる前に俺も店を離れる。
別の店に並んでいる羽根を毟られたアヒルっぽい鳥に目を向けながら、頭上に声を掛ける。
「なあ。パパって何だ?」
「芋ですよ。ほら、さっきの朝食でも潰した料理が出てたじゃないですか」
「潰した・・・? ははあ。ジャガイモか」
ケイナが返してきた答えに頷く。
ちょっと水っぽくて味が薄いと思ったら、ジャガイモだと思っていたマッシュポテトはパパという名前の芋だったらしい。
あの真っ黒な皮を剥くだけでジャガイモっぽくなるなら「有り」だな。
ジャガイモの異世界亜種だと思えば何の問題も無い。
「じゃが?」
「アレと似たような芋の名前だよ」
「そうなのですね」
体勢を安定させるために両足首を軽く掴んでいるせいか、ケイナが爪先をパタパタと動かす。
この辺の店が並べている商品は生鮮の葉野菜ばかりだな。
葉モノは直ぐにダメになるから携行食には向かない。
干して乾燥させた野菜は、干し大根みたいな感じで有りそうなもんだけどなあ。
次に目に留まったのは、「店」の範囲を示すシートの上に木桶を並べた店だった。
「おっ。こりゃあチーズか?」
水を張った木桶の中にはソフトボール大の白い球形の塊がいくつも沈んでいる。
足を止めて木桶を覘いていると、店のニイチャンから声が掛かった。
「いらっしゃい、お兄さん」
「コイツは、それぞれ味が違ったりすんのか?」
「乾酪かい? 味はどれも同じだけど、ウチのは牛の乳を使ってるから臭いは強くないよ」
カンラク・・・。
乾酪かな?
確か、チーズを漢字で書くと乾酪だったはずだ。
「他所のは何の乳を使ってるんだ?」
「山羊が多いね」
ヤギの乳のチーズってのは聞いたことが有るな。
クセが強いとかで日本ではあんまり見掛けなかったが、外国では一般的だったはずだ。
牛もヤギも地球と同じ動物かには疑念が残るが、食用になっているなら食えねえことは無いだろう。
「へえ? コイツはどのぐらい日持ちするんだ?」
「表面がカチカチに乾いちまっても食うのには問題ないからね。一月やそこいらは保つよ」
まあ、道理だな。
王都へ向けて②です。
ハイ、チーズ!
次回、乗り遅れ!?




