王都へ向けて ①
「何を買うんですか?」
「小麦粉も少し欲しいが、日持ちする野菜と香辛料かなあ」
俺の肩に座って両手で頭を掴んでいるケイナに答えながら考える。
この国の王都を目指して旅をする計画なわけだが、買い物をするに当たって先ずは必要な情報を集めなきゃなんねえ。
主に、オットー爺さんのような権力中枢に近い立ち位置の地元住民には聞き辛かった、基本情報だな。
迂闊に訊くと、俺たちの情報がオットー爺さんにまで伝わり兼ねないから、オバチャンたちにも訊けなかったんだよ。
あの爺さん。商売っ気が強すぎて、ケイナの素性がバレると厄介な事態になり兼ねねえからな。
その点、多くの人が集まるだろう市場ってヤツは情報収集に適している。
複数の相手から少しずつ情報を集めて統合すれば、俺たちの情報がバレにくくなる。
取りあえず、現在地と王都の位置関係が分からねえと旅のプランが立てられねえし、旅の日程も組めねえ。
日程を組めなきゃ必要な物資もピックアップ出来ねえからな。
その辺にコンビニもスーパーも無い世界なんだから、次の物資調達が可能な場所を知る必要が有るんだよ。
移動方法も乗合バス―――、乗合馬車みたいなものが有れば良いんだが、交通機関が無ければ徒歩移動が基本になっちまう。
場合によっては移動の足―――、馬みたいな動物を手に入れる必要が有るし、その手の動物の相場観も俺は知らねえ。
馬に乗った盗賊が襲ってきてくれれば安く上がりそうなんだがなあ。
現状、開拓村のオッサンたちから聞き出した情報から、現在地がリテルダニア王国の東の端で、王都ってのは「とにかく西の方角に有る」ってことだけは分かっている。
オッサンたちも知らねえんだから、それ以上の情報を聞き出しようが無かったんだよ。
この情報を取っ掛かりに買い物をしつつ雑談から新たな情報を聞き出して、旅のプランを決めていこう。
少し考えるような間が有って、頭の上からケイナの質問が降ってくる。
「こうしんりょう、って何ですか?」
「何つったら良いかなあ。肉やら何やらに良い匂いを付けたりするんだよ」
そこからか。
言い回しや単語みたいなもんは、教えた人間の語彙や言葉選びにもよるから、概念を知らないとは決め付けられねえしな。
言い表し方を変えて伝えてみる。
「良い匂い、ですか。香草みたいですね」
「そうそう。肉や料理の臭み消しだな」
香草ってハーブだよな?
ハーブと聞くとハーブティーのイメージが強いんだが、ハーブも香辛料の一種で良いのか?
分類がよく分かんねえから用途で伝えれば良いだろう。
「はあ。くさみ消しですか」
意図は伝わった様子でケイナは納得したようだ。
香辛料の概念は有るが、郷では「香草」って呼び方だったんだな。
「パンは買わないんですか?」
「案外、日持ちしねえんだよ。だから、立ち寄った先で見つける度に買った方が良い」
「あ。確かに」
肩に伝わってくる重心の動きでケイナが大きく頷いたのが感じ取れる。
宿のパンがケイナは気に入ったようだが、悲しいかな、パンはマジで携行食に向かねえんだ。
パンは当たりハズレも大きいからなあ。
美味いパンを確保したい気持ちは分かるが、ここは納得して貰うしか無い。
今、パンの手持ちは2~3日分ある。
この国の気候はカラッとしていて乾燥気味なんだよな。
湿気が少ないってことはカビる可能性の低さが利点になるが、パンってヤツは元々乾燥気味の食いモンだから、すぐにカチカチに乾いて食いにくくなるのは目に見えている。
腹ん中で水分を吸って膨らむ利点は有るが、その分、消化が早くて腹が減りやすい食いモンだとも言える。
重量が軽いって利点は有るが、半面、嵩張るという問題も有る。
携行食ってのは限られた容積と限られた重量という携行する上での制限と、摂取できるカロリーのバランスで選別するのが重要だと考える。
結論、旅の携行食としては重要性が低くなる。
材料にバターを含むせいか、パンと米ならパンの方がカロリーは2倍ぐらい高いんだけどな。
携行性は米の方が圧倒的に高い。
食事ってのは、つまるところ運動で消費したカロリーを補うカロリー摂取が目的だ。
同じ携行するならカロリーが高いものが優先される。
カロリーの高いもの、か。
バターが欲しいな。
バターってのは脂肪の塊だし、調味料としても極めて優秀だ。
買い物リストの上位に入れておこう。
「ま。何を売ってるか分かんねえから一通り見て回ろう。ケイナも気になるもんが有ったら言えよ」
「はい」
そんな会話を交わしながら俺たちは市場の雑踏に突入する。
王都へ向けて①です。
買い物リスト!
次回、黒いアイツ!?




