旅の準備 ㉕
「良い宿、ですか?」
「アンタの歳じゃあ分からないかも知れないけど、宿によっては良くない客も多いのさ」
「そうなのですね」
筋の良くない客が集まるってことは、宿の方も売春だの何だのと良くないサービスをしているのだろう。
きっと正確な意味は分かっていないだろうケイナもフムフムと頷いている。
「ま。アンタの親父さんは腕っ節も強そうだし、ちゃんと考えてるようだから心配しなくて良いだろうさ!」
「おう。任せとけ」
グッと拳を握って見せれば、ニヤッと笑ったオバチャンが俺の肩をバシッと叩く。
何やら恥ずかしそうに笑みを浮かべたケイナも頷き返している。
「じゃあ、朝食の量をオマケしてあげるから、しっかり食べて行きな!」
「待った待った! オマケするならパンにしてくれ! 昨日の量よりも多いと腹が破裂しちまう!」
「アッハッハ! 分かったよ!」
いや、マジで! 笑いごとじゃねえぞ!
昨日の大皿でもキツかったのに、量でサービスとか満腹で動けなくして連泊させるつもりか!?
大笑いしながら巣穴に潜ったオバチャンは、昨日も見た大皿3枚と木製ジョッキ2杯を一度に運んできた。
「「うっ!!」」
テーブルにドンと置かれた朝食のサイズ感に、ケイナと2人してドン引く。
大皿2枚は、フルサイズの厚切りベーコン3枚とマッシュポテトがドカッと盛られていて、もう1枚の大皿にはケイナの顔サイズのパンが4個盛られていた。
改めて見ると、マジでデカいな。
日の出前の早朝に食う朝食の量じゃねえぞ。
指を3本立てたってことは、これで昨日と同じ銀貨3枚ってことだろう。
俺が財布から取り出した銀貨3枚を受け取りながら、目を剥いて戦慄しているケイナを見て笑う。
「なんて顔してんだい! しっかり食べないと良い女になれないよ!」
「た、食べると良い女性になれますか?」
「もちろんさね! アタシみたいに胸も大きくなるよ!」
ピシャーン! と、落雷の直撃を受けたような表情をしたケイナが、一転してフンスと鼻息を荒くする。
いや、待て。
オバチャンはどう見てもスリーサイズが同じ数値の猫型ロボット体型だ。
うちのケイナを仲間にされちゃあ困る。
いやいや。体に蓄えた脂肪ってのはエネルギーだから、生物としての生存率は上がるのか?
「頑張ります!」
「そうそう! 頑張って食べな!」
明るく笑って巣穴に帰って行くオバチャンをジト目で見送るも、俺たちが破裂寸前の胃袋を抱えて宿を発つ運命は変わらなかった。
「良い人でしたね」
「そうだな」
オバチャンに見送られて宿を出ると、柔らかく表情を緩めたケイナが宿を振り返る。
みんながみんな、オバチャンたちのように善良な人間なら良いんだが、そうも行かない。
状況で豹変するのが人間ってもんだし、何を信じて何を疑うかを教えるのも難しいもんだ。
人との交わりを覚えるのもケイナのためなんだが、民族的な障壁がそれを難しくする。
ケイナが危険物センサーを身に付けてくれれば、俺も少しは安心できるんだが、俺が危険物センサーを身に付けたのって、いくつのときだったかな。
たぶん、3歳か4歳か、そのぐらいの頃じゃねえか?
テメエの人生が都合よく行かない憂さ晴らしに、顔を見れば殴る蹴るの暴行を加えてきたクソ親父から逃げるために、何となくクソ親父が帰ってきそうな気配が分かるようになったのが最初じゃなかったか。
そんな体験、ケイナにはさせられねえな。
「あれでしょうか」
「ぽいな」
弾むような足取りのケイナが行く手を指す。
ケイナが指した先を目線で追い掛ければ、通りの両側に屋台を並べているらしい人影と、大きな荷物を抱えて行き来する人影が見えてきた。
あれが市場か。
田舎町のくせに、思ったよりも人が多いな。
「ケイナ」
「はい―――、きゃっ」
数歩先を歩くケイナが足を緩めたのを、後ろから両脇に手を差し込んでヒョイと持ち上げる。
高く持ち上げたケイナの股の間に頭を突っ込んで、肩の上に座らせる。
「もう! 驚くじゃないですか!」
「ハッハッハ! 隙有り、ってな!」
ペシペシと俺の頭を叩くケイナも怒っているようで怒っていない。
ケイナは賢い子だ。
開拓村で肩車したときと同じで、危険を避けるためだと理解しているんだろう。
少なくとも、俺が肩車している限りは、ケイナを攫うことも、ケイナが首に提げている財布を奪うことも難しいからな。
「行くぞ!」
「きゃっ!」
上体を大きく前傾させてダッシュをかませば、きゃあきゃあと笑い混じりの悲鳴を上げながらケイナは俺の頭にしがみついている。
さあ、サッサと旅の準備を済ませちまうか。
旅の準備㉕です。
人間社会と障壁!
このお話で本章は最終話です!
次話より、新章、第11章が始まります!
次回、初めての!?




