旅の準備 ⑯
「そりゃ、男の裸なんて見てもしょうがねえだろ」
「兄様もお祖父さまも、気にせず着替えていらっしゃいましたけど」
ケイナが傾げた首の角度が深くなる。
そうまで不思議そうに言われると、気遣いした俺の方が間違ってるような気がしてくるな。
いやいやいや。俺の気遣いは間違ってねえだろ。
女の子の目の前で、家族でもねえ男がいきなり服を脱ぎ始めたら、悲鳴を上げられたっておかしくねえんだぞ。
「お、おう。そうなん? 平気なら良いんだが」
「はい」
俺の方が撤回する格好になったら、ケイナは安心したように笑った。
おいコラ。元・王族野郎ども。
お前らの大事なお姫様が、50歳を超えても男の裸に羞恥心を持ってねえぞ。
アイツら、次に会ったら説教してやる。
まあ良いや。
頭ごなしにダメだと押し付けるのではなく、承知心を持つよう徐々に誘導していこう。
ガードの低さと勘違いして劣情を抱く奴が出てきたら、ブン殴って埋めて回る羽目になるからな。
今はサッサと着替えちまえ。
ケイナに観察されながら日本産の衣服を脱いでいく。
こっちの世界の衣服を買ったは良いが、サイズも合わせてねえから問題が有れば対策する必要が有るしな。
「傷だらけですね」
「うん? おお。これか? バカの証明だな」
パンツ一丁になったところで、ケイナに言われて自分の体を見下ろす。
「バカの証明?」
「ケンカばかりしてたからな」
胸、腹、背中、肩、腕、足と、満遍なく古傷の痕だらけだからな。
背中の辺りの傷痕はガキの時分にクソ親父にヤラレたヤツで、後は大体、ケンカでヤラレたヤツだ。
ヒナをプールに連れて行って、何度、他所様の子供に泣かれたことか。
別に刺青やタトゥーが入ってるわけでもないのに、俺はプールでTシャツを脱ぐのを禁止されていた。
ま。「痕」とはいえ、見て気持ちの良いもんでは無いからな。
丸首で胸元に切れ込みが入った麻生地のシャツに袖を通し、スウェットみたいに腰紐を結んで締めるタイプのズボンを穿く。
パンツ? ケイナに興味津々で凝視されてるのに履き替えられっかよ。
「ふむ?」
袋から引っ張り出した衣服を適当に漁ると、1着だけだがノースリーブのベストも入っていた。
欧米風だとウェストコートって呼ぶんだっけか?
日本風に呼べば、ちゃんちゃんこってヤツだ。
気の利く古着屋がオバチャンはボタン無しのベストを選んでくれていたようなので、シャツの上からベストを羽織り、ブーツに履き替えてみる。
あのオバチャン、やるな。
シャツもズボンもサイズはピッタリだった。
「どう思う?」
「似合っていると思います」
ケイナはニコッと笑い返してくるが、気を使わなくて良いんだぞ?
「ケイナは優しいな」
「そ、そうでしょうか」
思ってもみない返しだったのか、仄かに頬の血行を良くしたケイナが視線を逸らす。
自分で言うのも何だが、これって完全無欠の村人スタイル―――、いや、農民スタイルかな?
目立たないと言えば目立たないのか。
農地を背景に立っていたら景色に溶け込み過ぎて見えなくなりそうだ。
衣服は多少くたびれた感じが有るが、破れや継ぎ接ぎが有るわけでもねえから見窄らしいってほどでもねえな。
「こっちは、このままじゃ良くねえか」
足元の違和感に足踏みしてみる。
問題はブーツなんだが、デカいってほどデカいわけではないものの、ブーツの足の甲が高すぎてブカブカしちまっている。
まあ、いくらかサイズオーバーなのは買う前から分かっていたことだし、毛皮で中敷きを作ってブカブカしないように高さを調整すれば何とかなるだろう。
早速やるか。
旅の準備⑯です。
農民スタイル!?
次回、改造!




