旅の準備 ⑫
田舎のビジネスホテルよりも安いっちゃあ安いな。
相場的にどうなのか分かんねえが、色々と泊まっていけば相場観も見えてくるだろう。
硬貨の数を確かめたオバチャンが、前掛けのポケットに硬貨を突っ込んでニッと笑う。
「食べ終わったら声を掛けておくれ」
「分かった」
鍵の受け渡しや、宿の利用上の注意って感じかな?
巣穴に帰って行ったオバチャンを見送ってケイナに目を戻す。
かなり緊張したのかホッとしたように胸を撫で下ろしている。
「さあ。食おうぜ」
「はいっ」
ケイナが表情を明るくしたのを見届けて、テーブルの木皿に目を落とす。
ワンプレートタイプの料理は、直径40センチメートル以上ある木製皿に、ドカッと茶色くドロッとしたソースの煮込み料理が盛られていて、ポテトサラダ的な何かとパン1個と木製スプーンが添えられている。
ジョッキもデカいし、テーブルのデカさは食器から何から全体的にデカいせいだったか。
「こりゃあ、なかなかのボリュームだな」
「ぼりゅ?」
「分量とか大きさって意味だ」
単語の解説にケイナが納得の色を見せる。
宿屋としてよりもデカ盛り料理で流行ってる店なのかもな。
そう考えれば、水とパン込みで1人前1500円ならお得な店なのか。
大食らいな男ならお得感は有るはずだ。
この丼2杯分ほど有りそうな煮込み料理が「ボアの煮込み」ってヤツだろう。
見た目の色と匂いから、ワイン煮込みっぽい味付けだろうと予想する。
ポテトサラダっぽいペースト状の料理は茶碗1杯分ぐらい有って、パンの大きさはケイナの顔と同じぐらいのサイズだ。
スプーンを手に取って皿を見下ろしたケイナが不安そうに眉を寄せる。
「食べきれないかも知れません」
「食えるだけ食って、残して良いぞ。残りは俺が食ってやる」
「はいっ」
不安を払拭してやれば、パッと表情を明るくする。
飽食の日本でなら、家族でも無いオッサンに食べ残しを食べると言われれば嫌悪しそうなもんだが、食料事情が良いとは言えなかった郷の感覚では、食べ残さずに済む方が安堵を覚えるようだ。
パンならリュックに突っ込めるが、タッパーも無いのに煮込みはリュックに突っ込めねえもんな。
問題は俺でも食い切れるかどうかのボリュームなんだが、気合いで腹に詰め込むしかねえ。
ケイナが料理に手を付けたのを見届けて、俺もスプーンを手に取って煮込み料理から手を付ける。
「むぐ。・・・ふむ?」
雑食性のイノシシは肉に臭みが有るもんだが、強めのワインの香りで臭みは綺麗に消せてるな。
ぶっちゃけ、まあまあ美味い。
一口で口が一杯になるサイズのゴロッとデカい肉の塊は、しっかりと煮込まれていて咀嚼しなくても口の中でホロッと崩れる。豚の角煮よりも柔らかいかもな。
これだけ柔らかければ、ナイフフォークじゃなくてもスプーン1本で食えるだろう。
ケイナを見れば、スプーンの先で肉を押し切って一口サイズに切り分けている。
地球の料理でワイン煮込みと言えば、コクのあるソースのイメージなんだが、結構、アッサリした味だな。
ワイン煮込みのソースって材料は何だっけ?
洒落たメニューなんて作った覚えはねえが、料理レシピサイトの見出し画像で見た料理の見た目なら何となく思い出せる。
「うーん? たぶん、足りないのはトマトかな?」
「とまと、ですか?」
俺の独り言にケイナが反応する。
首を傾げているところを見ると、トマトの名前に聞き覚えはないみたいだな。
「そういう名前の万能野菜が有るんだよ。そいつが入っていれば、もう少し深みの有る味になったんじゃねえかと思ってな」
「そうなのですか」
ほほう。ケイナは料理にも興味が有るっぽいな。
サッサと生活環境を整えて好きなことを出来るようにしてやらねえと。
「どこかで手に入ったら作ってやるよ」
「はいっ」
こっちの世界にトマトが有るのかどうかも分からねえし、地球と同じ名前かどうかも分からねえ。
取りあえず、明日の市場で食材や調味料を探してみて、ケイナに教えてやれそうなメニューを考えてみるか。
旅の準備⑫です。
フードファイター御用達!?
次回、冒険者向けの宿!?