旅の準備 ④
町を歩くときは俺が手を繋いでおくようにすれば良いだけなんだが、せっかく圧迫感の有る森から出たんだ、出来るだけ自由に歩かせてやりてえ。
俺が居なくても自由に町を歩けるようにしてやりてえんだが、盗賊が出るような世界じゃあ非力な女の子なんてカモでしか無いだろう。
そうじゃなくても、エルフ族は狙われやすいそうだからな。
今後もケイナに付きまとうだろう不自由さを思うと溜息が出そうになる。
だからと言って、アレをするなコレをするなと押し付けてやるのは可哀想だ。
だったら、いま俺に出来ることは、身の守り方を教えてやることだろう。
通りの際で、ケイナと並んで立つ。
「通りを渡るときは、荷馬車や馬が来ていないか、右を見て、左を見て、右を見るんだ」
「右、左、右・・・。なぜ右を2回?」
言葉にして口に出しながら、右、左、右と、大袈裟な身振りで安全確認をしてみせる。
俺を真似て、右、左、右と、通りを覗き込みながら首を傾げるケイナと同じように、俺も首を傾げる。
何でも素直に受け入れるヒナから「なぜ右が2回?」って質問されたことは無かったな。
「何でだろうな? でもまあ、安全確認でしっかり左右を見てから通りを渡るんだ」
「渡る前に安全確認・・・。覚えました」
口の中で反芻しつつケイナは小さく頷いている。
ケイナは賢い子だからな。
一度言えば、ちゃんと覚えるんだろう。
ポンポンとケイナの頭をフード越しに撫でてから、軽く背中を押してやる。
ほらな。ちゃんと、右、左、右と安全確認している。
何事も最初は練習だ。
知らねえことは教えてやって、練習させれば大抵のことは何とかなるもんだ。
パタパタと小走りで通りを横切るケイナの背中を暖かく見守りながら、俺も左右をチラッと確認した上で通りを横切り始める。
「右、左、右は、日本の交通ルールが左側通行だからか?」
さっき答えられなかったケイナの質問を思い出して独りごちる。
俺の知識なんて、たかが知れたもんだが、出来るだけ疑問には答えてやりてえ。
頭の中に日本の交通ルールを図に描いてみれば、左側通行ってことは、横断しようとすると、先ず右側からの攻撃を受けるはずだ。
走ってくる車との物理的な距離が近いから、右を見て、左を見ている間に、「隙ありィ!」と右から轢かれるって意味だろうか。
じゃあ、右側通行も左側通行も無くて、まだ交通ルールが整備されていなさそうなこっちの世界では、最後の右が不要だな。
俺が右左右の謎に挑んでいる間に通りを渡りきったケイナが、振り返って俺を待っていた。
「行きましょう!」
「お、おう」
弾んだ声で急かされて道具屋へ向かう。
何かご機嫌だな?
見るもの聞くもの、全てが真新しいからか?
不機嫌よりは良いことだから、いちいちツッコまねえけどな。
女の上機嫌は山の天気よりも崩れやすいんだ。
藪を突っついて不機嫌を出すような真似はNGだと俺もカナから学ばされたもんだ。
「こりゃあ、何かの支柱かな」
「そうなんですか?」
古着屋の窓から見た道具屋の前へ着いてみれば、道具屋の窓を覆い隠すように立て掛けてあったのは、口の開いた樽に突っ込まれた木の棒だった。
俺の背丈やドラゴン棒よりもいくらか長い木の棒は、直径5センチメートルほどで、俺の腕力ならポキリとへし折れる程度のものだ。
先っぽの方に意図的に削って入れたのであろう切れ込みが入っていることから、何かを引っ掛ける使い方をするんじゃないかと予想する。
「入るか」
「はい」
ケイナを見下ろして問うと、緊張した表情に戻ったケイナが頷く。早く緊張せずに買い物できるようにしてやりてえな。
そのための地盤を作るために旅の準備をしているわけだが。
俺が先に立ってドアの取っ手を掴み手前に引く。
小さな軋みを立ててドアが開けば、小道具屋を上回るゴチャゴチャ具合の店内の様子が目に飛び込んできた。
狭い通路の左右に大小の鍋だの何かの道具だのが積み上げられていて、表の木の棒なんて置き場が無いから放り出してあることが容易に想像できた。
旅の準備④です。
ケイナは文明人に一歩近付いた!
次回、道具屋!