オジサン、迷子になる ⑧
「ぐおおお・・・っ!!」
左腕でも棘を掴んで、デッカいトカゲの背中に、何とか両足を着く。
タッチダウン地点は、力強く羽ばたく翼手の少し後ろ辺り。
「フッ・・・。フフフフフフ」
捕まえた。
「捕まえたぞ!! この野郎ォおおおァ!!!」
肚の奥底から、ふつふつと湧き上がってくる怒りに任せて、吼える。
俺の咆哮が耳に届いたのか、ビクッと身動ぎしたドラゴンと目が合う。
表情筋があるわけでもなさそうだが、見開かれた金色の眼から、動揺と驚愕が感じ取れた。
一歩、前へ!! とか、男性用トイレの張り紙や、いつかの某住宅メーカーのCMではないが、噴き上げてくる風圧に逆らいながら、慎重に、ひとつ一つ、がっしりと棘を掴み、一歩づつドラゴンの頸を目指す。
「―――お・・・!! おおおっ!?」
一拍、空いて、ドラゴンが身を捩って暴れはじめる。
クッソ!! 絶対に、離してやらねえ!!
手を離したら、俺が死ぬ!!
一枚一枚がサーフボードの半分ほどもある、鱗が動いて足を取られそうになるが、やんちゃ坊主なら、ガキの時分に電車の連結部の鉄板に乗って遊んだことぐらい有るだろう。
あれのアダルトバージョンだと思えば、耐えられないこともない。
しっかりと掴みながらも、膝と肘は柔らかく。
タイヤのグリップを失って暴れるバイクを“いなす”のにも似てるな。
全身の筋肉と関節をフルに使って、組み付いたまま離れない。
振り落とされない。
今日も、また、取っ組み合いの肉弾戦だ。
納期に追い回される中間管理職を、ナメんなよ!!
なんて、足元の大型爬虫類に敵愾心をを燃やしていたら、ふと、周囲の景色が視界に入った。
「・・・・うぉっ!」
死闘を繰り広げている真っ最中だが、絶望的な空中遊泳から、しがみつける物に辿り着いたことで、心のどこかに余裕ができたのか、不意に景色が目に飛び込んできた。
黒に近い濃紺の空に、白いマーブル模様が浮かんだ大きな円周の一部。
景色に感動する、なんて繊細な感性を持ち合わせていない俺でも驚いて、景色に目を奪われた。
“壮大”としか表現のしようがない。
淡く、青く、光っているようにも見える地平線? 水平線? は、衛星写真などで見る地球の映像のようだ。
しかし―――。しかし、だ。
流体の軌跡に見える白い雲の渦の合間から覗く、くすんだ濃緑色や土気色の地形には、見覚えがない。
あれ? スケール比から考えて、島? じゃねえな。
大陸か? 記憶の中にある、世界地図と一致する地形が、ひとつも無い。
ぐらっと、大きく足下が揺れた拍子に、体が浮き上がりかける。
「―――こ、この野郎!! 逃がさねえっ、つってんだろ!!」
ちょっと、みっともなく慌てて、しがみつき直す。
集中していないと、超高空から、ゴムケーブル無しのバンジージャンプだ。
こころなしか、段々、風圧も強くなってきているようにも思う。
旅客機にも飛べない高高度なら、氷点下〇〇度って寒さのはずだが、そこまで寒くないな。
そもそも、なんで、地面に空いた“穴”に落ちたのに、ロケットでもなければ到達できない、宇宙に近い場所でバトルしてるんだ? って疑問もあるが、俺の足下で、ジタバタと藻掻いているトカゲが、不思議パワーで何か、しているのだろう。
「クソが!!」
止めだ、止め!! いま、考えることじゃねえ!!
羽の生えた馬鹿デカい黒トカゲは、チラッと、こちらを見ては激しく暴れる。
何となく、分かってきたぞ。
ネス湖のネッシーみたいに長い首と尻尾を持っているのに、コイツ、自分の背中に首も尻尾も手脚も届かないらしい。
フルコンタクトの肉体言語で、ファンタジー風味のドラゴンと語らいながら、観察する。
スゥッと頭の芯が冷えてくる。
「硬そう、だな。お前」
ずっと、俺自身が言われてきた印象を、巨大なトカゲに対して抱く。
冷静になって考えれば、殴って、どうにかなる相手なのか?
リーチ差を思えば、拳が届くイメージが湧かない。
どうする?
どうやれば、コイツに拳が届く?
それに、ドラゴンといえば、火を吐くんだろ?
ゲームやマンガの通りなのかは、分からんのだけれども。
オジサン迷子になる⑧です。
成層圏バトル!?
次回、ヤクザキック!?




