表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

第4話 限界と覚悟 前編

ぼくは、その場にへたりこんだまま、肩で大きく息をしていた。


 ぜんぜん、呼吸が整わない。


 胸の奥がひりひりして、全身がじんじん痛い。さっきまであんなに速く動けたのに、今は指一本動かせる気がしない。


「こうちゃん! こうちゃん!」


 せいかが、必死にぼくの背中をさすっている。


「大丈夫!? ねえ、返事して!」


 ぼくは、うまく声が出ない。ただ、ぜえぜえと空気を吸いこむだけだ。


 




 そのとき、低くて落ちついた声が聞こえた。


「ゆっくり仰向けに寝かせてやれ。少しは呼吸がしやすくなる」


 茶色い毛並みの猫――さっき刀を振っていた猫が、静かに言った。


「は、はい!」


 せいかは、ぼくの体をそっと支えて、ゆっくりと仰向けに寝かせてくれた。


 背中が地面につく。


 




 空が見える。


 洞窟の天井の岩のすきまから、細い光が差しこんでいる。


 さっきより、少しだけ呼吸が楽になった。


 すう……はあ……。


 空気が、ちゃんと入ってくる。


 体はまったく動かせないけど、意識ははっきりしている。






「せいか……大丈夫?」


 やっと、声が出た。


「心配したのはこっちよ!」


 せいかが、涙目で怒った。


「いきなり倒れるし、咳きこむし、もう……!」


 ぼくは、目を細めた。


「ごめん……」






 そのとき。


「ゴホンッ」


 わざとらしい咳払いが聞こえた。


 せいかとぼくは、同時に猫たちのほうを見た。


 茶色い猫と、サバ柄の猫が、少し離れた場所に立っている。






 せいかは、ぺこりと頭を下げた。


「先程はありがとうございました。助かりました」


「え?」


 ぼくの頭の中が、一気にぐちゃぐちゃになる。


 助かった?


 襲われてたんじゃ……?







 茶猫が、にこっと笑った。


「いやいや、こんな大きな蜘蛛が近くを歩いていたら、女子なら叫んでしまうのは仕方ないよ」


 そう言って、足元にあったものをひょいっと持ち上げる。


 ……ぐちゃっとつぶれた、大きな蜘蛛の死骸。


「キャッ」


 せいかが小さく悲鳴をあげて、ぼくのほうに身をよせる。






「は?」


 ぼくは本気で混乱した。


 痛む体をなんとか起こし、前のめりになってせいかを見る。


 無言で、説明を求める。


 せいかは、ちょっと恥ずかしそうに目をそらした。






「昔から……どうしても蜘蛛が苦手で……」


 ぽつり、と言う。


 ……え。


 じゃあ、さっきの「キャー!」は、猫に襲われたからじゃなくて、蜘蛛を見たから?


 ぼくの頭の中で、さっきの場面がぐるぐる再生される。






 刀を振り下ろしていた猫。


 せいかの足元。


 地面に刺さる刃。


 あれ、もしかして――


「……蜘蛛、退治してたの?」


 茶猫は、きらりと目を光らせた。


「そうだ。あんな巨大な蜘蛛を放置するわけにはいかん」


 ぼくは、天井を見上げたくなった。







 つまり。


 ぼくは、せいかを守ろうとして――


 助けてくれていた猫を、思いきり攻撃したってことか?


 顔が熱くなる。






「……ごめん」


 今度は、猫に向かって言った。


「早とちりした」


 茶猫は腕を組み、ふふんと鼻を鳴らす。


「まあ、あの動きは悪くなかったぞ」


 同時に、ぼくの心の中で別の声が叫ぶ。


(なんで蜘蛛を潰すだけで、あんなに刀を振り下ろすんだよ!)







 どう見ても、命がけの戦いに見えたぞ。


 茶猫は、まるで心を読んだみたいに、どや顔で言った。


「俺は、例え蜘蛛でも全力を出す」


 胸を張る。


 刀をキランと光らせる。


(うるせーわ)


 心の中でツッコミを入れる。







 サバ柄の猫は、冷静な目でぼくを見ていた。


「ところで」


 低い声で言う。


「お前たちは、何者だ? 人間でいいのか?」


 サバ柄の猫の問いに、せいかが小さく息をのんだ。






「わ、私たちは……」


 せいかが答えようとした、そのとき。


「待って」


 ぼくは、手を上げてせいかを止めた。


 せいかが、きょとんとぼくを見る。


 ドラとレオの視線も、いっせいにぼくへ向く。







 たしかに、この二匹は蜘蛛を退治してくれた。


 ぼくが早とちりして攻撃しても、ちゃんと話をしてくれている。


 でも――。


(味方って決まったわけじゃない)






 ここは、知らない森。


 刀を持った猫が歩いてる世界だ。


 自分たちのことを、何でもしゃべるのは危険かもしれない。


「……なんだ?」


 レオの目が、少しだけ細くなる。






 さっきまでより、明らかに警戒している。


 空気が、ぴりっと張りつめた。


 せいかの手が、ぼくの袖をぎゅっとつかむ。


 そのとき。






「レオ」


 茶猫が、のんきな声を出した。


「相手のことを聞きたいときは、まず自分から名乗るのが礼儀だぞ」


 そう言って、くるっとこちらを向く。


「俺の名前はドラ。近くの村に住んでいる、見た目通り可愛い子猫さんだ」


 胸を張る。


 どや顔。







「バカッ! やめろ!」


 サバ柄猫が慌てて止める。


 でも、ドラは止まらない。


「この口うるさいのはレオ。同じ村に住んでいる、俺の幼馴染だ」


「おい!」


 レオが頭を抱えた。






 洞窟の中に、しーんとした空気が流れる。


 レオは大きくため息をついた。


「味方かわからない者に、丁寧に自分の情報を教えるなよ。また先生に怒られるぞ?」


「……あ」


 ドラが目をぱちぱちさせる。


「そうだよな。ハハハハハ!」


 なぜか大笑い。







「笑い事じゃない!」


 レオが小声で怒る。


 せいかが、くすっと笑った。


 ぼくも、思わず口元がゆるむ。






 なんだろう。


 さっきまであんなに警戒していたのに。


 刀を持ってるのに。


 この二匹、なんか……。


(ちょっと、抜けてる)


 ぼくは、ふっと肩の力を抜いた。






 こんなふうに、自分の村のことや先生のことをぽろっと言うやつが、悪いことをたくらんでいるようには見えない。


 レオはまだ真面目な顔をしているけど、ドラは完全に気を抜いている。


 ぼくは、せいかを見る。


 せいかも、小さくうなずいた。


 たぶん、同じことを思ってる。






 警戒していた自分が、なんだか少し馬鹿みたいだ。


(こいつらには、少しくらい話してもいいかもしれない)


 そう、感じていた。

次回は、3月9日投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ