第19話 焚火の作戦会議 後編
「私の作戦……聞いてくれますか?」
まおが、いつになく小さな声で言った。
焚火の火が揺れる。
「当たり前だろ? どうしたんだよ?」
ドラが不思議そうに笑う。
まおは少しうつむいた。
「私は……この間の作戦で、むねゆきさんとらいがさんを危険な目に合わせました……」
その言葉に、むねゆきが目を丸くする。
「もしかして、俺たちが帰るの遅くなったこと、ずっと責任感じてたのか?」
「だって……」
まおが小さくつぶやく。
その姿が、いつものしっかりしたまおじゃなくて。
なんだか年相応の女の子みたいで――ぼくは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……」
「なんで笑うんですか!」
まおが顔を真っ赤にして怒る。
「だって~、ねー?」
ひかりがニヤニヤしながらせいかを見る。
「うん。まおが可愛くて」
せいかまで笑っていた。
「二人とも!」
まおがさらに慌てる。
すると、レオが真剣な顔になる。
「でもよ、まおの作戦のおかげで誰も欠けることなく、みんなここにいるんだろ?」
その言葉に、まおがハッと顔を上げた。
「まお様」
今度はセバスチャンが静かに口を開く。
「誰もあなたを責めていません。もっと自分に自信を持ってください」
ぼくは驚いた。
セバスチャンが、こんなふうにまおへ意見するなんて珍しい。
でも、その言葉はまっすぐだった。
まおは少しだけ目を見開き――。
やがて、ぎゅっと拳を握る。
「……みなさん、ありがとうございます」
さっきまで不安そうだった顔が、少しずついつものまおに戻っていく。
「私の考えた作戦、聞いてもらえますか?」
今度の声には、自信があった。
「そうこなくっちゃ!」
ドラが笑いながら立ち上がる。
みんなも「おー!」と声を上げた。
その様子を見ながら、ぼくはほっと息をつく。
まおの顔も、どこか安心したように見えた。
焚火の火が揺れる中、まおが小さく咳払いをした。
「まず、三つのチームを作ります。分かりやすく、“いわしチーム”“さけチーム”“まぐろチーム”とします」
(なんで魚? 逆に分かりづらいんだけど……)
ぼくは心の中で思わずツッコむ。
でも周りのみんなは真剣な顔だ。
ぼくだけが変なことを考えている気がして、何も言えなかった。
「まず、いわしチームは洞窟の外にいる猿たちをひたすら相手にします。そして、その間にさけチームとまぐろチームが洞窟に潜入。洞窟に入ったら、さけチームが中猿たちと戦います。そして、まぐろチームはボス猿を捜索、対決してください」
説明が終わる。
……全然頭に入ってこない。
さすがに聞こうとした時だった。
「あのさ――」
「つまり」
横からひかりが口を開いた。
「いわしチームが囮になって、さけチームが中猿を足止め、まぐろチームが真っすぐボス猿を目指して最短撃破を狙うってことよね?」
「そういうことです」
まおがうなずく。
「数で上回る猿たちに持久戦は自滅します。最短でボス猿を倒して撤退させるしかありません」
「それしかないな」
「さすがまお、分かりやすい」
仲間たちが口々に言う。
どうやら理解できなかったのはぼくだけらしい。
急に恥ずかしくなった。
ぼくの落ち込み何て無視して、まおが話を続ける。
「まず、いわしチームに求められるのは持久力と連携です」
「だったらおれ達だろ」
ドラがニヤッと笑う。
レオも当然みたいにうなずいた。
この二人ほど連携が取れるチームはいない。
「決まりね」
ひかりも納得したように言う。
「次にまぐろチームですが、ここに求められるのはとにかく攻撃力。最高戦力で臨みたいです」
「だったら俺だろう」
むねゆきが即答する。
「おいおい……冗談言ってる時じゃないぞ? ここは俺だろう」
セバスチャンも負けじと前に出た。
一瞬、空気がピリつく。
「二人でお願いします」
まおが呆れたように言うと、二人は渋々うなずいた。
「最後にさけチームですが――ここで求められるのは判断力です。中猿の足止めをしながら必要であれば他のチームへの救援などもやってもらいたいです」
まおの説明が終わる。
みんなの視線がぼくに集まる。
「え? ぼく?」
「いや、一番こうたが向いてるだろ」
「意外と判断力あるしな」
仲間たちが次々言う。
胸がドクンと鳴った。
「この作戦で一番大変なポジションです……お願いできますか?」
まおがまっすぐぼくを見る。
「こうちゃん……」
せいかも不安そうだ。
でも、ぼくはゆっくりうなずいた。
「わかった。引き受けるよ」
「俺たちもこうたについて行く!」
らいがが元気よく言う。
らいねもコクンとうなずいた。
その後、
女性陣はキャンプ地で待機。
もし作戦が失敗した時は、すぐ逃げられるよう準備しておく。
そこまで決めると、その日の会議は終わった。
出発は明日の午前中。
いよいよ猿たちとの最終決戦だ。
「やるしかない……」
ぼくは燃える焚火を見つめながら、強く拳を握った。
決戦の日の朝。
いつもと同じように焚火が燃えていて、魚の焼ける匂いもしている。
「おいレオ! その魚デカい方おれのな!」
「勝手に決めるな!」
ドラとレオは朝から騒がしい。
まおとせいかは荷物を確認しながらテキパキ動いているし、らいがとらいねも水筒や包帯を運んで手伝っていた。
見た目だけなら、いつもの朝と変わらない。
でも――どこか空気が重かった。
みんな笑っているのに、心の奥では緊張しているのが分かる。
ぼくだってそうだ。
胸の奥がずっとソワソワして落ち着かない。
シトロンさんは、今日も早朝からどこかへ出かけてしまったらしい。
決戦の朝くらい、顔を見て話をしたかった。
結局、最後までちゃんと打ち解けられなかったな……。
そう思うと少し寂しかった。
だけど、今日は少しだけ違うこともあった。
モカが朝食の輪に来ていたんだ。
このキャンプ地に来てから、ずっと一人でふさぎ込んでいたモカ。
こうしてまた一緒にご飯を食べられているのが、なんだかすごくうれしかった。
朝食がひと段落したころだった。
「あの……」
急にモカが立ち上がった。
みんなの視線が集まる。
「どうしたの?」
せいかが優しく聞く。
モカは胸の前で手をギュッと握りしめた。
「今日……決戦の日ですよね……。あの……私たちのためにありがとうございます!!」
そう言って、大きく頭を下げた。
一瞬、みんながポカンとする。
「へへへ……気にするな!」
最初に笑ったのはドラだった。
「俺たちが好きでやってることだ!」
満面の笑みで言うドラを見て、少し空気がやわらかくなる。
「それでも……ちゃんと出発前にお礼を言いたくて……」
モカが照れくさそうに笑う。
その笑顔を見て、みんなの顔も自然とゆるんだ。
やっぱりモカはすごい。
いるだけで空気を明るくする。
「それと……今日の朝、おじさんと話したんです」
「シトロンさんと?」
まおが聞き返す。
モカはコクリとうなずいた。
「みなさんが今日、猿たちと戦うって伝えたんです。そしたら……“そうか……”って」
ぼくは少しだけ下を向く。
家族じゃない。
そう言ったシトロンさんの顔が頭をよぎった。
でも、モカは続ける。
「それで、出発する前にこれを渡してほしいって」
モカは水筒を三つ取り出した。
「陽だまりの実のジュースです。今はこれしかないけど、何かの役に立てばって……」
「えっ……」
みんな驚いた顔をする。
ぼくも思わず目を丸くした。
シトロンさんが……?
「おじさんは……普段、あんまりしゃべらないし……口も悪いけど……本当はとっても優しい方なんです」
モカがうつむきながら言う。
「だから……みなさん、どうかおじさんのことも嫌いにならないでください……」
静まり返るキャンプ地。
その空気の中で、セバスチャンが静かに立ち上がった。
「だったら尚更、この戦い――負けられないな」
その言葉に、みんなが力強くうなずく。
ぼくもギュッと拳を握った。
帰ってきたら、もう一度ちゃんとシトロンさんと話そう。
今度こそ、シトロンさんの本音を聞かないと。
出発の時間が近づいてきた。
みんな、それぞれ静かに準備をしている。
ドラは木刀を肩に担いで何度も振っているし、レオは荷物を確認していた。セバスチャンとむねゆきも真剣な顔で装備を整えている。
いつもの賑やかな空気とは少し違った。
ぼくも自分の木刀をじっと見つめる。
この木刀で、本当にみんなを守れるんだろうか。
そんなことを考えていると――
「こうちゃん…」
後ろからせいかの声がした。
振り返ると、せいかが不安そうな顔で立っていた。
「どうした?」
なんとなく言いたいことは分かっていた。
でも、ぼくはなるべく明るく聞き返した。
「こうちゃん…心配だよ…」
せいかの目には涙が浮かんでいた。
胸がギュッと痛くなる。
本当はぼくだって怖い。
ボス猿なんてどれくらい強いのかも分からない。
失敗したらどうなるのかも。
でも――。
「大丈夫だよ!」
ぼくは無理やり笑った。
「僕一人じゃないし、頼れる仲間もたくさんいるよ」
ドラもレオも、セバスチャンもむねゆきもいる。
らいがとらいねだって一緒だ。
だから大丈夫。
そう、自分にも言い聞かせる。
「今からでも逃げてもいいんだよ?」
せいかが必死な声で言った。
その言葉に、一瞬だけ心が揺れる。
逃げたい。
怖い。
本当は今すぐ安全な場所に行きたい。
でも、モカの泣いている顔が頭に浮かんだ。
「モカたちのことを考えると、それはできないよ…」
ぼくは木刀を握りしめる。
「今、僕が出来ることを精一杯やってくるよ」
そして、少しだけ笑った。
「帰ってきたら、またせいかの燻製肉を食べさせてよ!」
自分でも分かる。
笑顔がちょっと引きつっている。
でも、せいかはそんなぼくを見て、ふっと笑った。
「こうちゃん…変わったね」
どこかあきらめたみたいに、でも優しく笑う。
「わかった!最高のご飯を用意して待ってるから、気を付けて行ってきてね!」
「うん!」
ぼくは大きくうなずいた。
その時だった。
「こうたー!そろそろ出発するぞ!」
ドラの大声がキャンプ地に響く。
胸がドクンと鳴る。
いよいよだ。
ぼくは木刀を腰に差し、仲間たちの方へ歩き出した。
キャンプ地の入り口に、みんなが集まっていた。
ドラ、レオ、セバスチャン、むねゆき、らいが、らいね。
そして、ぼく。
少し離れた場所には、せいかとひかり、モカが立っている。
静かな朝だ。
でも、みんなの目には強い覚悟が宿っている。
その時、まおが一歩前に出た。
「みなさん――ご武運を!」
一瞬の静寂。
そして――
「おう!!」
力強い返事が森に響いた。
レオが前を向く。
「行くぞ!」
その声と同時に、ぼくたちは森へ走り出した。
猿たちとの最終決戦が、ついに始まる。
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