第10話 主人公になれない日、そしてはじまり 後編
ぼくとせいかは、並んで歩いていた。
さっきまでの会話もなくて、なんとなく静かだ。
そのとき。
「……なに?」
せいかが、ぴたっと立ち止まった。
「誰?」
きょろきょろと、周りを見回す。
「どうしたの?」
ぼくは不思議に思って聞いた。
でも、せいかは真剣な顔のまま。
「……この声、なに?」
「声?」
耳をすませる。
――しん。
風の音しか聞こえない。
「なにも聞こえないけど……」
「え?」
せいかが、少し驚いた顔をする。
そのまま、ふらっと道を外れて草むらに入っていった。
「ちょ、ちょっと!」
あわてて後を追う。
草をかき分けながら進むせいか。
「こっちなの?」
誰かと話しているみたいに、小さくつぶやく。
しばらく進むと――
せいかが立ち止まった。
その先にあったのは。
ボロボロになった、小さな祠だった。
木はくずれかけていて、まわりは雑草だらけ。
「……これ?」
ぼくがつぶやくと、せいかはうなずいた。
そして――
しゃがみこんで、雑草を抜きはじめた。
「え、なにしてるの?」
思わず聞く。
せいかは、手を止めずに答えた。
「なんか……この祠、きれいにしてほしいみたい」
「みたいって……」
よく分からない。
でも。
せいかは、すごく真剣だった。
手を泥だらけにしながら、一生懸命に草を抜いている。
その姿を見ていたら――
「……もう」
ぼくは、ため息をついた。
「手伝うよ」
そう言って、しゃがみこむ。
「こうちゃん……ありがと」
せいかが、少しだけ笑った。
ぼくたちは、二人で作業を始めた。
雑草を抜いて。
からまった蔦をはがして。
こびりついた苔も、こすって落とす。
家から持ってきた竹筒の水を使って、祠の泥も流した。
「よいしょ……!」
腕がだんだん重くなる。
でも、やめなかった。
気づけば、結構な時間がたっていた。
そして――
「……できた」
ぼくは、小さくつぶやいた。
さっきまでボロボロだった祠は、見違えるほどきれいになっていた。
そのとき。
ふわっ――
やさしい風が、ぼくたちのまわりを通り抜けた。
どこからか、ほんのりあたたかい感じがする。
「……ねえ」
せいかが、小さく言った。
「ありがとうって……言ってる」
ぼくは、何も聞こえなかった。
でも――
なんとなく。
この場所が、少しだけ明るくなった気がした。
「別にいいよ!……え?それじゃあ、こうちゃんにも声が聞こえるようにできる?」
せいかが、また誰かと話している。
「え?誰と話してるの?」
ぼくが聞いた、そのとき。
――カタッ。
祠の中から、小さな音がした。
「……え?」
次の瞬間。
ちょこん、と。
祠の中から、二匹の小さな猫が出てきた。
手のひらに乗りそうなくらい小さい。
でも――
顔には、不思議なお面をつけていた。
お祭りでよく見るような白い狐のお面。
一匹は青い線が入っている。
もう一匹はピンクの線。
「うわっ!?」
ぼくは思わず後ずさる。
二匹は、そろってぺこりと頭を下げた。
「この度は、祠をきれいにしていただき、誠にありがとうございます」
小さな体なのに、声ははっきりしていた。
「え、えっと……誰?」
ぼくが戸惑っていると、青い線のお面の猫が一歩前に出る。
「我は兄の“らいが”」
続いて、ピンクの線の猫がぺこりと頭を下げた。
「わたしは妹の“らいな”です」
二匹は並んで言った。
「我らは、この祠に祀られている精霊“らいこう様”の弟子でございます」
「精霊……?」
らいがが、静かに続けた。
「我らは、何十年もの間、ここで道行く者に声をかけ続けておりました」
「でも……」
らいなが、少しさびしそうに言う。
「誰にも気づいてもらえなかったのです」
小さな手をぎゅっと握る。
「ですが――」
二匹は、同時にせいかを見る。
「あなた様が、初めて気づいてくださいました」
深く、深く頭を下げた。
その姿を見て、ぼくは少しだけ胸があたたかくなった。
せいかは、照れくさそうに笑う。
「えへへ……なんか、呼ばれた気がしただけだよ」
らいなが、こちらを見てにこっとした。
ぼくとせいかは、顔を見合わせてから、そろってぺこりと頭を下げた。
「ぼくは、こうたです」
「私は、せいかです」
らいがとらいなも、小さくうなずく。
「改めて、よろしくお願いいたします」
そのあと、らいがが少しだけ真剣な声になった。
「お願いがございます」
「お願い?」
ぼくが聞き返すと、らいなが一歩前に出る。
「もし、すでに契約している精霊様がいなければ――」
二匹は、祠のほうを見た。
「“らいこう様”のことを思い、この場で祈っていただけませんか?」
「……え?」
ぼくは思わず聞き返す。
らいがの声が、少しだけ震えた。
「このままでは……らいこう様は、消えてしまうかもしれません」
「そんなに弱ってるの?」
せいかが心配そうに言う。
らいなは、ぎゅっと手を握った。
「はい……もう、いつ消滅してもおかしくないほどに……」
その顔は、とても必死だった。
ぼくは、せいかと目を合わせる。
せいかは、小さくうなずいた。
「……やろう、こうちゃん」
「うん」
ぼくたちは、祠の前に立った。
手を合わせる。
(どうか……元気になりますように)
目を閉じて、強く願う。
すると――
ふわっ……
祠が、弱々しく光りはじめた。
「……!」
光がゆらゆら揺れる。
そして――
すっと、中から何かが現れた。
それは、小さな体の精霊だった。
イタチみたいな姿で、ふわふわと浮かんでいる。
「……ありがとう」
やさしい声が響いた。
ぼくたちに向かって、ぺこりと頭を下げる。
後ろでは、らいがとらいなが並んで頭を下げていた。
「我が名は“らいこう”」
精霊が静かに言う。
「お前たちが……今話題の人間たちだな?」
「え?」
ぼくはびっくりした。
「なんで、ぼくたちのこと知ってるの?」
思わず聞く。
「それに……精霊って、何?」
らいこうは、少しだけ目を細めた。
「この世界は、“天使”によって管理されている」
あのとき会った、アズラエルの顔が頭に浮かぶ。
「だが、世界は広い。すべてを見守るのは難しい」
「だから――」
らいこうは続けた。
「我ら精霊が、それぞれの土地に配置され、代わりに監視と管理をしている」
「監視と……管理……」
なんだか、すごい話だ。
「そして、お前たちのことは――」
らいこうが、少しだけ笑った。
「天使様たちからの手紙、“月間天使マガジン”で知った」
「て、天使マガジン!?」
思わず声が裏返る。
(なにそれ!?)
ぼくの知らないところで、とんでもないことになっている気がした。
「さて……何か礼をせねばな」
らいこうが、ゆらりと浮かびながら言った。
「えっ、ほんと!?」
ぼくは思わず前に出る。
その横で、せいかが口を開いた。
「じゃあ……元の世界に帰る方法、知ってる?」
らいこうは少し考えてから、首を横に振った。
「すまぬ。それは、我にも分からぬ」
「そっか……」
せいかが少し残念そうにうつむく。
そのとき。
「じゃあさ!」
ぼくは勢いよく顔を上げた。
「魔法、使えるようにならない!?」
「……まだ言ってる」
せいかがあきれた顔でぼくを見る。
でも、らいこうはきょとんとしていた。
「……そんなことでいいのか?」
「いいの!」
ぼくは即答した。
「だって、ぼく、素質ないって言われたし……」
ねこじゃらしの実験の話をすると――
らいこうは、ぷっと吹き出した。
「なんだ、それは」
「え?」
「あんなもの、猫たちが勝手に広めた迷信だ」
「はあ!?」
ぼくは思わず叫んだ。
(あんなに真剣にやったのに!?)
納得いかない顔のぼくを見て、らいこうはくすっと笑う。
「ホレッ」
その一言と同時に――
ふわっ。
ぼくとせいかの体が、淡く光った。
「え?」
一瞬、体が軽くなる。
そして、すぐに光は消えた。
「……今ので、よい」
「え、もう!?」
ぼくは慌ててねこじゃらしを取り出した。
ぎゅっと握る。
(今度こそ……!)
その瞬間。
パチッ!
「うわっ!?」
ねこじゃらしの先から、小さな電気が走った。
「出たあああああ!!!」
ぼくは思わず叫んだ。
「すごい!すごい!見てせいか!」
ぴょんぴょん跳ねる。
せいかも、少しびっくりした顔で見ている。
「……ほんとだ」
らいこうが静かに言った。
「お前は、今日から雷属性だ」
「雷……!」
(かっこよすぎるだろ!!)
ぼくは大興奮だった。
そのとき、らいこうが少し真面目な声になる。
「ただし、ひとつ頼みがある」
「うん!」
「我ら精霊は、“祈り”を力にしている」
らいがとらいなも、こくこくとうなずく。
「一日一回でよい」
「場所もどこでもいいから、我に向かって祈ってほしい」
ぼくは、せいかと顔を見合わせた。
そして――
「うん、わかりました」
自然に、そう答えていた。
祠が、ほんのりとあたたかく光った気がした。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
せいかがそう言って、立ち上がる。
ぼくも立ち上がって、祠に軽く手を合わせた。
そのとき――
「待て」
らいこうが、すっと前に出た。
「頼みがある」
「ん?」
「らいがとらいなを……一緒に連れていってくれぬか」
「え?」
ぼくは思わず固まった。
らいがとらいなも、びっくりした顔をしている。
「な、なにをおっしゃいますか!?」
「わたしたちは、らいこう様のおそばに――!」
二匹は慌てて言う。
でも、らいこうは静かに首を振った。
「お前たちには、もっと外の世界を見てほしい」
「ですが……!」
「今が、そのチャンスだ」
真剣な声だった。
(いや……)
ぼくは心の中でつぶやく。
(ここから村長の家まで、30分くらいなんだけど……)
全然遠くない。
普通に会える距離だ。
でも――
目の前では、すごく感動的な空気が流れている。
「……わかりました」
らいがが、ぐっとこぶしを握る。
「精一杯、励んでまいります!」
「らいこう様……お元気で……!」
らいなも、うるっとしながら言った。
らいこうは、やさしくうなずく。
「うむ……達者でな」
(いや、すぐ会えるって!!)
ぼくは思わずツッコみそうになる。
でも――
横を見ると、せいかがうるうるしていた。
「子供を送り出すお父さん……」
完全に感動している。
(……言えねえ)
ぼくは、口をつぐんだ。
こうして、よく分からない感動の別れが終わった。
らいがとらいなは、ぼくたちの前に並ぶ。
「これから、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします……!」
二匹とも、ちょっと半泣きだ。
ぼくは、ぽかんとしたままうなずく。
「う、うん……よろしく」
(なにこれ……?)
ぼくは心の中でつぶやいた。
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