第1話 冷たいブランコ 後編
びっくりして、ぼくはふり向いた。
そこに立っていたのは、せいかだった。
せいかは、ぼくの家の近くに住んでいる幼なじみだ。同じクラスで、小さいころからずっと一緒。口数が少なくて、おとなしくて、いつも少しうつむきがち。でも、だれよりもやさしい子だ。
せいかは昔から、ぼくのことを「こうちゃん」と呼ぶ。
公園で上級生にからかわれたときも、犬にほえられて動けなくなったときも、ぼくはせいかの前に立ってきた。「大丈夫だよ」って言ってきた。
だから、ぼくは思っていた。せいかは、守られるほうだって。
でも、ぼくがクラスに行けなくなってからは、ちがった。
せいかは、時間が合う日は校門で待っていてくれた。ぼくが保健室から出ると、何も言わずにとなりを歩いてくれた。
「今日、どうだった?」
小さな声で、そう聞いてくれる。
ぼくがうまく話せなくても、せいかはうなずきながら最後まで聞いてくれた。
今も、少し息を切らしながら立っている。
「こうちゃん、またブランコ?」
せいかは、ゆっくり近づいてきて、となりのブランコにすわった。ぎい、と同じ音が鳴る。
しばらく、夕焼けの中で、ふたりともだまっていた。
ぼくは、さっき決めたことを言わなきゃと思った。
「……ぼく、タケルにあやまろうと思う」
せいかの足が止まった。
「え……?」
「悪いことしたとは思ってないよ。でも、このままずっと一人なのはいやなんだ。あやまれば、もしかしたら、少しは変わるかもしれない」
せいかは、ブランコのくさりをぎゅっとにぎった。
そして、いつもよりはっきりした声で言った。
「何にも悪いことしてないのに、謝ったら絶対だめだよ!」
ぼくは、思わずせいかを見る。
こんな強い声、初めて聞いた。
「こうちゃんは、あの子を助けたんだよ? どうして謝るの?」
まっすぐな目。
でも、その言葉を聞いたとたん、ぼくの胸の奥にたまっていたものが、どっとあふれた。
「……せいかには分かんないよ!」
声が大きくなる。
「毎日、教室の前で止まる気持ちとか! みんなに見られてる感じとか! お母さんたちに、遠回しにぼくが悪いみたいに言われるのとか!」
せいかは、はっとした顔をした。
「ぼくは、つかれたんだよ! 正しいとかより、教室に入りたいんだ!」
言ったあとで、胸がどきどきした。
せいかは、何か言おうとした。でも、言葉が出てこないみたいだった。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
ぼくは、せめるみたいに聞いた。
「謝らないで、どうやって戻ればいいの?」
せいかは、くちびるをかんで、うつむいた。
「それは……」
でも、その先が続かない。
風だけが、ブランコをゆらす。
ぼくは、急に力がぬけた。
「やっぱり、分かんないんじゃん」
そう言って、立ち上がる。
「ぼく、帰る」
「こうちゃん、待って!」
せいかの声が追いかけてくる。
でも、ぼくは歩き出した。
校庭のすみを通りすぎる。砂がくつの下でしゃりっと鳴る。
「こうちゃん!」
せいかの足音が近づいてくる。
ぼくは、思わず走り出した。
逃げるみたいに。
自分でも、なんで走っているのか分からなかった。ただ、今は、せいかのまっすぐな目を見るのがつらかった。
「待ってよ、こうちゃん!」
そのとき。
ぱあっ、と、うしろが明るくなった。
「え……?」
ぼくは、思わずふり向いた。
せいかのまわりが、やわらかい白い光につつまれていた。
夕焼けの色とはちがう。まぶしいのに、目が痛くならない、不思議な光。
「こうちゃん……!」
せいかは、泣きそうな声で、ぼくに手をのばした。
足が、少しだけ地面から浮いている。
「せいか!」
ぼくはあわてて走りもどる。
手をのばす。
指先がふれた瞬間、びりっと小さな電気みたいな感覚が走った。
ぼくは、せいかの手を強くつかんだ。
その瞬間。
ぼくたちのまわりも、同じ光につつまれた。
ブランコが大きくゆれる。風がぐるぐると巻きあがる。
校庭の景色が、ゆらゆらとかすむ。
「こうちゃん……こわいよ……」
せいかの手が、ふるえている。
ぼくは、せいかの手をにぎりなおす。
光は、どんどん強くなる。
夕焼けも、校舎も、ブランコも、ぜんぶが白くかすんでいく。
まぶしい。
せいかの手だけは、絶対に離さない。
光は、どんどん強くなる。
夕焼けも、校舎も、ブランコも、ぜんぶが白くにじんでいく。
風がぐるぐると巻きあがり、ぼくの体がふわっと軽くなる。
「こうちゃん……!」
せいかの声が、すぐ近くで聞こえる。
「だ、大丈夫……」
そう言おうとしたけれど、自分の声が遠く感じる。
頭の中が、くらくらする。
足の感覚がなくなっていく。
でも、せいかの手だけは、はっきりとあたたかい。
ぼくは、その手をぎゅっとにぎった。
絶対に、離さない。
光が、さらに強くなる。
まぶしくて、目を開けていられない。
せいかの声も、だんだん遠くなっていく。
世界が、白く、とけていく。
最後に感じたのは、せいかの小さな手のぬくもりだった。
そして――
ぼくの意識は、すうっと闇の中に落ちていった。




