第9話 旦那さんと寺子屋 前編
「はぁ~……」
ぼくは村の道を歩きながら、大きくため息をついた。
となりで、せいかが心配そうに顔をのぞきこむ。
「こうちゃん、大丈夫?」
「……うん」
うなずくけど、全然大丈夫じゃない。
「きっと何とかなるよ」
せいかはそう言って、にこっと笑った。
ぼくも、無理やり笑い返す。
(こんなことになるなんて……)
ぼくの頭の中で、昨日の夜のことがよみがえった。
昨日の夜。
ぼくとせいかは、村長と藤さんと一緒にごはんを食べていた。
今日あったことを、全部話した。
「村の人たちに、全然食べ物を分けてもらえなくて……」
「でも、仲間たちが手伝ってくれて、なんとか集められました」
せいかも続けて説明する。
村長は、何も言わずにじっと聞いていた。
囲炉裏の火が、ぱちぱちと鳴っている。
食事が少し落ち着いたころ。
突然――
「ただいま~!!」
大きな声が玄関の方から聞こえた。
「!?」
ぼくとせいかはびっくりして顔を見合わせる。
村長を見ると――
信じられないくらい嫌そうな顔をしていた。
声がどんどん近づいてくる。
そして――
バタバタッと音を立てて、部屋に入ってきた。
そこにいたのは、男の猫だった。
村長と同じくらいの年齢で、スーツみたいな服を着ている。
「え?誰?」
ぼくとせいかは完全に混乱した。
でも、その猫はまっすぐ村長の方へ向かう。
そして――
ぎゅっ!
村長に抱きついた。
「ハニー、ただいま~!」
さらに頬ずりまでしている。
「寂しかったかい?俺も寂しかったよ~!」
「気持ち悪いんだよ!!離れろ!!」
村長が本気で嫌そうな顔で叫ぶ。
必死に引きはがそうとしている。
その様子を見て、藤さんは――
「あらあら……」
なぜか微笑ましそうに笑っている。
(え?なにこれ?)
ぼくとせいかは完全に置いてけぼりだ。
だって――
旦那さんって、亡くなってるはずだし…誰??
ぼくたちは藤さんを見る。
説明を求めるように。
すると藤さんは、にっこり笑って言った。
「村長の旦那様です」
「旅から帰ってきたみたいですね」
(生きてたんかい!!!)
ぼくの頭の中で全力のツッコミが炸裂した。
(じゃああの“前に進まないと”って何だったんだよ!!)
(あの時のしんみりした気持ち返せ!!)
心の中で怒りが爆発する。
そのとき。
おじさん猫が、ぼくたちに気づいた。
「ところでこの子たちは何だい?」
じーっと見る。
「はっ!もしかしてハニーと僕の愛の結晶かい?」
次の瞬間。
スパーンッ!!
村長が思いきり頭を叩いた。
「そんなことあるかい!!」
大声が響く。
「この子たちはお世話している人間の子です」
藤さんが冷静に言った。
ぼくとせいかは、あわてて頭を下げる。
「お世話になってます!」
おじさん猫は、ふ~ん……とぼくを見つめた。
その目が、ちょっとだけ鋭い。
なんだか見透かされているみたいで、少し怖い。
「へいたとは関係ないらしいよ」
村長がおじさん猫に静かに言う。
「他人の空似か」
おじさん猫がぽつりと呟いた。
ぼくは意味が分からず首をかしげた。
そのあと、おじさん猫がにこっと笑う。
「君たち」
「この村の寺子屋に行こうか」
「は?」
「え?」
ぼくとせいかは同時に声を出した。
おじさん猫は楽しそうに話し出す。
「ぼくはね、いろんなところを旅してるんだ」
「そして、学びたいけどチャンスがない子たちを、この村の寺子屋に通わせてあげてる」
ぼくは戸惑う。
「いや……でも……」
なんとか断る理由を探す。
でも――
「学びは力だよ!」
ぐっと顔を近づけてくる。
その目が、めちゃくちゃ真剣だ。
「もちろん、行くよな?」
鋭い目に見つめられて――
「……はい」
気づいたら、そう答えていた。
せいかも同じだった。
ぼくは歩きながら、もう一度ため息をついた。
「はぁ……」
(なんでこうなるんだよ……)
ぼくとせいかは、寺子屋へ向かう道を歩きながら、おじさん猫――村長の旦那さんから聞いた話を思い出していた。
この村の寺子屋は、ちょっと変わっている。
授業は午後から始まって、二部制になっているらしい。
一つ目は、お寺での勉強。
お坊さんの猫が先生で、読み書きや計算、いろいろな知識を教えてくれる。
そして二つ目は――剣術。
なんでも、猫の世界でも有名な剣士が来て、剣を教えてくれるらしい。
(いや、猫の世界すごすぎない?)
思わず心の中でツッコミを入れる。
さらにびっくりしたのは、この寺子屋ができた理由だった。
もともとは、村長と旦那さんが「子猫たちに勉強をさせたい」と思って作った場所らしい。
しかも先生は、旦那さんがいろんな街を回ってスカウトしてきたんだとか。
そして――
「むねゆきも、セバスチャンも、まおも、旦那さんに誘われて学びに来たんだよ」
昨日、そう教えてもらった。
つまり、この村はただの村じゃない。
いろんな場所から集まった子猫たちが、勉強するために来る場所なんだ。
(……すごいけど)
ぼくは、少しだけうつむく。
これから旅をするなら、きっと必要なことだって分かってる。
勉強できる場所なんて、むしろありがたい。
でも――
(前の学校みたいになったら……)
教室のすみっこで、一人だったあの時間。
笑い声が遠く感じたあの日々。
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなる。
「こうちゃん?」
せいかがのぞきこんできた。
「大丈夫?」
ぼくは少し迷ってから、うなずく。
「……ちょっとだけ、不安」
正直に言うと、せいかはやさしく笑った。
「大丈夫だよ」
「ドラもレオもいるし」
「それに、私もいるよ」
その言葉に、少しだけ心が軽くなった。
「……うん」
ぼくは小さくうなずいた。
やがて、寺子屋のお寺に着いた。
木でできた大きな建物だ。
ぼくは少し緊張しながら、ふすまに手をかける。
「すみませーん……」
そっと開けると――
中には、たくさんの子猫がいた。
小さい子もいれば、ドラくらいの子もいる。
ざっと見て、二十匹以上。
みんな机に座って、にぎやかに話している。
その中に、見覚えのある顔があった。
ドラとレオ。
むねゆき、セバスチャン、まおも一緒だ。
「あ!こうた!」
ドラがすぐに気づいて、ぶんぶん手を振る。
「こっちこっち!」
ぼくとせいかは、急いでそっちへ向かった。
知ってる顔があるだけで、こんなに安心するなんて。
ほっと息をつく。
ふと、視線を感じた。
見ると――
この前、村でぼくたちに暴言をはいた子猫がいた。
やっぱり、こっちをにらんでいる。
(うわ……いる……)
思わず目をそらした。
そのとき。
すっ……と部屋が静かになった。
入口から、一匹の猫が入ってきた。
お坊さんの服を着た、やさしそうな猫だ。
「こんにちは」
落ち着いた声だった。
ぼくとせいかを見ても、にっこり笑ってくれる。
「さあ、今日はどんな勉強をしようか?」
すると――
「そろばん!」
「習字がいい!」
「先生、お話して!」
子猫たちが、好き勝手に言い始める。
(え、自由すぎない?)
ぼくはびっくりした。
前の学校じゃ、先生が全部決めてたのに。
先生は少し考えてから言った。
「では今日は、そろばんと……この世界の歴史をやろうか」
授業が始まった。
そろばんは、なんとかついていけた。
ドラやレオが教えてくれたからだ。
でも――
歴史の話になったとたん。
(むずかしい……)
知らない言葉ばかりで、頭がぼーっとしてくる。
気づいたら――
「こうちゃん!こうちゃん!」
せいかの声で目が覚めた。
「終わったよ!!」
「えっ!?」
ぼくは飛び起きる。
どうやら、途中で寝てしまったらしい。
「初日から寝るなんて大物だな」
レオがニヤニヤしている。
「さすがだな」
セバスチャンまで乗っかる。
「う、うるさい!」
ぼくは顔を赤くした。
まおとせいかもくすくす笑っている。
「よし!」
ドラが立ち上がる。
「次は剣術だ!」
むねゆきもキラキラした目でうなずく。
「場所変わるから急ぐぞ!」
みんながバタバタと動き出す。
(剣術……)
ぼくはゆっくり立ち上がる。
胸の奥が、また少しざわざわした。
あのときの戦い。
自分でも分からない動き。
(……大丈夫かな)
また、不安が広がっていく。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
次回更新は、3月31日予定です。ブックマーク登録よろしくお願いします!
noteでも活動してます。よかったら「どら猫商店」で検索してみてください!
色々な「どら猫」たちのイラストも掲載してます!




