第7話 責任と優しさ 後編
ぼくが星空を見上げていると、村長が軽く手をたたいた。
「さあ、晩御飯にするかい」
その言葉に、ぼくとせいかは思わず顔を見合わせた。
さっきまで胸がどきどきしていたのに、今度は急にお腹のことを思い出す。
そういえば、今日はほとんど何も食べていない。
ぼくのお腹が、ぐう……と小さく鳴った。
せいかがくすっと笑う。
「こうちゃん、お腹すいたんだね」
「……うん」
ちょっと恥ずかしいけど、正直にうなずく。
村長はそんなぼくたちを見て、ふっと笑った。
「子どもは腹が減るものさ。遠慮せず食べなさい」
そう言って、村長は玄関から家の中へ歩き出した。
ぼくとせいかも、その後をついていく。
家の中はさっき見たときと同じで、囲炉裏の火があたたかくゆれていた。
ぱちぱち、と木がはぜる音がする。
そのとき、奥の部屋から一匹の猫が出てきた。
やわらかい白色の毛で、村長より大分若そうな猫だ。
「おや?帰ってきたんですね村長」
その猫は、ぼくたちを見て少し驚いた顔をした。
「あら、この子たちが噂の人間ですか?」
村長は短く言った。
「藤だ」
それだけだった。
ぼくは思わず目をぱちぱちさせる。
するとその猫――藤は、くすっと笑った。
「もう、村長ったら。そんな言い方して」
藤はぼくたちにやさしく頭を下げる。
「はじめまして。私は藤といいます」
「ずっと村長のお世話をしているんですよ」
にこっと笑う藤は、どこかやさしい雰囲気の猫だった。
「この村の村長は、とっても優しい方なんです」
「村の皆さんも村長のことが大好きなんですよ?」
そう言いながら、藤は楽しそうに笑った。
ぼくとせいかは思わず村長を見る。
村長は、ちょっと困った顔をしていた。
「そんなことを言わなくてもいい」
ぼそっと言う。
藤は肩をすくめた。
「だって本当のことですから」
村長は小さくため息をついた。
そして、少しだけ恥ずかしそうに顔をそらす。
「……余計なことを言ってないで」
囲炉裏の方を指さす。
「さっさと晩御飯の準備をしな」
藤さんは、村長の言葉を聞くと「はいはい」と軽く笑いながら台所へ向かった。
そこからの動きは、びっくりするくらい早かった。
鍋に火をかけ、野菜を切り、魚を焼く。
まるでずっと前から準備していたみたいに、次々と料理ができていく。
やがて、いいにおいが部屋いっぱいに広がった。
「はい、できましたよ」
藤さんがそう言って、食卓に料理を並べていく。
玄米ごはん。
野菜がたっぷり入った味噌汁。
そして、こんがり焼けた魚。
ぼくとせいかは、思わず顔を見合わせた。
「……すごい」
ぼくは思わずつぶやく。
そしてもう一つ、びっくりしたことがあった。
食卓の上に、箸が置いてあったのだ。
「こうちゃん……」
せいかが小さく言う。
「うん……」
ぼくもうなずく。
猫の村なのに、箸があるなんて思わなかった。
村長が言う。
「冷める前に食べなさい」
その言葉を聞いた瞬間――
「いただきます!」
ぼくとせいかは同時に言って、料理に手を伸ばした。
ぱくっ。
ごはんを口に入れる。
「……おいしい!」
思わず声が出た。
味噌汁も、魚も、すごくおいしい。
気づけば、ぼくはすごい勢いで食べていた。
せいかも同じだ。
二人とも夢中でごはんを食べている。
村長と藤さんは、その様子を静かに見ていた。
藤さんがくすっと笑う。
「よほどお腹がすいていたんですね」
村長も、小さくうなずいた。
「たくさん食べなさい」
ぼくは口いっぱいにごはんを入れながら、うなずいた。
やがて、食事が少し落ち着いたころ。
村長が湯のみを置いて言った。
「この家には、ルールが三つある」
ぼくとせいかは、ぴんと背筋を伸ばす。
「一つ」
村長は指を一本立てた。
「何かあれば、すぐに藤に相談すること」
藤さんがにっこり笑う。
「二つ」
「無理はしないこと」
そして、三本目の指を立てた。
「三つ。晩御飯は、必ず全員で食べること」
ぼくは少し驚いた。
「それだけ……ですか?」
「それだけさ」
村長は静かに言った。
ぼくは少し迷ってから、思いきって聞いてみた。
「どうして……そんなに優しくしてくれるんですか?」
村長は一瞬、何も言わなかった。
すると藤さんが、にやっと笑う。
「それはねえ」
ちらっと村長を見る。
「この人が優しいからですよ」
「余計なことを言うな」
村長がすぐに言った。
藤さんは楽しそうに笑う。
少し沈黙があったあと、村長がゆっくり口を開いた。
「……昔もらった恩を返しているだけだよ」
とても小さな声で村長が言った。
村長は静かに続ける。
「へいた、という名前を知っているかい?」
「へいた……?」
ぼくは考える。
どこかで聞いたことがあるような気がする。
でも――
思い出せない。
「……わからないです」
ぼくがそう言うと、村長は少しだけ寂しそうに笑った。
「そうか……」
それ以上は何も言わなかった。
そのときだった。
村長が、ふと思い出したように言う。
「そういえば」
ぼくたちを見る。
「あんたたちの寝室は、同じ部屋だからね」
ぶふっ!!
食べていたごはんを思いきり吹き出した。
「えっ!?」
せいかは、びっくりしすぎて声も出ていない。
目をまん丸にして固まっている。
ぼくの頭の中では、ひとつの言葉だけがぐるぐる回っていた。
(このババァ、何言っているんだ?)
次回更新は、3月24日午前中予定です。ブックマーク登録よろしくお願いします!




