第6話 村長と石鹸 後編
ぼくは、ごくりとつばを飲みこんだ。
部屋の空気が重い。
目の前には村長と、両脇にいる年老いた猫たち。
その視線が、まっすぐぼくに向いている。
「……はい」
ぼくは、できるだけはっきり答えた。
「ぼくたちは、人間の世界から来ました」
部屋の中が少しざわつく。
「ぼくたちがいた世界には、ここにはない技術があります」
ぼくは続けた。
「その知識を使って、この村の役に立ちます」
そして深く頭を下げた。
「だから、しばらくこの村に置いてください」
村長はじっとぼくを見ている。
「……具体的には?」
静かな声だった。
ぼくはゆっくり息を吸った。
「この村では、病気にかかりやすい猫が多いんじゃないですか?」
老人猫たちが顔をしかめる。
でも、ぼくは続けた。
「病気の原因は、細菌やウイルスっていう、とても小さなものなんです」
「目では見えないくらい小さくて、空気や水、手について広がります」
猫たちがざわつく。
「それが体の中に入ると、熱が出たり、お腹をこわしたりします」
ぼくは囲炉裏の前の床を指さした。
「例えば、食べ物をさわる前に手が汚れていたら、その小さな生き物が食べ物についてしまいます」
「でも――」
ぼくは言った。
「石鹸を使えば、それを洗い流せます」
せいかが横でうなずく。
「石鹸は、手や体についた汚れを落とすだけじゃなくて、その小さな生き物も一緒に流してくれるんです」
ぼくは続けた。
「手を洗う習慣を作れば、病気になる人を減らせます」
「ぼくたちが石鹸を作って、この村に提供します」
その瞬間――
「そんな話、聞いたことがない!」
老人猫の一匹が声を上げた。
「信じられるか!」
「目に見えない生き物だと!?」
「また人間はワシらをだまそうとしている!」
「嘘でももう少しましなことを言え!」
口々に怒鳴り声が飛ぶ。
ぼくの心臓が、どくん、どくん、と大きく鳴り始めた。
胸の中で、太鼓みたいに音が響いている。
手のひらがじっとり汗ばんでいるのが分かる。
(やっぱり……信じてもらえない)
頭の中でそんな声がする。
ぼくの説明は、ここの猫たちにとっては、まるで作り話みたいなんだ。
当たり前だ。
ぼくたちの世界では常識でも、ここでは誰も聞いたことがない。
(どうしよう……)
もしこのまま追い出されたら?
考えれば考えるほど、胸がぎゅっと苦しくなる。
もしここで失敗したら、全部ぼくのせいだ。
そのとき。
村長がすっと手を上げた。
部屋が静かになる。
「お前の話は分かった」
村長は落ち着いた声で言った。
「では、その小さな生き物を私たちに見せてみろ」
ぼくは固まった。
「そうしたら、今の話を信じて石鹸とやらを作らせてやろう」
言葉が出ない。
(見せる……?)
(どうやって?)
ぼくの頭の中が真っ白になる。
(顕微鏡がないと無理だ……)
(でも顕微鏡の作り方なんて知らないぞ……!)
沈黙が流れる。
村長が静かに言った。
「なんだ、出来ないのか?」
その目は冷たい。
「見えないものを信じることなど、とても出来ないぞ」
老人猫たちがすぐに声を上げた。
「ほらな、やっぱり嘘なんだ」
「こんな子供でもやっぱり人間だ」
「信用するからこうなる」
ざわざわと騒ぎ出す。
ぼくは言葉を失った。
どうすればいい?
頭の中で必死に考える。
でも、何も思いつかない。
そのとき。
横でせいかが、下を向いてぶつぶつ言っているのに気づいた。
「……塩……干す……」
何かを考えているみたいだ。
でもぼくには分からない。
村長がもう一度手を上げた。
部屋が静かになる。
「どうやら話はここまでのようだな」
村長は静かに言った。
「わしらは、お前たちを村に置いておくことは出来ない」
ぼくの胸がぎゅっとなる。
「すまんが、朝になったらこの村から出ていってほしい」
ぼくの頭の中が真っ白になった。
ドラの母さんも、横で小さくため息をついている。
ぼくは必死に考える。
(何か……ないか……)
(ほかに役に立つ知識……)
でも、何も浮かばない。
村長たちが立ち上がる。
このまま終わりだ。
その瞬間――
「私たちは!」
突然、せいかが大きな声を出した。
部屋中の猫が驚いて振り向く。
「今よりもっとおいしくて、たくさんの種類の保存食を作ることが出来ます!!」
ぼくは目を見開いた。
「せ、せいか!?」
村長の目も大きく開かれている。
「ほう」
村長がゆっくり言う。
「材料は?」
鋭い目で聞く。
せいかは少し震えていた。
でも、ちゃんと答えた。
「お肉やお魚、野菜や果物……なんでも……」
「保存期間は?」
また質問が飛ぶ。
せいかは少し考えてから言った。
「試してみないと分からないけど……二十日くらいは……」
老人猫たちがざわついた。
「二十日!?」
「そんなに持つのか!?」
ぼくもびっくりしていた。
(せいか……そんなこと知ってたの!?)
村長がもう一度聞く。
「おいしいのかい?」
せいかは、今度は少し笑った。
「とってもおいしいです」
その笑顔は、いつものせいかだった。
村長は、ゆっくり周りの老人猫たちを見る。
「試してみる価値はあるようだね」
老人猫たちも、しぶしぶうなずいた。
そして。
村長がぼくたちをまっすぐ見た。
「村に滞在することを許可する」
その一言で。
ぼくの体の力が一気に抜けた。
横を見ると、せいかがその場に座りこんでいた。
ほっとした顔で笑う。
「現代の知識で……何とかなったね」
ぼくは思わず笑った。
「ありがとう、せいか」
次回更新は、3月19日12:20頃です。ブックマーク登録よろしくお願いします!




