第6話 村長と石鹸 前編
ぼくたちは、ドラの母さんと簡単な打ち合わせをした。
最初にドラの母さんが村長の家へ行き、事情を説明する。
そのあと、少し遅れてぼくとせいかがドラに案内されて向かうことになった。
玄関まで、みんなで見送る。
ドラの母さんは戸を開ける前に、ぼくたちのほうを振り返った。
「村の掟だから仕方ないと思っていたけどね」
少しだけ優しい顔になる。
「本当は、何も知らないあんたたちを村の外に放り出したくないんだ」
そして、ぼくとせいかをまっすぐ見た。
「頑張るんだよ」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
ドラの母さんはにっと笑った。
「村長にうまく言っとくから安心して後からおいで」
その顔が――
どこかで見た顔にそっくりだった。
(あ……)
ぼくは思い出す。
ドラが「任せとけ!」って言ったときの顔だ。
なんだか、すごく嫌な予感がする。
ぼくは思わず苦笑いした。
ドラの母さんはそのまま村長の家へ向かって歩いていった。
姿が見えなくなるまで、ぼくたちはその背中を見送る。
しばらくして、ドラがぼくの肩をぽんと叩いた。
「こうた、お前すごいな!」
「え?」
「あの母ちゃんにあそこまで言い返すなんて、なかなかできることじゃないぞ?」
ぼくはちょっと驚いた。
せいかも隣でうなずく。
「本当、私もびっくりした」
「こうちゃん、あんなに真剣な顔するんだって思った」
ぼくは頭をかいた。
「いや……必死だっただけだよ」
そして小さくつぶやく。
「なんとか首の皮一枚つながったな……」
すると、せいかが少し心配そうな顔をした。
「でも、本当に大丈夫?」
ぼくは少しだけ考えてから言う。
「やるしかないよ」
「さっき村の子どもたちを見ただろ?」
せいかはうなずく。
「あの様子から考えると、僕たちしか知らない知識がきっとある」
「そこをうまく使って、役に立つってわかってもらえればチャンスはあると思う」
せいかはぼくの言葉を聞いて、少し考え込んだ。
「私たちしか知らない知識か……」
小さくつぶやく。
ドラが腕を組んで言った。
「よし」
「そろそろ俺たちも出発しよう」
そう言って、玄関のほうへ歩き出す。
ぼくとせいかは顔を見合わせてから、うなずいた。
そしてドラのあとを追って、玄関へ向かった。
ぼくたちは、ドラの家の玄関を出た。
村長の家に向かうためだ。
外に出た瞬間、ぼくは思わず足を止めそうになった。
道の両側に――猫たちが集まっていた。
さっきまで家の陰にいた猫たちが、今ははっきり見える場所に立っている。
大人の猫、年をとった猫、子どもの猫。
みんな、何も言わずにこちらを見ていた。
まるで、値踏みされているみたいだった。
ひそひそ声も聞こえる。
「人間だってさ……」
「ほんとに?」
「村長のところに行くらしいぞ」
ぼくはごくりとつばを飲みこんだ。
胸がどきどきする。
(だ、大丈夫)
ぼくは心の中で言った。
(大丈夫、きっとうまくいく)
そう自分に言い聞かせながら歩き出す。
せいかはぼくのすぐ横を歩いていた。
ドラは少し前を歩いている。
道の途中で、ぼくは見覚えのある猫を見つけた。
「……レオ?」
野次馬の中に、レオがいた。
ぼくたちが通り過ぎるとき、レオが小さく声を出す。
「こうた、せいか!」
そして、にっと笑った。
「がんばれよ!」
その一言だけだった。
でも、それだけで胸が少し軽くなった。
ぼくは小さくうなずいた。
しばらく歩いたあと、せいかが小さな声で言った。
「こうちゃん……」
ぼくは横を見る。
せいかは、すごく不安そうな顔をしていた。
「本当に……大丈夫?」
今にも泣きそうな顔だった。
ぼくは少し考えてから言った。
「石鹸の話をしようと思う」
「え?」
せいかがきょとんとする。
ぼくは説明した。
「この村の猫たちの様子を見て思ったんだ」
「もし石鹸を作れれば、手をきれいにしたり、体を洗ったりできる」
「そうすれば、病気になる人も減る」
せいかは少し考える。
「つまり……衛生ってこと?」
「うん」
ぼくはうなずいた。
「石鹸で衛生面をよくできるって分かれば、村の役に立つって思ってもらえるかもしれない」
せいかが聞く。
「でも……石鹸の作り方、分かるの?」
ぼくは答えた。
「何年か前に自由研究で作ったことあるから」
「たぶん大丈夫」
せいかは、ちょっとだけ安心した顔をした。
でも、まだ少し不安そうだ。
そうしているうちに――
「着いたぞ」
ドラが言った。
ぼくたちは顔を上げる。
そこには、村の中でも一番大きな家があった。
屋根も大きくて、柱も太い。
まるでお寺みたいに立派な建物だった。
「すごい……」
ぼくは思わずつぶやいた。
せいかも同じ顔をしている。
入り口の前には、ドラの母さんが立っていた。
「来たね」
そう言って、ぼくたちを見る。
「ついてきなさい」
ぼくとせいかは、ドラの母さんのあとをついて家の中へ入った。
畳の部屋だった。
広い。
そして――
中には、すでに猫たちが座っていた。
左右に、年をとった猫が二組。
男の猫と女の猫が、それぞれ並んでいる。
そして真ん中に――
一匹の女の猫が座っていた。
ドラの母さんより、少し年上に見える。
落ち着いた雰囲気で、まっすぐこちらを見ている。
ぼくと目が合った瞬間。
一瞬だけ、驚いた顔をした。
でもすぐに、何事もなかったように表情が戻る。
(この猫が……)
(村長だ)
ぼくはそう思った。
「座りなさい」
静かな声だった。
でも、部屋の空気がぴんと張る。
ぼくとせいかは、その場に座った。
すると横から声が聞こえた。
「おやおや。随分とかわいい子たちだね」
年老いた猫が笑う。
すると、反対側の猫が鼻を鳴らした。
「ふんっ。人間なんてどいつも同じだろう」
その言葉に、せいかが少し体をこわばらせた。
そのとき。
真ん中の猫が、すっと手を上げた。
周りの猫たちが静かになる。
「私はこの村の村長だ」
落ち着いた声だった。
ぼくたちは思わず背筋を伸ばす。
村長は、ぼくたちをじっと見た。
そしてゆっくり言った。
「それで――」
「お前たちが、子どもの健康を守る知識を持っているというのは本当か?」
次回更新は、3月17日12:20頃です。ブックマーク登録よろしくお願いいたします!




