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悪役令嬢というものは

作者: 藍田ひびき

「この悪女が!そんな汚い手をつかってまで、王妃になりたいのか!」


 金髪碧眼の麗しい青年――私の婚約者、ライナルト王子が憎々しげに私を睨み付けながら叫んだ。

 

 悪女ですって?当たり前じゃない。

 私、悪役令嬢なんですもの。

 


◇◇



 14歳になったばかりの頃だった。私が前世の記憶を思い出したのは。


 流行り病にかかり高熱でうなされる私に、突如奔流のように流れ込んできた記憶。前世と今世のそれが入り混じって気が狂いそうになり、何度か気絶を繰り返し……徐々に落ち着いてくるにつれて理解した。これは、前世で私が生きた追憶の残滓である、と。


 前世の私は、芸能プロダクションの女社長だった。

 自分で言うのもなんだが、辣腕だったと自負している。表の面でも、裏の面でも。


 会社を大きくするために、私はなんだってやった。

 若手女優を使った枕営業なんて可愛いものだ。ライバル会社の看板女優に若い男優をあてがい、スキャンダルで追い落としたこともある。目障りなアイドルグループを麻薬にハマらせて刑務所送りにしたことも。売り出し中の若いアイドルにSNSで誹謗中傷を煽り、引退へ追い込んだこともあるわ。


 そのおかげで、会社は業界ナンバーワンとなった。

 そこで油断が生じたのかもしれない。専用車から降りたところで、警備をすり抜けて駆け寄ってきた男に刺された。彼が持っていたナイフが腹に刺さり、倒れこんだところまでは覚えている。


 おそらく、そこで私は死んだのだろう。私を刺した男の顔に見覚えは無いが、恨みを買う覚えは数えきれないほどある。私が陥れた者か、あるいはその家族か恋人辺りか……。

 彼に対して思う所は無い。私のやってきたことが正しいとは思っていないし、そういう因果が巡って来ただけだと思っている。


 そして転生した私は、「光の聖女の救世物語」という小説の登場人物となっていた。

 しかもこの世界における悪役令嬢、カサンドラ・ヴェンデル侯爵令嬢に。


 「光の聖女の救世物語」は、何の変哲もない女子高生の広瀬愛菜が異世界に召喚され、聖女と告げられる所から話が始まる。

 彼女は持ち前の明るさと元の世界の知識、聖女としての治癒力を使って困難を解決していく。その過程で協力者である王太子ライナルトと、愛を育んでいくのだ。


 だがライナルトには、既に婚約者であるカサンドラがいた。

 彼女はライナルトから好意を向けられる愛菜へ嫉妬し、数々の嫌がらせを行う。だがそれは逆効果だった。嫌がらせから愛菜を救う過程で、二人の絆はさらに深まる。そして最後にカサンドラは断罪され、愛菜はライナルトと結婚する。


 ……という、ありきたりなストーリーだ。


 この小説が人気を博し、アニメ化に続いて舞台化されることになった。その舞台にうちのプロダクション所属の男優が出演することになったのだ。オファーを受けた私は、一応この小説に目を通した。

 

 読了後の感想は「下らない」だった。


 シンデレラストーリーは、いつの時代も人気がある。

 何者にもなれないことに鬱憤が溜まっている読者は主人公と自分を同一化し、その立身を自分の事のように喜び、悪役が成敗される様に酔うのだろう。

 だが自らの力でのし上がってきた私には、そんなものを愉しめる精神性は持ち合わせていなかった。


 それにしても、悪役令嬢とはね。


 カサンドラのことは「悪役令嬢という割に、生温いな」と思っていた。

 彼女が愛菜にやったことと言えば、同級生と結託して愛菜を無視したり、持ち物を壊したりしたくらいだ。

 女子中学生かというレベル。


 ごろつきを雇って愛菜を襲わせようとした事だけは、認めてもいい。悪辣さという意味で。

 処女を奪われれば王太子の妻にはなれない。自分の手を汚さず、愛菜を追い落とす良い手だ。だがすんでの所で助けが入り、これも失敗に終わる。

 ライナルトの命により、王家の影がこっそりと彼女を守っていたのだ。さらにごろつき達はすぐに口を割ったため、カサンドラの企みが露見してしまう。


 脇が甘すぎる。


 王太子の寵を受けた者ならば、護衛くらい付けられているとどうして気付かないのか。彼女が確実に一人になる時か、あるいは陽動を行って護衛から引き離した上で狙うべきだろう。しかも質の悪い町のごろつきを雇うなど、言語道断だ。


 断罪されたカサンドラは父であるヴェンデル侯爵からも見捨てられ、追放刑として森の中へ放り込まれる。その先は描写されていないが、女一人が獣のうろつく森で生き抜けるわけもない。要するに死刑と同じことだ。いや、ひと思いに殺して貰えないだけもっと悪いかもしれない。


 今は14歳の春だから、そろそろ主人公が召喚される頃だ。つまり、私の断罪まであと数年。


 「……面白いじゃない」


 私がなぜこの世界へ呼ばれたのかは分からない。

 酷い死に方を与え、前世の悪行の報いを受けろということだろうか。あるいは反省して悔い改めよとでも?


 ふん。私を転生させたのが神だか仏だか知らないが、そちらの思い通りになどなるものか。

 私が悪役令嬢だというのなら、なってやろう。

 そして、存分に見せてあげるわ。本当の悪役というものを。




 病から回復した私は、聖女の召喚が成功したと聞かされた。


 この王都には現在、流行病が蔓延している。私が罹ったのもそれだ。この世界の医術や治癒魔法では追いつかず、聖女に頼ろうとしたらしい。

 私が記憶を思い出したことと、彼女の召喚は関連があるのかもしれないわね。


 程なく聖女愛菜は貴族学院へ入学した。グラウン子爵家が彼女の身元引受人となり、貴族としての教養を学ばせることになったのだ。


 ライナルトから、私は愛菜を紹介された。

 召喚に立ち会い、それからずっと彼女の世話を焼いていたライナルトは既に愛菜とかなり親しくなっている。

 確か小説だと、カサンドラは婚約者と親しげにしている愛菜に嫉妬して暴言を吐き、ライナルトから叱責されるのよね。それをきっかけに、ライナルトの心は徐々にカサンドラから離れていってしまう。

 

 カサンドラの怒りは当然だと思うけれど。

 婚約者の腕に他の女がしがみついているのだもの。曲がりなりにも王族がむやみに女性と触れるのは駄目でしょうに。

 聖女だってそう。いくら不安でも、そこまでひっつく必要ある?

 

 私は内心で雑言をまき散らしつつ、にこやかに話しかけた。


「あなたが愛菜様?私はカサンドラ・ヴェンデル。よろしくね」

「は、はい、カサンドラ様!宜しくお願いしみゃす!痛っ」


 舌を噛んでしまったらしい。


「カサンドラ様がすごく綺麗だから、緊張しちゃって」とテヘヘと笑う愛菜。ライナルトはそんな彼女を眺めて「本当にドジだね、愛菜は」なんて笑っている。


 あざとい女だこと。

 それに引っかかるライナルトもチョロ過ぎやしないかしら。今度からチョロ王子と呼ばせて貰うわ。


 それから愛菜は、あっという間に学院へ馴染んだ。

 人気者の彼女はいつも人に囲まれている。その中でも常に愛菜の傍にいるのが、王太子の一団だ。

 ライナルト王太子に騎士団長の息子アレクシス、宰相の息子ハインツ、魔導師団長の息子ルドルフ。それに私の弟、ローラント。彼らは愛菜へ熱い視線を送り、彼女の側へ侍っていた。まるで聖女の守護騎士の如く。

 この世界では珍しい黒髪の美少女を囲むきらきらしい一団は、いつも注目の的だ。

 

 愛菜のような人間は、前世にもいた。

 その場にいるだけで自然と人々を引きつけ、魅了してしまう存在。


 私にとっては珍しくも何ともない。

 芸能界とは、そういう人間がしのぎを削っている場所なのだから。


 現世なら愛菜はトップアイドルになれたかもしれない。

 ……いいえ、そうでもないわね。彼女みたいにファンへ軽々しくスキンシップをするなんて、三流アイドルのすることよ。

 


「相談とは何だ、カサンドラ。俺は忙しいのだ。手短に」


 私は父、ヴェンデル侯爵に相談があると伝えて時間を取って貰った。

 

 小説のカサンドラは父親の事を嫌っていた。いや、恨んでいたと言った方が正しいかもしれない。

 この男は権力と家の繁栄にしか興味がないのだ。

 母亡き後、カサンドラはこの生物学上の父に優しい言葉ひとつ掛けて貰ったことはない。娘は駒の一つくらいにしか思っていないのだろう。だから主人公に敗北したカサンドラを、あっさり切り捨てるのだ。


 だが今の私は、この男を嫌いではない。情に薄い徹底的なリアリスト。それは前世の私とよく似ている。


「暗部を数人、貸して欲しいのです」

「理由を」

「聖女の噂は、お父様のお耳にも届いているのではなくて?」

「ふむ……」


 父は顎に手を当て、少しの間考えを巡らせていた。


 暗部とは、我が家に仕える裏仕事専門の部隊。王家の保持する影と似たようなものだ。

 主な仕事は諜報や監視だが、時には暗殺を手がけることもある。


 聖女愛菜とライナルトの噂は、学院の生徒たちを通してその親にも伝わっている。娘を王妃にしたい父にとっては、鬱陶しい話に違いない。今は学生の間の火遊びだと思って静観しているのだろうが。


「良かろう。分かっていると思うが、尻尾を捕まれるような真似はするな」

「ほほほ、勿論ですわ」




 私は暗部を使い、市中に噂を流した。

 聖女が王太子やその側近、高位貴族の令息を次々と籠絡していると。

 嘘ではない。実際に男たちは彼女へ夢中なのだから。


 学院内に噂を流せば、当然学生が疑われる。その筆頭は私だろう。だから迂遠ではあるが、まずは民衆に噂を広げたのだ。

 

 いつの世も人々は醜聞が好きなものだ。思った通り、噂はあっという間に広がった。民衆から貴族へ、その子供たちへ。

 策が上手くいくのは気持ちいいわね。醜聞による印象操作は前世でもよくやったわ。いわば私の十八番なのよ。


 噂が広がる過程で彼らと淫らな関係に及んでいるとか、装飾品やドレスをねだって贅沢三昧をしているとか、尾ひれがついてしまったけれどね。私のせいではないわ。それに実際、愛菜は令息たちに過剰なスキンシップをしていたし、カフェで奢らせたりしていたから、事実無根というわけでもない。


 愛菜は学院で、遠巻きにされるようになった。ライナルトの一団だけは、相変わらず彼女の傍に侍っていたけれど。

 市中で「この淫乱女!異界へ帰れ!」と石を投げつけられたこともあるらしい。

 ライナルトはそれを聞いて怒り、「聖女を傷つける者は厳罰に処す」との触れをだした。それを見た人々は「やはり王太子殿下は聖女と……」とますます噂するようになった。


 学院でも中傷を受けるようになり、愛菜は家へ引き籠ってしまった。

 

 ライナルトや側近たちは何度もグラウン子爵家へ足を運び、彼女を励ましているらしい。ローラントもその一人だ。

 全く……父の手伝いもせずに何をやっているのかしらね。


 私は次に、愛菜の後見人であるグラウン子爵家へ狙いを定めた。

 愛菜にはおそらく、王太子の指示で影がついていることだろう。だが子爵家の人たちはノーマークのはずだ。

 即位していない王子に、多人数の影を動かす権限は無いのだから。


 グラウン子爵の領地では植物を使用した布製品の生産を行っており、それが主収入となっている。そこで、わざと質の悪い布をグラウン領産と偽って多量に流通させた。

 生産品の信用が落ち、グラウン子爵はその対応でてんやわんやだ。さらに、子爵令息が婚約者以外の女性と密かに逢い引きをしているという噂を流してやった。

 

 ちなみにこれは本当よ。私の指示で妙齢の色っぽい美人を近寄らせたの。前々から婚約者の見目に不満を持っていた令息は、ホイホイと引っかかったらしいわ。

 

 子爵令息は婚約を解消された。子爵家の家中はギスギスした空気となっているらしい。居候である愛菜にまで気を遣う余裕は無くなり、雑な扱いをされているそうだ。



 

「カサンドラ。本当に君のせいではないのか?」


 ある日、私はライナルトの執務室へ呼ばれた。


「何のことを仰っているのか分かりませんわ」

「愛菜のことだ。今の状況は、誰かが彼女を陥れようとしているとしか思えない」

 

 彼の目にはありありと疑念の色が浮かんでいたが、私はすっとぼけた。

 

 状況を考えれば、私が疑われるのは当然だ。前世を思い出すまで、カサンドラはライナルトを恋慕し、付き纏っていたのだもの。

 

 だけど()はこれまで、愛菜の味方という態度を崩さなかった。表立って虐めなんてしない。そんな分かりやすい嫌がらせ、何の意味もないのだから。

 王太子側近の婚約者たちが、不貞を唆したとして愛菜を責め立てようとするのを、私が止めたこともあるくらいだ。


 おかげで「婚約者の浮心に目くじらをたてないカサンドラ様は器が大きい。さすがは次代の王妃だ」と言われているらしい。私にとってプラスになる噂だから否定はしなかったわ。どんどん広めて頂戴。


「私がやっているとでも仰るの?心外ですわ。私だって、愛菜様の現状には心を痛めておりますのに」

「……そうか。疑って済まない」


 納得はしていないような声色だが、証拠がないためそれ以上は詰問できないのだろう。

 我が家の暗部は優秀なのよ。ごろつきなどとは違って、痕跡を残すようなヘマはしないわ。


「話はそれだけだ。行っていい」と彼は書類へ目を落とし、手で私を追い払う仕草をした。婚約者を呼び出しておいて、随分な態度ね。

 彼の傍にいた側近たちは、あからさまに私を睨んでいる。


 そんな態度でいられるのも今のうち。いずれ、お前たちは私に敗北するのよ。

 彼らの顔が屈辱と絶望に歪む様を想像すると、ゾクゾクするような快感が背を走る。

 ふふふ。その瞬間が楽しみだわ。




「姉さん。うちの暗部を使っているんだろう?」

「あら、何の事かしら」

「俺は騙されないよ。証拠も掴んでいる。いずれ裁きを受けるだろう。覚悟しておいた方がいい」


 卒業が近づいたある日、ローラントが私へそう言った。

 王太子の一団が何やらこそこそと動いていることは知っていた。おそらく、卒業パーティでの断罪を計画しているのだろう。

 暗部のことは弟も知っているから、流石に誤魔化せなかったようだ。


 私はふふっと笑って見せる。相手が全く動じないのに驚いたのか、ローラントの顔が歪んだ。


「ローラントこそ、いいのかしら。私とライナルト様の婚約がなくなれば、彼は王太子ではいられなくなるわ。側近の貴方の行く末にも影響するのではなくて?」

「ヴェンデル侯爵家の次期当主は俺だ!姉さんの婚約がなくたって、我が侯爵家は殿下の後見を続ける。殿下が王太子の座から降りることはない」

「……お父様は、全て知ってらっしゃるわよ。このままでは、貴方は跡継ぎから外されるわ」

「馬鹿をいうな。この家には俺以外に男子はいないじゃないか」


 なるほどね。だから勝手なことをしても許されると高をくくっていたのか。我が弟ながら、愚かだこと。


「先日、ヨハネスが我が家を訪れていたわ。彼はとっても優秀だそうよ?父も彼なら跡取りが務まると言っていたわ」

「なっ……!」

 

 ヨハネスは叔父の次男、つまり私たちの従弟だ。父はローラントを見限り、彼を養子に迎えようと考えているのだ。

 ようやく事態を悟ったのだろう。弟は目に見えて狼狽え始めた。

 

「勝手に婚約を破棄するライナルト様の後見を、父が続けさせると思う?貴方は嫡子でもなければ、王太子の側近でもなくなるわ。ようく考えることね」

「……っ、愛菜を陥れようとした姉さんに屈しろというのか……!」


 まだ抵抗するのね。

 仕方ない。私はローラントへ、ある情報を囁いた。とっておきの秘密を。

 それを聞いた弟は「嘘だ……」と呟き、崩れ落ちた。




 卒業パーティを翌日に控えた日。私はローラントを伴って王宮へと足を運んだ。


 王太子一派は、やはり明日のパーティで私を断罪しようとしているらしい。ちなみに愛菜は出席日数が足りず、卒業できない。

 肝心の愛菜がいないのに断罪劇を敢行しようなどと、滑稽でしかないわ。それとも、この世界の神とやらに強制されているのかしらね?


「遅いぞ、ローラント。何を……っ、カサンドラ!?」


 ノックもそこそこに王太子の執務室へ踏み込む。そこにはローラントを除く側近たち――アレクシスやハインツ、ルドルフもいた。


「何をしに来た、カサンドラ。お前を呼んだ覚えはない」

「私、忠告に参りましたのよ」

「忠告?」


 私はきりりと背筋を伸ばして淑女らしく優雅に、そして酷薄な笑みを浮かべた。

 どう?悪女らしく見えているかしら?


「貴方がたが明日、なにやら騒ぎを起こそうとしていると伺いましたの。その先は破滅の道。お止めになった方がよろしいかと」

「ローラント!貴様、裏切ったな!」

「裏切ってなどいませんよ」


 怒鳴りつけるライナルトに、弟は冷徹に答えた。


「あれから熟考致しましてね。側近として、王太子殿下の愚行をお諫めするのが俺の役目だと思い至りました」

「愚行とは随分な言い様だ。そこの悪女の断罪に、貴様も同意していたではないか」

「陛下がお決めになった婚約を勝手に破棄しようなど、愚行以外の何物でも無いでしょう」

「カサンドラが愛菜を陥れた証拠はそろっている。貴様のおかげでな。この悪事を知れば、父上とて婚約破棄に同意なさるだろう」

 

 陛下が同意するとは思えない。

 目障りな者を排除するのは、貴族なら当たり前のようにやっている事だ。いちいちあげつらっていては貴族社会が成り立たない。


「それで、聖女様と婚約なさりたいと?ならばライナルト様は、王太子の座を退かれる覚悟がおありになるということですわね」

「何故そうなる!?」

「だってそうでしょう?我がヴェンデル侯爵家がライナルト様の後ろ盾となったのは、私との婚約があったからですわ。聖女様と婚約なさったら、誰がライナルト様の後ろ盾になるというのですか」


 ライナルト様の下には二人の王子がいる。どちらも優秀であり、それぞれ高位貴族の令嬢と婚約している。

 もしライナルト様が婚約を破棄すれば……令嬢たちの親は、それぞれ下の王子を推すだろう。聖女の引受人であるグラウン子爵家程度では太刀打ちできまい。

 

「ふん、忘れたのか。王太子殿下には俺たちがいるということを」

「そうだ。ロイスナー騎士団長にオスヴァルト宰相、クルツ魔法師団長。王国の中枢たる彼らの支えが有れば、ヴェンデル侯爵家の支援などなくとも、俺は国王になれるはずだ」

「殿下と愛菜様は真実の愛で結ばれているのだ。俺たちが全力でお二人をお支えする。貴様のような悪女の入る隙など無い。残念だったな!」

「『お支え』ねえ……」


 全員、あまりにも自分が見えていなくて笑ってしまう。

 私はローラントに持たせていた書類を受け取って、彼らに見せた。


「貴方がたは本日付けで、ライナルト様の側近を解雇されましたわ。これは陛下の裁可を受けております」


 ライナルトが私から紙をひったくる。そこに国王のサインが入っていることを確認し、彼は呆然となった。


「そんなバカな……」

「それにアレクシス様。貴方は既に廃嫡されておりますわ。ご父君のロイスナー騎士団長から『卒業後は辺境騎士団へ入れる。そこで性根を叩き直されてこい』との伝言を預かっております」

「次にハインツ様。オスヴァルト宰相は『馬鹿息子にはほとほと愛想が尽きた。お前は廃嫡の上、勘当だ。後は好きなように生きろ』とのことです」

「最後にルドルフ様。クルツ師団長から卒業次第、ミオカール国の魔導術支援の任に就くようにとのことですわ」


 三人はそれぞれ父親からの書簡を見て絶句し、蒼白となっている。

 それそれ、その顔!その絶望に打ちのめされた顔が見たかったのよ。はぁ~。ゾクゾクしちゃう。


 彼らの実家はとっくの昔に父が調略済みだ。

 前々から息子ハインツの行動に頭を痛めていたオスヴァルト宰相は、すぐに勘当を決めた。

 クルツ師団長は勘当こそしないが、ルドルフを廃嫡。魔導技術において後進国であるミオカール国に、技術支援という名目で彼を追放することにした。

 息子に甘いロイスナー騎士団長は抵抗したが、ヴェンデル侯爵家の権力には屈するしかなかった。こちらも妥協して辺境騎士団入りで済ませてやったのだから、感謝して欲しいくらいだ。


「全て貴様の差し金だろう、この悪女が!そんな汚い手をつかってまで、王妃になりたいのか!」

「主君の愚行を諫めもせず、破滅の道を勧めるような奸臣をそのままにしておくわけにはいきませんでしょう?これはライナルト様の、ひいてはこの国のためですわ」


 私はさも心配しているという表情を作り、ライナルトに問いかけた。

 勿論、ライナルトのためというのも、国のためというのも嘘っぱちだ。私は私の目的のために、最大限の努力をしているに過ぎないもの。

 

「で、どうなさいますの?ライナルト様。それでも聖女様と結婚したいとおっしゃるのであれば、私はもう何も言いませんわ。どうぞ、真実の愛を貫いてくださいな。ただし、我がヴェンデル侯爵家はライナルト様の派閥から離れますけれど」


 ライナルトは目を落ち着きなく動かした。


 ちなみに流行病の方は、愛菜が活躍する前に落ち着いている。


 そもそもこの世界は衛生に関する知識が全然なかった。手始めにヴェンデル侯爵領の中で病人の隔離と手洗いうがいを徹底させたところ、効果覿面。

 それを知った国王が国土全体に周知させたのだ。それにここまで広がったことで、人々の身体にもある程度抗体が出来たのだろう。病の流行は徐々に収まっていった。


 鳴り物入りで召喚したものの、何の成果も上げていない聖女。しかも精神的に病んで貴族学院の卒業も危うい。

 

 さらに頼みの側近たちも全滅し、今のライナルトは裸の王様ならぬ王子様だ。それでも彼女を妻にしたいと言うのなら、王太子を降りるしかない。


 彼女と結婚するのならば、断種された上で王族から除籍されるだろう。平民に王族の血を引く子供を産ませるわけにはいかないから。

 高位貴族が聖女の後ろ盾になれば、王太子のまま彼女を妃にすることもできたかもしれない。だけど市中に広まった噂により、貴族はもちろん、民衆からも愛菜は評判が悪い。誰も後見になろうとはしないだろう。


「……分かった。愛菜のことは諦める」

「では、婚約破棄はなさいませんね?」

「ああ」


 ライナルトはがっくりと頭を垂れた。

 屈辱と失望に歪むイケメンの顔はたまんないわね~!!お肌がツヤツヤになりそう。


 自身の将来と愛菜との愛を天秤に掛け、彼は前者を取った。

 「真実の愛」なんて所詮その程度だ。思春期の若者が熱に浮かされただけ。現実を知ればすぐに冷めるのだ。

 


 これで折れてくれなければ、もう一つの事実を提示する予定だったのだけれど……必要なかったようね。


 その事実とは、愛菜に恋人がいるということ。

 相手はグラウン子爵家に仕える庭師だ。暗部から、庭師が愛菜に懸想しているという情報は得ていた。彼がなかなかの美形だということも。

 だから何度か二人を鉢合わせさせ、会話できるように計らったのだ。子爵家で孤立していた愛菜にとって、彼は救いの神に思えたのだろう。あっという間に彼女は庭師と恋に落ちた。


 私はそれをローラントに教えてやった。愛菜に恋する彼は、敬愛する主君ならばと涙を呑んで二人を支える覚悟を決めていたらしい。


 愛菜が平民の男と身体の関係まで持っているという事実に打ちのめされたこと。このままでは侯爵家の嫡男という立場を失ってしまうこと。

 そこでローラントは覚醒した。父に謝罪し、今後の態度次第という条件付きではあるが、廃嫡は免れた。もちろん、私が父へ口添えしたからもある。

 おかげで弟は私に頭が上がらなくなった。今では忠実な駒になったわ。

 相手を服従させるのには、脅しだけじゃない。多大な恩を売ることも効果的なのよ。



 こうして卒業パーティは何事もなく終了。私はライナルトと結婚し、今は王太子妃として公務に社交にと忙しい毎日を送っている。


 ライナルトの側近たちは放逐され、今はローラントや侯爵家の息のかかった家の人間で彼の側は固められた。何か不穏な動きがあれば、すぐに私と父へ報告が来るだろう。王太子とは名ばかりの、籠の鳥だ。


 ちなみに、側近たちの婚約は卒業前に破棄されている。事前に婚約者のご令嬢たちに情報を流し、婚約破棄を勧めたのだ。勿論、新しい婚約者も紹介済み。

 元婚約者の凋落へ巻き込まれずに済んだと令嬢たちからは大変感謝された。今は、私のサロンの中心的存在になってくれている。この先私が王妃となってからも、彼女たちには活躍して貰うつもりよ。


 愛菜は庭師の男との結婚をグラウン子爵から反対され、駆け落ちした。今頃どうしているかは分からない。紹介状もない庭師が、まともな職に就けるとは思えないけれどね。

 子爵はがっかりしているようだけれど、王太子の寵を得る聖女を囲うことであわよくば王宮にコネを作ろうと目論んでいたんだもの。叩き潰されなかっただけ、有り難いと思って欲しい。


 ライナルトと私は、今のところ仲良くやっている。

 彼のことは大切にするわ。()()()()()の想い人だし、跡継ぎも作らなくちゃならないものね。


 国王になりたいのなら、即位させてあげる。私の傀儡として、ね。

 これからもずっとずっと、私は悪を貫くわ。だって私、悪役令嬢なんですもの。


 

連載版始めました→「悪役令嬢ってのはこうやるのよ」(https://ncode.syosetu.com/n7780jo/)

こちらも読んで頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最高です。
[良い点] 悪の道を行く主人公、ここまで突き抜けると清々しさすら感じていい! [気になる点] 愛菜、王子含めた多数の男に貢がせてた肝の太いor頭お花畑ヒロインかと思いきや、中傷で引きこもりとか案外メン…
[一言] ≫「この悪女が!そんな汚い手をつかってまで、王妃になりたいのか!」 浮気した上に結局王太子の座を取ったお前に言われたくないわい。 悪役が悪役を全うしているのが良いですね。しかも上手くやり切…
感想一覧
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