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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

六歳年下の王子様に毎日求婚されて困っています―いや私、文官なんですけどね?

作者: へんりん

「オリビエ!俺と結婚してくれ!」


 目の前で手を差し出しながら、この国の第二王子が告白してくる。第二王妃の美しさを引き継いだ顔を少し赤らめて、目元までかかる金色の髪の隙間から青い目を上目遣いで覗かせている。

 将来女性に刺されること間違いなしだわ。


 12歳の男の子が18歳の女性に告白するという異様な光景。ハイエンド帝国の全土を探してもこの光景はここでしか見ることが出来ないだろう。

 普通ならあり得ない光景。でも私だけ何百回も見てきた光景。


「お断りいたします、グラジオラス様。それより、本日はお昼から第二騎士団の演習に参加されるのでは?」


 私はできるだけ淡々と答える。王子様と文官の私が結婚なんてあり得ない、というか出来ない。


「……後10分後だ。それよりも俺とオリビエの誕生日が同じ4月4日なのは運命だと思うだろ!?俺と結婚する運命だと!」


「グラジオラス様。その理論でいくと365人に一人はあなたと結婚する運命ですよ。ハイエンド帝国の人口は1000万人強ですから、単純計算3万人は運命の人がいらっしゃいます。良かったですね」


 ぐうっ、とグラジオラス王子は唸る。まだぐうの音は出るようだ。


「――でも、俺はオリビエの香りが大好きだ。オリビエが近くにいたら分かるぐらいだ!これは結婚する運命なのではないのか!?」


「――それは口説き文句としてはどうかと思いますが」


 ……そんなに匂うかしら。

 私は王子にばれないように鼻をひくつかせる。


「……今日のとこはここまでにしといてやる!また明日な!」


 グラジオラス王子はそう言って、演習場の方へ走り去っていった。

 やっぱり明日も来るのか……

 私はため息をつく。


 二年前からグラジオラス王子による告白は続いていた。初めはすぐ終わるだろうとたかをくくっていたが、どうも王子は本気のようだ。

 もともと私は文官として第二王子専用の館、通称グラジオラス館の経理を担当するために来たのに、今ではその仕事に加え王子のお相手も義務付けられている。

 別に王子のことは嫌いではない、むしろ好きな方だ。ただこれは恋愛感情なんかではないこともよくわかっている。もっと穏やかな、包み込むような感情なのだ。


「グラジオラス様はどちらにおられるか分かりますか?」


 急に背後から声をかけられ、私はゆっくり振り向く。

 そこには第二騎士団副団長、アルベルト・ランドがいた。相変わらず屈強な体だ。彼の腕は私の太ももよりも明らかに太い。たぶん人間ではなくオーガの近縁種なのだろう。


「先ほど演習場に向かいましたが、どうかされましたか?」


「なるほど、入れ違いでしたか。グラジオラス様が珍しく時間までにこられていなかったため迎えにきたのですが」


 やっぱり先ほどの「後10分」は嘘だったらしい。グラジオラス様、後で説教です。


「いや、数分の遅刻ですからね。数年前なんて来てくれもしませんでしたから。最近は勉強も頑張っているみたいですし、そんな顔しないであげてください」


 どうやら顔に出ていたらしい。昔は表情があまり変わらないため「鉄仮面」なんて不名誉なあだ名が付けられていたのに。

 でも表情で感情が分かるのはあまり文官として喜ばしいことではない。以後気をつけなければ。


「では、私はこれで!」


 アルベルト副団長は元気良くそう言うと演習場の方へ走って向かった。

 

 そろそろ私も経理の仕事に向かうとしますか。


          ***


 金貨二枚に銀貨五枚の申請書。

 食材の費用にしては少し高いわね。後で厨房と卸売業者(おろしうりぎょうしゃ)双方に話を聞いて確認しないと。


「オリビエ!レズリアさんがあなたのこと探してるらしいわ!早く文官長室に行っておいで!」


 部屋にドタドタと入ってきた、同じく経理を担当しているミゼルが私に声をかける。

 ミゼルの髪の毛はドリルのようにクルクルねじってある。彼女の趣味は、自前の大きな鏡の前で自分の髪をいじることなのだとか。定時の17時を過ぎると、すぐに部屋に駆け込んで鏡の前に行かなければ死んでしまうのだとか。

 まあいわゆる変人だ。


「急ぎって言ってた?ちょっとこの食材の費用を帳簿したいのだけど……」


「急ぎかはしらないけど、早く行った方がいいに決まってるわ。その帳簿は私がしとくから、行っておいで!」


 ミゼルは髪の毛をクルクルいじりながら言う。

 確かに彼女の言う通りだ。私はミゼルに少しお金が高いから確認した方がよいことを伝え、文官長室に向かった。


          ***


 コンコン


「失礼いたします」


 私が文官長室に入ると、部屋の真ん中にある大きな机でなにやら作業をしているレズリアさんがいた。机の上にはこれでもかと資料が積み上げられ、床にも書類が散乱している。

 レズリアさんの白髪が窓から差す太陽光を反射して、銀色に輝いて見えた。


「早かったねオリビエ。まあちょっとそこに座っておくれ」


 こちらを見ずにレズリアさんが私の名前を言う。声だけで誰か分かるらしい。人の顔を覚えることでやっとの私にとって、それはもう神業だ。


 私は床の書類を踏まないように用心しながら、机を挟んでレズリアさんの正面にある椅子に座った。


「さて、どれだったかね」


 レズリアさんは高く積み上がった資料をごそごそと探る。訪れるたびに資料の山は高くなっている気がする。よく倒れないものだ。


「――あったわ。オリビエ、あなたを呼び出した理由はこれよ」


 そう言って資料の山の中から一つの手紙を引っ張り出し、私の前に置いた。

 手紙には「カス・グレイ男爵より」と書いてあった。その名前を見た途端、私の全身に悪寒が走った。


 カス・グレイ男爵……見たくも無い私のクソ親父の名前だった。


「どうしてこのク――父から手紙が来たのでしょうか」


 なんとかクソと言うのをこらえた私は、手紙をいやいや受け取りながら言う。


「とりあえず読んでみなさい。私はその間作業をしておくからね」


 すでに開封済みの封筒から便箋(びんせん)を取り出す。王子の周りで働いている者の手紙は、一度読まれた上で本人に届く。そうやってスパイ行為や暗殺計画などを阻止しているのだ。


 手紙の内容はとても簡潔だった。


「オリビエ・グレイ。おまえのような鉄仮面をハミルトン公爵様が第三夫人として引き取ってくれるらしい。良かったな。おまえに拒否権はない。さっさと家のために嫁げ」


 ハミルトン公爵って……もう40歳過ぎの人じゃない。しかも十代の女性を好む通称変態貴族(ロリコンやろう)の公爵だわ。

 あのクソ親父、本当にろくでもないことしかしないわね。


「それでオリビエ。どうしたい?」


 レズリアさんが作業をしながら私に聞く。なぜ私が読み終わったと分かったのだろうか。レズリアさんは鋭すぎてすこし怖いときがある。


「絶対に嫁ぎたくありません。そもそも私はもう成人しておりますしグラジオラス様にお仕えしている身です。父の言うことなど聞く気はありません」


 私は早口でそう言った。発言を聞いたレズリアさんはすこし笑いながらうなずく。


「だろうね。まあそれに実はもう断っているのよ」


「え?」


「ハミルトン公爵は第一王子の派閥でね。あんたに行ってもらっちゃ困るのさ」


 レズリアさんはニヤリと笑いながら言う。もし私がこの提案に乗り気だったらどうしていたのだろう。レズリアさんも人が悪い。


「それにあんたが来てから帳簿がわかりやすくなってね。何回か身内の不正も暴けたし」


 これからも頼んだよ、レズリアさんはそう言って目を細めた。


「他に用事がないようでしたら私はこれで失礼いたします。経理の仕事を残しているもので」


 私は椅子から立ち上がろうとする。早くこの手紙を焼却処分したい。


「ところでグラジオラス様との結婚はどうされるんだい?」


 ガンッ


「っ……」


 急なレズリアさんの発言に、私は勢い余って膝を机にぶつける。机の上に積み重ねられた資料がグラッと揺れた。


「レズリアさん、私は男爵家の者ですから!王族は伯爵家以上の血筋でないと結婚できないという規則があるでしょう!?」


 私は動揺のあまり、柄にもなく大きな声を出してしまう。


「妾なら何も問題ないわよ」


 レズリアさんは、なおも笑いながら言う。

 この人、確実に楽しんでるわね……


 私はじっとりとレズリアさんを見つめる。レズリアさんは相変わらずからかう様な笑みを浮かべている。

 たぶん、何を言っても無駄ね……

 私は「失礼します」と言って、床の書類に注意しながら素早く文官長室を後にした。


          ***


「オリビエ!俺と結婚してくれ!俺はオリビエの声が大好きだ。君がどこにいようと聞き分けることができる!」


 翌日もグラジオラス王子は元気だった。口説き文句も変わっている。どうやら昨日の反省を生かしたらしい。


「グラジオラス様。いつもどおり無理でございます」


 結婚。昨日のクソ親父のせいで、なぜか嫌な響きに感じてしまうわね。


「……オリビエ、どこか体調でも悪いのか?」


 グラジオラス王子が私の顔をのぞき込む。


「――い、いえ、なんでもありません」


 私は慌ててごまかした。

 グラジオラス王子は意外と観察力がある。気をつけないと。私用での感情を王子の前でさらけ出すなど、あってはならないのだ。


「そうか、ならいいが。オリビエは今日も経理の仕事をするのか?」


「いえ。本日は街に出て備品を調達する予定でございます」


 昨日文官長室から帰ったら、ミゼルがいつも通り髪の毛をクルクルしながら「経理の仕事代わりにやっといたんだから明日の雑用代わってよね。私は髪の毛を弄らなきゃだから」と仕事を押しつけられたのだ。

 ほんとちゃっかりしている。


「――そういえばグラジオラス様も本日は第二騎士団と街のパトロールでしたね」


「そうだ!悪い奴をたくさん倒してくるぞ!しかしオリビエも街に行くとは奇遇だな。これが運命の赤い糸の力とやらか!」


「全然違います」


 私は素早く否定する。街に行くタイミングが一緒だからという理由で運命の赤い糸が出てくるのなら、人々の小指は赤い糸が絡まりまくって大変なことになっているだろう。


「で、でももし街中で偶然オリビエと出会ったら、それこそ運命の赤い糸のしわざだな!」


「はいはい。そうかも知れませんね」


 私の適当な返答にグラジオラス王子はニパッっと表情を明るくする。

 本人に言ったら怒られるかも知れないが、とてもかわいらしい。本当に太陽のようなお方だ。


「では俺はパトロールに行ってくる!買い出し気をつけるのだぞ!」


 グラジオラス王子はそう言って楽しそうに走り去って行った。

 ほんとに元気なお方だ。


 私も準備して行くとしますか。


          ***


「この黒インクで買う物は全部ね」


 私は手元のチェックリストに印を入れる。効率よく回ったからか予定よりも早く終わったわね。なにかやることあったかしら。

 ……そういえばこの近くに、グラジオラス館の食材を(おろ)しているお店があるわね。ミゼルはちゃんと確認したのかしら――まあ時間も余ったことだし確認しに行きましょうか。


 私が卸売店に行くと、いつも館まで来てもらっている卸売業者のダニエルさんを運良く発見することができた。


「ダニエルさん、お久しぶりです。グラジオラス第二王子の館で経理を担当しているオリビエ・グレイでございます」


 ダニエルさんは私が挨拶しに行くと少し驚いた顔をした。


「俺たちが食材を卸しているとこだよな。経理の人が来るなんて初めてだぜ。なんか不手際でもあったのか?」


 ……ミゼル、来てないわね。


「いえいえ、ただ少し確認したいことがございまして」


「なんだ?あ、もしかして食材以外も卸したいのか!?今は魔道具の人気がすごいらしいからな。動く地図に、通信できる鏡。もうなんでもありだもんな。最近はここでも取り扱いするようになってな。もし「いえ、そういった話ではなくてですね」


 私はダニエルさんの話を遮る。職業柄なのだろうか。聞いてないことまで話してくれるのはとてもありがたいが、今回の本題はそこではない。


「うちに食材を卸していただく際に、一回で大体いくらぐらいになっているか教えていただきたいのです」


「あー、そんなことか。大体金貨1枚ぐらいだ。でもこれ以上価格を落とすことはできないな。さすがのお得意様といえども……」


 ダニエルさんは永遠に話を続けている。もはや病気だ。


 しかし金貨1枚か。この話が本当だとすると申請された金額は金貨1枚と銀貨5枚分も多い。これはゆゆしき事態だ。早急にかえって文官長に知らせなければ。


 ダニエルさんのお話を早々に切り上げ、ありがとうございますとお礼を言った後、館までの道を急ぐ。一体どこで不正があったのだろうか。


「オリビエ。どこに行くんだ」


 そうやって考えながら歩いていると、私の目の前に見たくも無い奴が姿を現した。

 カス・グレイ。私のクソ親父だ。

 最後に会った三年前よりもお腹が大きくなっていた。服装も長袖の上着に半ズボンとかいう奇妙なものだった。


「手紙の件はお伝えしたとおりです。では」


 私は足早にクソ親父の横を通り抜けようとする。

 しかし通り抜けることは出来なかった。横のクソ親父が私の肩をつかんだのだ。いや、これだけなら振り払って逃げればいい。しかしそうはできなかった。

 路地から黒服を着た人が数名現れ、私に素早く迫ってくるのが見えたのだ。


 あ、これ、やばいやつだ……


 私の意識はそこで途切れた。


          ***


 なんだかボーッとする

 頭が重い……体が揺れてる……手足が動かない……

 確か、私は買い物を終わらせて……ダニエルさんとお話しして……

 それから……、それから……クソ親父に気絶させられたんだった!!


「目が覚めたか、オリビエ」


 目の前の汚ならしい足が動き、私の上の方からクソ親父の声が聞こえる。どうやら私は座っているクソ親父の足元に転がされているらしい。

 手足が動かせないどころか、体を動かすのも難しい。手足が縛られているのに加え、その上から毛布のようなもので体を巻かれているようだ。ずいぶんと念入りだこと。

 それにこのガタガタとした揺れ……


「この馬車、どこに向かってるの」


 私はクソ親父に問いかける。正直話すのも嫌だが、情報を得られないことにはどうしようもない。「助けて」と叫んだところで、動いている馬車の音が私の声をかき消してしまう。誘拐事件は馬車に乗せられた時点で終わりです、と副団長(アルベルト副団長)が言っていたっけ。誰かが誘拐現場を目撃していることを祈るしかない。


「察しが悪いな。ハミルトン公爵領に決まってるじゃないか」


 ここからクソ親父の顔は見えないが、たぶん汚ならしい笑みを浮かべているのだろう。

 誘拐までしてこの私と結婚したい?そんな訳がない。いったい何の目的が?


「……私が街にいるってどうして分かったのよ」


「ハミルトン公爵に教えてもらったに決まってるじゃないか。たいそうお前のことを気に入られてな。お前にこんな使い道があったなんて思いもしなかったよ」


 使い道……こいつにとって私は道具でしかないのね。昔から分かってたことだけれど、正面切って言われたのははじめてだ。

 でも心は少しも傷ついてない。

 だって、私もあなたのことを親だと思ったことは一度もないからよ!


 ガブッ


「ギィャー!!」


 私は目の前の足におもいっきり噛みついた。

 ここで抵抗しても何も意味がないことは分かっている。体は拘束されて逃げることなどできず、このまま公爵領についてしまうのだろう。

 でも、だからこそ、こんな奴の思い通りになんてなってたまるもんですか!


 私はさらに歯を食い込ませる。


「ウギャァー!痛い!痛い!くそ、この野郎が!」


 クソ親父は私に噛みつかれた足を乱暴に振る。頭がぐわんぐわんして、吐き気が込み上げる。視界がくるくるしてきて、今どこを向いているかもわからない。


「クソ!離せ!クソ!」


 私の噛む力が弱くなったのか、クソ親父の足を振る力が強くなったのか、とうとう私の口はクソの足から振り払われてしまった。


 ガンッ


 私の後頭部が馬車の床に思いっきり当たる。なんだか目がチカチカするし、口の中に血の味が広がっている。


「本当はな!生死は問わず連れてきてくれとのことだったんだがな!せっかく生きて渡そうと面倒くさいことまでしてやったのにな!」


 頭がぐらぐらする。

 生死は問わない。やっぱり結婚が目当てではなかったのね……


 クソがほくそ笑みながら懐からダガーナイフを取り出す。

 私、死ぬのかしら。ほんとひどい人生だったわ。父親はゴミも同然だし、変な公爵に目をつけられるし。

 

 ……最後にグラジオラス様の笑顔でも見たかったわ。


「お前が悪いんだ!死んで償え!」


 ガタンッ


 その瞬間馬車がいきなり停止した。


「オワッ!」


 クソ親父も私も勢いそのまま、後ろの壁に叩きつけられる。


御者(ぎょしゃ)は何をやっとるんだ!」


 クソが怒鳴る。うるさい。黙っててほしい。


 しかし馬車は一向に進む気配がない。それどころか外がなにやら騒がしくなっている。人の気配がする。


 これは……最後のチャンスだ!


「助けてください!誰か!誘拐です!」


 私は叫んだ。クソがなんだか喚いているけど関係ない。このまま殺されたくない。生きてグラジオラス館に帰らなければ。生きてグラジオラス様に会わなければ。


「黙れ!この!」


 クソがダガーナイフを振り上げる。


 バンッ


 馬車の横扉が勢いよく開かれた。外からの光が眩しく私の顔を照らし、風が勢いよく馬車に飛び込んでくる。

 転がっている私が首を上に向けると、光を身にまとい、黄金の髪をたなびかせた王子の姿が見えた。いつもと違って少し頼もしく見えた。


「引っ捕らえろ!」


 グラジオラス王子の声が聞こえる。それと同時にアルベルト副団長が飛び込んで来て、素早くクソ親父を縛り上げた。


「大丈夫か!オリビエ!」


 グラジオラス様も副団長と一緒に馬車に飛び込み、私の拘束を不馴れな手で外し始める。


「大丈夫でございます」


 今にも泣きそうな顔で私の拘束具を外す王子を見て、なんだかとても安心した。なぜか急に目頭が熱くなってきて、王子から目線を反らす。

 グラジオラス王子が私の毛布を剥ぎ取り手縄を切った後、最後に足枷を優しく外してくれた。


「ありがとうございま」


 最後までお礼を言うことはできなかった。

 言い終わる前に王子が私に抱きついてきたのだ。グラジオラス様の力強い腕を肩に感じる。


「グ、グラジオラス様!そのような「本当に心配したんだからな!」


 わんわん泣きながらグラジオラス様は言う。私の肩は王子の涙と鼻水でみるみるぐちょぐちょになっていく。これじゃあどっちが助けたのかわからない。


「申し訳ございません」


 グラジオラス王子はさらに強く私を抱き締める。グラジオラス様の私よりも太い腕を肩で感じる。いつの間にこんなに成長していたのだろう。

 少し苦しいけど、グラジオラス様の温もりがとても心地よかった。


「しかし本当にオリビエ様がいるとは驚きました」


 クソ誘拐犯を手早く外の騎士に放り投げたアルベルト副団長が、少し関心したように王子に話しかける。


「あの馬車にオリビエがいる!と叫びながら馬車を追いかけられた際は、頭がおかしくなられたのかと心配したのですが、要らぬ杞憂でしたな」


 てっきり誘拐現場を誰かが目撃して、騎士団に通報したものだと思っていた。


「どうして私が馬車にいると分かったのですか?」


「それは、その……」


 王子が私にくっつきながらゴニョゴニョと言う。


「オリビエの匂いがする!とか言いながら馬車を追いかけられてました」


 アルベルト副団長が王子の真似をしながら言う。

 ……どう反応すれば良いかわからない。でもあの口説き文句、本当だったのね。嬉しいような、嬉しくないような、嬉しくないような……


「そ、そんなことはどうでもいいだろ!それよりもどうしてオリビエは誘拐されていたんだ!?」


 王子が私から少し顔を離し、私の顔を見て言う。

 そうだった。私にはやらなければならないことがあるのだった。


「その事で、グラジオラス様とアルベルト副団長にお手伝いしていただきたいことがあるのですが……」


 私は、少し声を落としてそう言った。


          ***


「オリビエ、あなた大丈夫なの!?」


 数名の騎士と共に帰ってきた私に、ミゼルが駆け寄ってくる。相変わらず髪の毛がグルグルしている。たぶん先ほども鏡の前で髪を弄っていたのだろう。


「オリビエ、私たちを呼び出した用件はなんだい?今あんたが手に持っている帳簿と関係があるのかい?」


 レズリアさんがソファに座ったまま、私に向かって言う。そう、私はグラジオラス様に頼んで文官長(レズリアさん)とミゼルを応接間に呼び出したのだ。


「伝えたいことがございましたので、お二人をお呼びしました。帳簿に関しても説明いたします」


 私は二人に向かってお辞儀をする。


「わざわざグラジオラス様を介したんだ。重大な用事でなければ許されないからね」


 レズリアさんは低く重い声でそう言った。

 そう、私はグラジオラス様にお願いして二人を呼んでもらったのだ。


「わかっております」


 私は一度深呼吸をする。

 ここまで来たのだ。誘拐されたのだ。殺されかけたのだ。

 もう後戻りはできない。


「私の同僚であるミゼルは、()()()()()()()()()()()()()()


 私はゆっくりと、しかしハッキリとそう言った。


「はぁ!?何いってんのよあんた!!言っていいことと悪いことがあるわよ!!」


 ミゼルが大きく声を荒げ私に掴みかかろうとするのを、周囲の騎士が制止してくれる。


「どうしてそう思ったんだね」


 レズリアさんは威厳のある声で、しかしどこか楽しそうにそう言った。


「まず、始めに私が疑問に思ったのは誘拐犯の発言です。誘拐犯は私が街に出掛ける用事があることをハミルトン公爵から聞いたと言っていました。しかし、これは不可解です」


「文官のスケジュールを手にいれるのなんて、公爵ともなると簡単だと思うがね。決められた業務をこなすのが仕事なのだから」


 レズリアさんが言う。全くもってその通りである。でも――


「確かに前もって決められていたら簡単でしょう。しかし、今回の仕事は、昨日急遽決まったものです。私の知る限り、今日の仕事を知っていたのはミゼルとグラジオラス王子だけです」


「そんなの証拠にも何にもならないわよ!だって私、いろんな人に言っちゃったもの!オリビエが明日買い出しに行ってくれるって!それにあんたが他の人に言ってない証拠もないじゃない!」


 ミゼルが騎士の腕をなんとか振り払おうとしながら言った。


「まあミゼル、もちろんこれだけじゃないわよね?」


 レズリアさんが鋭く言う。


「はい。次はこちらの帳簿です」


 私は持っていた経理の帳簿をパラパラとめくりながら言う。


「ミゼルは昨日、食材費用を金貨2枚に銀貨5枚の申請で通しています。しかし、卸売業者のダニエルさんにお伺いしたところ、金貨一枚程だとおっしゃられておりました」


「確かに確認してなかったのは私が悪いけど、そんなの不正をした厨房の誰かが悪いに決まってるじゃない!それで私のことを間者呼ばわりはおかしいわ!」


 私はミゼルに構わず続ける。


「しかも私が帳簿を確認したところ、いくつかおかしな金額が見受けられました。そしてそれら全ての帳簿にミゼルのサインがありました」


「そ、そんなこと言われても、確かにあなたほど仕事はできないけど!でも、それで私を疑うなんてひどいわ!それにどうやって外部と連絡を取るのよ!あなたの推理は穴だらけだわ!!」


 ミゼルは目にいっぱいの涙をにじませている。


「まあこれだけじゃ、間者とは言えないね」


 レズリアさんもそう続ける。確かに私が言ったのは全て状況証拠を組み合わせたに過ぎない。これだけでミゼルを間者だと断定することはできない。


 だけど――


 コンコン


「失礼いたします」


 外から声が聞こえ、応接室の扉が開く。


 そう言って応接室に入ってきたのは、卸売業者のダニエルさんを引き連れ、手に()()()()を持ったアルベルト副団長だった。


「それは……ミゼルの部屋にある鏡だね?」


 レズリアさんはそう言って、じっと鏡を見つめる。ミゼルは先ほどまでの威勢が嘘のように黙り込んでしまった。

 アルベルト副団長が鏡を壁に立て掛ける。


「ダニエルさん。これは何か説明してもらえますか?」


 私はダニエルさんに言う。


「これは鏡としても使える通信魔道具だね。しかもこれは大金貨100枚はする優れものだ。なにせ映像として相手のことが見れるし、魔力を登録した人しか使えないから他人に使われる心配もない。ただ不便な点は、登録された他の鏡型魔道具の様子しか分からないところだね。この魔道具を二つ以上買う余裕がないとあんまり価値がないかな。ただ、「ありがとうございます。もう十分です」


 私は途中でダニエルさんの言葉を遮る。

 そう、アルベルト副団長に頼んだのは、ダニエルさんと一緒にミゼルの鏡を調べてもらうことだったのだ。


「こ、これは罠よ!オリビエが私のことを間者に仕立て上げるために、私の鏡とそっくりな魔道具を持ってきたんだわ!」


「そうですか。ではこの鏡に魔力を込めてみてください。持ち主以外の者であれば鏡のまま、持ち主であれば鏡がどこかの光景を映し出すはずです」


 私は冷たく言う。


「……わかったわよ。やればいいんでしょ!」


 ミゼルは騎士達に「ちょっと離しなさいよ」と言って騎士の腕を振りほどく。そして鏡に向かって歩きながら髪の毛をくるくる弄った。


 いつも通りの仕草。だから私は油断していた。


「オリビエ、私あなたのこと嫌いだわ」


 そう言うとミゼルは髪の中から短刀を取り出した。


 まずい!


 そう思ったときには、もう目の前に刃が迫っていた。


 やられる!


 私は思わず目を閉じる。

 

 ドタン

 

 痛みの代わりに大きな音が聞こえる。

 ゆっくり目を開けると、アルベルト副団長がミゼルのことを床に押さえ付けていた。


「オリビエさん、最後まで油断してはいけませんよ」


 そう言ってアルベルト副団長は笑った。


          ***


「それでミゼルとやらはどうなったんだ?」


 グラジオラス王子が私に問いかける。

 

「はい、その後騎士団に連れていかれました。しかし頑なに魔力を使わないため、鏡の通信先の特定はまだのようです」


「そうか……まあこの件は騎士団に任せることにしよう」


 王子はため息をつきながら言う。


「それと誘拐犯の……オリビエの父親のことだが――」


 グラジオラス様は私の顔色を伺うようにゆっくり言う。


「男爵の地位と領地などを剥奪した後、国外追放にすることになったよ」


「そうですか」


 死人も出ていない騒動にしては結構重たい判決だ。まあ、二度と顔を見なくていいのはありがたい。


「王位継承権争いに関わる騒動だったから、判決が重めになったのだ。これから俺は本格的に王位継承権争いに加わるから、その意味も込めてな」


「グラジオラス様、王位に興味があったのですね!?」


 私は驚いてグラジオラス王子に言う。


「そ、そんなにおかしいか!?」


「いえ、昔のグラジオラス様は王位を嫌がっておられましたので、てっきり興味がないのかと。何か我が国に対して思うところがおありに?」


「そ、その、確かに昔は興味がなかったのだが……」


 グラジオラス王子は少し間を空けて続けた。


「俺はオリビエと結婚したいから」


 グラジオラス様は私の目をジッと見つめた。青い目がまっすぐにこちらを見ていた。


「結婚と王位継承権争いに相関がみられないのですが……」


「俺は王子だからオリビエを正妻にすることができない。でも俺はオリビエじゃなきゃ嫌だ。だから王になって国の規則を変えるんだ!」


 すごく子供っぽい。でもまっすぐな気持ちだった。


 グラジオラス王子が続ける。


「その、だから俺――いや私が王位を継承した際には、私の妻になってくれないか?」


 優しい、とても落ち着いた声でグラジオラス様が言う。

 いつものほわほわと包み込むような感情ではなく、鋭くピリピリした感情が電気みたいに体を駆け巡る。


「す、その、考えておきます……」


 私はグラジオラス王子から目をそらしながら答える。


 そろそろ経理の仕事に行かなければならないのに、後五分ここに居たいと思った。

「六歳年下の王子様に毎日求婚されて困っています―いや私、文官なんですけどね?」を読んでくださり誠にありがとうございます。

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 改めて読んでいただき、誠にありがとうございました。

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