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逃げた少年

作者: みーコング
掲載日:2023/12/14

初めて書いた作品です。

少しでもいいので、批評とか貰えると嬉しいです。

少年には、慕った人がいた。

魑魅魍魎が蔓延るこの世界で、少年はある男に命を助けられ、共に暮らしてきた。

少年にとって、男は家族同然の存在である。


だが少年には1つの思いがあった。

"自分のような何の役にも立たない弱者が、彼のような素晴らしい人間の足を引っ張っていていいのか"と。


少年には親がいない。

若くして親を亡くし、養父母のもとで奴隷のような扱いを受けていた。


「何も出来ない愚図の癖に、欲張りなガキめ。お前に与える物はない。飯と服をくれてやっているだけ、有難く思え。」


少年に与えられたのは皿に盛られた生ゴミと、服と呼ぶには能わぬ布切れだった。


少年は、それが当たり前なのだと思っていた。物心ついたときからそんな生活なので、それを受け入れ、不満に思うこともなかった。


やがて時代は暗黒期を迎えた。

景気の悪化により、食い扶持にも困った養父母は、少年を捨て、人売りに渡した。


奴隷市場へ輸送される途中、少年が乗った車は怪物たちに襲われた。


フロントガラスが突き破られ、運転手の首が怪物の爪で引き裂かれた時、少年は初めて死を予感した。


少年は隙を見て扉を開け、錠が付いた手足を必死に振って逃げ出した。

しかし、怪物たちの体当たりを食らい、転倒。


痛みと鎖でうまく立ち上がれない。

怪物はじりじりと、横たわる少年の前に近づいてくる。

芋虫のように這いつくばって離れようとするも、怪物は目と鼻の先にまで来ている。


怪物の爪が、

少年の目の前で大きく振りかぶられ―――


ドン。

背後から、強烈な破裂音が響いた。

血飛沫が舞う。

怪物は前足を撃たれ、大きく後ずさりする。


「生きる気はあるか?

――なら、這ってでも全力で逃げろ!」


野太いがよく通るその声を聞いて、

少年は無我夢中で逃げ出した。


それが、男との最初の出会いである。





星の輝くある日。


少年は男に拾われ、怪物退治の仕事をしている彼と各地を点々としていた。


その日は山中の怪物をしらみつぶしに狩っていき、それも一段落着いた後、怪物のついでに狩った野生動物の肉を晩飯にすることにした。


焚き火の中央で鍋が音を立てる中、少年は焚き火を挟んで向かい側にいる男に聞いた。


「どうして、俺を助けたんだ?――依頼じゃなかったんだろ、あれは。」


男は意外そうに答えた。


「どうしてって……まあ、気紛れさ。理由なんてない。ただ助けたいと思ったから、助けた。」


男は鍋からスープを掬い、器に注ぎ、少年に渡した。


「あんたはこれまでもずっとひとりで生きてきたって言ってたろう。自分の得にならないことなんてするな、なんて言ったのはあんただぞ。

……俺は、まともに銃も使えないし、あんたの足を引っ張ってばかりだ。俺を助けて得することなんて、1つたりともありはしない。」


少年は俯く。

しばらくの沈黙の後、男が口を開いた。


「……あの時、俺はお前に『生きる気はあるか?』と聞いただろう?俺がお前を助けたのは、お前が俺を必要としてたからでもあるのさ。」

「それなら、俺は明日にでもあんたとは別れる。」

「ついさっき猪に突貫されて死にかけてた奴がよく言うよ。」


鼻で笑う男に、被せるように少年が言う。


「死ぬ気は無い。けど、俺はあんたのお荷物でいるのは嫌なんだ。あんたは、俺みたいなのに構っていていい人じゃない」


男はため息をついた後、少年の隣に座り、頭を撫でた。


「……そりゃ、確かにお前はまだまだ半熟の小僧だがな。お前を『お荷物』だなんて思ったことは無い。

どんな苦境に立たされても、絶対に諦めることはない。死を前にしても、お前は生きることを諦めなかった。

俺はこう見えて軟弱でね。お前のその在り方は、俺に勇気を与えてくれるのさ。

だから…お前は『お荷物』なんかじゃない。ただそこにいるだけで、お前は俺の励みになるんだからな。」


少年の目から涙が零れた。


釣り合ってはいなかった。

男が少年に与えたものは数え切れない。

少年にとって、自身の存在やその在り方など、彼が与えたものへの対価になどなり得なかった。

だが少年に溢れたのは、彼への深い感謝と、充足感だった。


「ま、そんな癖に1人で色々背負いこみすぎるのも、お前の弱点だがな。

さあ、冷めない内に早く食っとけ。明日は早くから出るぞ。」


スプーンを手に取り、スープの中から大きな猪肉の塊を掬いあげた。





曇天の日。

青年は、男より先に宿の部屋から出た。


あれから10年。

今日は、青年が初めて単独で仕事を受ける日。


案外仕事は簡単に終わった。

男が臆病ゆえ青年を長く引き止めていたからか、それとも彼の教え方が案外上手かったのか。

青年はかつて自分を殺しかけた怪物たちを何十匹と屠り、山の麓から怪物は消えた。


依頼人に報告を済ませ、扉を開ける。鈍い光が顔を照らす。

青年は、男の助力なしで仕事を終わらせたことを誇りに思うと同時に、少し寂しくもなった。


野道を行く。

隣町のとある宿で、男と合流する予定だ。

初仕事を終えた充足感。

あの人にこの気持ちをどう伝えようか。

青年はそんなことを考えながら、歩みを進める。


合流地点の付近まで来た。

青年の眼前には、錚々たる光景が広がっていた。


道に、いくつもの屍体が転がっている。

どれも近くには武器が転がり、大きく損壊している。潰され、ミンチのようになったものもある。

建物はことごとくが崩れ落ち、地表には獣道のように瓦礫の1本線が引かれていた。


目線の先、遠くから聞こえる轟音。

町を破壊し、直進する怪物が見える。

それは先に倒してきた怪物たちとは、一線を画していた。

あれらの数百倍はある巨躯。手が8本、足が2対。なのに、これまで見たどんな怪物よりも敏捷に動き回る。

時々止まっては、周りに群がる蟻を払う。


この先に進めば、自分もあの蟻達と同じ末路を辿る。

足の震えが止まらない。

かつて感じた絶望。どうしようもない死の予感。


通信機の範囲に入る。

ノイズ混じりの声が聞こえる。


「逃…ろ…逃げ…!お前……けでも……俺が…時間を稼ぐ…その間に、逃げろ!」


音が響く。

破壊の音が。


"今の自分なら、男の役に立てる。むしろ、歳を取った男を自分が助けてやろう。"

さっきまで抱いていたそんな思い違いを、ことごとく砕くがように。


男は強い。

成長した青年だが、幾度となくやった男との勝負は全敗。

男と青年には、未だ天と地ほどの差があった。

そんな男でも、時間稼ぎしかできない。


男は自分を生かすために自らを犠牲にする。

そんな中、青年はいつかの言葉を思い出す。


『俺はこう見えて軟弱でね。お前のその在り方が、俺に勇気を与えてくれるのさ。』

『どんな苦境に立たされても、絶対に諦めることはない。死を前にしても、お前は生きることを諦めなかった。』


青年は振り返り、走り出した。

自身の選択の早さを、恨めしく思いながら。


青年は否定した。

死を受け入れることが軟弱だという慰めを。


青年は気づいてしまった。

本当に臆病だったのは、どちらの方だったのかかを。


結局青年に残ったのは、家族を失った喪失感と、再び現れた無力感。

そして―――


男を見捨てて逃げた、自分自身への嫌悪だった。


青年は諦めないのではない。

青年はただ、死ぬのが怖かったのだ。


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