逃げた少年
初めて書いた作品です。
少しでもいいので、批評とか貰えると嬉しいです。
少年には、慕った人がいた。
魑魅魍魎が蔓延るこの世界で、少年はある男に命を助けられ、共に暮らしてきた。
少年にとって、男は家族同然の存在である。
だが少年には1つの思いがあった。
"自分のような何の役にも立たない弱者が、彼のような素晴らしい人間の足を引っ張っていていいのか"と。
少年には親がいない。
若くして親を亡くし、養父母のもとで奴隷のような扱いを受けていた。
「何も出来ない愚図の癖に、欲張りなガキめ。お前に与える物はない。飯と服をくれてやっているだけ、有難く思え。」
少年に与えられたのは皿に盛られた生ゴミと、服と呼ぶには能わぬ布切れだった。
少年は、それが当たり前なのだと思っていた。物心ついたときからそんな生活なので、それを受け入れ、不満に思うこともなかった。
やがて時代は暗黒期を迎えた。
景気の悪化により、食い扶持にも困った養父母は、少年を捨て、人売りに渡した。
奴隷市場へ輸送される途中、少年が乗った車は怪物たちに襲われた。
フロントガラスが突き破られ、運転手の首が怪物の爪で引き裂かれた時、少年は初めて死を予感した。
少年は隙を見て扉を開け、錠が付いた手足を必死に振って逃げ出した。
しかし、怪物たちの体当たりを食らい、転倒。
痛みと鎖でうまく立ち上がれない。
怪物はじりじりと、横たわる少年の前に近づいてくる。
芋虫のように這いつくばって離れようとするも、怪物は目と鼻の先にまで来ている。
怪物の爪が、
少年の目の前で大きく振りかぶられ―――
ドン。
背後から、強烈な破裂音が響いた。
血飛沫が舞う。
怪物は前足を撃たれ、大きく後ずさりする。
「生きる気はあるか?
――なら、這ってでも全力で逃げろ!」
野太いがよく通るその声を聞いて、
少年は無我夢中で逃げ出した。
それが、男との最初の出会いである。
星の輝くある日。
少年は男に拾われ、怪物退治の仕事をしている彼と各地を点々としていた。
その日は山中の怪物をしらみつぶしに狩っていき、それも一段落着いた後、怪物のついでに狩った野生動物の肉を晩飯にすることにした。
焚き火の中央で鍋が音を立てる中、少年は焚き火を挟んで向かい側にいる男に聞いた。
「どうして、俺を助けたんだ?――依頼じゃなかったんだろ、あれは。」
男は意外そうに答えた。
「どうしてって……まあ、気紛れさ。理由なんてない。ただ助けたいと思ったから、助けた。」
男は鍋からスープを掬い、器に注ぎ、少年に渡した。
「あんたはこれまでもずっとひとりで生きてきたって言ってたろう。自分の得にならないことなんてするな、なんて言ったのはあんただぞ。
……俺は、まともに銃も使えないし、あんたの足を引っ張ってばかりだ。俺を助けて得することなんて、1つたりともありはしない。」
少年は俯く。
しばらくの沈黙の後、男が口を開いた。
「……あの時、俺はお前に『生きる気はあるか?』と聞いただろう?俺がお前を助けたのは、お前が俺を必要としてたからでもあるのさ。」
「それなら、俺は明日にでもあんたとは別れる。」
「ついさっき猪に突貫されて死にかけてた奴がよく言うよ。」
鼻で笑う男に、被せるように少年が言う。
「死ぬ気は無い。けど、俺はあんたのお荷物でいるのは嫌なんだ。あんたは、俺みたいなのに構っていていい人じゃない」
男はため息をついた後、少年の隣に座り、頭を撫でた。
「……そりゃ、確かにお前はまだまだ半熟の小僧だがな。お前を『お荷物』だなんて思ったことは無い。
どんな苦境に立たされても、絶対に諦めることはない。死を前にしても、お前は生きることを諦めなかった。
俺はこう見えて軟弱でね。お前のその在り方は、俺に勇気を与えてくれるのさ。
だから…お前は『お荷物』なんかじゃない。ただそこにいるだけで、お前は俺の励みになるんだからな。」
少年の目から涙が零れた。
釣り合ってはいなかった。
男が少年に与えたものは数え切れない。
少年にとって、自身の存在やその在り方など、彼が与えたものへの対価になどなり得なかった。
だが少年に溢れたのは、彼への深い感謝と、充足感だった。
「ま、そんな癖に1人で色々背負いこみすぎるのも、お前の弱点だがな。
さあ、冷めない内に早く食っとけ。明日は早くから出るぞ。」
スプーンを手に取り、スープの中から大きな猪肉の塊を掬いあげた。
曇天の日。
青年は、男より先に宿の部屋から出た。
あれから10年。
今日は、青年が初めて単独で仕事を受ける日。
案外仕事は簡単に終わった。
男が臆病ゆえ青年を長く引き止めていたからか、それとも彼の教え方が案外上手かったのか。
青年はかつて自分を殺しかけた怪物たちを何十匹と屠り、山の麓から怪物は消えた。
依頼人に報告を済ませ、扉を開ける。鈍い光が顔を照らす。
青年は、男の助力なしで仕事を終わらせたことを誇りに思うと同時に、少し寂しくもなった。
野道を行く。
隣町のとある宿で、男と合流する予定だ。
初仕事を終えた充足感。
あの人にこの気持ちをどう伝えようか。
青年はそんなことを考えながら、歩みを進める。
合流地点の付近まで来た。
青年の眼前には、錚々たる光景が広がっていた。
道に、いくつもの屍体が転がっている。
どれも近くには武器が転がり、大きく損壊している。潰され、ミンチのようになったものもある。
建物はことごとくが崩れ落ち、地表には獣道のように瓦礫の1本線が引かれていた。
目線の先、遠くから聞こえる轟音。
町を破壊し、直進する怪物が見える。
それは先に倒してきた怪物たちとは、一線を画していた。
あれらの数百倍はある巨躯。手が8本、足が2対。なのに、これまで見たどんな怪物よりも敏捷に動き回る。
時々止まっては、周りに群がる蟻を払う。
この先に進めば、自分もあの蟻達と同じ末路を辿る。
足の震えが止まらない。
かつて感じた絶望。どうしようもない死の予感。
通信機の範囲に入る。
ノイズ混じりの声が聞こえる。
「逃…ろ…逃げ…!お前……けでも……俺が…時間を稼ぐ…その間に、逃げろ!」
音が響く。
破壊の音が。
"今の自分なら、男の役に立てる。むしろ、歳を取った男を自分が助けてやろう。"
さっきまで抱いていたそんな思い違いを、ことごとく砕くがように。
男は強い。
成長した青年だが、幾度となくやった男との勝負は全敗。
男と青年には、未だ天と地ほどの差があった。
そんな男でも、時間稼ぎしかできない。
男は自分を生かすために自らを犠牲にする。
そんな中、青年はいつかの言葉を思い出す。
『俺はこう見えて軟弱でね。お前のその在り方が、俺に勇気を与えてくれるのさ。』
『どんな苦境に立たされても、絶対に諦めることはない。死を前にしても、お前は生きることを諦めなかった。』
青年は振り返り、走り出した。
自身の選択の早さを、恨めしく思いながら。
青年は否定した。
死を受け入れることが軟弱だという慰めを。
青年は気づいてしまった。
本当に臆病だったのは、どちらの方だったのかかを。
結局青年に残ったのは、家族を失った喪失感と、再び現れた無力感。
そして―――
男を見捨てて逃げた、自分自身への嫌悪だった。
青年は諦めないのではない。
青年はただ、死ぬのが怖かったのだ。




