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トモは友を呼ぶ

作者: 舟津 湊

他の投稿サイトで恐縮ですが、monogatary.com の、日々のお題に投稿した短編に変更やストーリーの追加を行い、ひとつの短編集としてまとめたものです。


「トモ」という女の子の成長と、彼女に関わるちょっぴり不思議な周囲の人々(人以外も?)の交流の物語です。


出された「お題」に、その場の思いつきで投稿した話が、はたして一つの物語になるのか?

よく言えば実験的、悪く言えば、無謀な試みですが・・・よろしければお目通しください。

1. トモと、座布団



「前置胎盤となっています。」

 

妊婦検診中の妻から、先生が呼んでいるので病院に来れないかと電話が入った。

妻が横たわるベッドの横の丸椅子に座り、産婦人科の担当医から説明を聞く。


「通常、胎盤は子宮の上の方にできて、赤ちゃんとお母さんの間で血液や栄養などのやりとりを行うのですが、中田さんの場合は、子宮の下部に胎盤ができて、子宮口を完全に覆っています。」


 記録したエコーを見せてもらったが、今いちよくわからない。

「胎盤という座布団の上に、赤ちゃんの頭が載っている状態です。」

 医師が例えて説明してくれる。座布団の上で逆立ちしている赤ちゃん。イメージするとおかしかったが、笑っていい状況なのか?


「出産前、出産中に多量の出血の可能性があります。その場合、母体保護のために、帝王切開をします。今日から入院して安静にしてもらいます。」


 妻の虹子は、不安そうに、問うように、私を見上げる。「いいや、君の特殊な事情は、関係ないよ」と軽く首を振って無言で応える。


 妻に持ち物・買い物リストを作ってもらい、家に戻って身の回りの用品を調達した。

 病院に戻って入院の手続きをし、医師から詳細の説明を受け、同意書にサインした。



 2週間後、勤め帰りの電車の中、見知らぬ電話番号からの着信通知があった。

 電車を降り、折り返す。やはり病院からだ。看護師が電話越しに伝える。

「今夜、かなりの量の出血がありましたので、これから手術を行います。こちらに来られますか?」

 すぐに向かいますと答え、再び電車にとび乗る。予定日より6週早い出産が始まったのだ。


 病院に着くと、担当の看護師が迎えてくれて、手術室の前まで案内する。

「今、帝王切開の手術中です。終わりましたら、医師からの案内があると思いますのでここでお待ちください。


 以前交わした説明同意書。母体優先。手術にともなう、輸血にともなう、麻酔にともなうリスクの説明。これの文字が不安を混ぜて、頭の中をグルグルめぐる。いや、あくまで可能性の話だ。


 「うまくいく運命にある。」


 前に虹子を見舞ったとき、僕は彼女をそう励ました。そう。これはすべてうまく行く。

 頭の中には、小さな火がともり、辺りを照らす様子が思い浮かんだ。


 「無事、終わりましたよ。女の子です。」

  いく分、表情を和らげて看護師さんが伝えに来てくれた。


 しばらくすると、手術室から移動式の保育器に入れられて、赤ん坊が僕の前を通る。

 透明のカバーがかけられているので、声はよく聞こえないが、元気に泣いている。


 「これが胎盤ですよ。」

 保育器を運んでいる看護師が、キャスターの下の棚に置いてあるものをカバーを外して見せてくれた。これが頭を載せていた座布団か。


 手術後の処置を終え、妻は病室に戻ってきた。


 「お疲れ様。・・・・・・・がんばったね。どうもありがとう。」

 どう声をかけてあげればいいのか迷いながら、ねぎらいとお礼を言葉にしてみた。

 いく分、疲れてやつれて見える妻が、微笑みながら、うなずく。


 「それから、娘の名前だけど。こないだ候補として挙げた名前から変更したいんだ。こんな名前はどうかな?」


  妻は首をかしげながら新案を待っている。


 「平仮名で、『ともり』。僕たちを明るく照らしてくれる、灯火ともしびだ。」

 

 「いい名前、それにしましょう。」

 

  妻は喜んで受け入れた。こうして娘の名前は「ともり」に決まった。


  その後、娘の人生において、呼び名はほとんど「トモ」、「トモちゃん」だったが。






2. トモと、クラムチャウダースープ



「ねえ、パパ。くらむちゃうだ? 初めて食べたけど、おいしいね。」


 トモの口のまわりはスープだらけで、その白い輪郭が、ニンマリ顔を引き立てた。


「ああ、おいしいね。パパも大好きなんだ。あ、でもトモが赤ちゃんのとき、もっと具を小さくして、柔らかく煮て食べてたんだよ。」


 バゲットをちぎってスープに浸しながら答える。


 


「今度、ママも作ってくれないかな。料理上手だから、きっとおいしいよ。」


「そうだな、ママが外国の出張から帰ってきたら、つくってもらえるよう頼もう。」


 パパが作ったのも、美味しいだろ、とつけ加えた。



「うん! 作ってって、たのんでみる。いつ帰ってくるかなー」


 トモは椅子から降りると、冷蔵に貼ってあるカレンダーをめくり始めた。



めくってめくってようやく、「ママかえるひ」と書かれたサインペン文字を見つけた。


「カレンダー3まい分かあ。でも、前さがしたときは4まい分だから、少しだけ『もうすぐ』になったね。」



 トモちゃんにせがまれて、クラムチャウダーをつくった。


娘は自分のひと口よりも多い量をスプーンに載せて、あちちといいながらスープをすする。


「ママ、やっぱりおいしい。! でも不思議、パパが作ったのとすごく似てる。」



「んん、そうね。ママがおいしくなる秘訣をパパに教えたからね。」


 ちゃんと味のことがわかるの、大したものね、とちぎったバゲットをのどに詰まらせながら答える。


「あーあ。今度、ママとパパと一緒に、くらむちゃうだ、食べたいな。パパが帰ってくるのはいつだっけ?」


 トモは椅子から離れると、冷蔵庫に貼ってあるカレンダーをめくり始めた。


「カレンダー3まい分かあ。ねえ、どうしてママとパパは一緒にいれないの?」


 椅子に座りながら、トモが少し寂しそうにたずねる。



「そうね、パパとお仕事、かわりばんこしてるから、難しいわね。」


 少し後ろめたさを感じながら、小声になって答える。



 トモはスプーンを置くとうつむき、やがて顔を上げた。そして、じっと私を見つめた。


「ねえ、ほんとは『パパが、ママを』かわりばんこにしてるんでしょ?」



 どき。 なんとか動揺を見せまいとしながら、トモに聞き返す。


「な、なんでそう思うの?」



 トモはメロディーをつけて歌うように。


「結婚は、デザートより、スープが美味しいコース料理 ♪ 」なんだって。



「だ、誰がそんなことを?」


「覚えてないの?」



 トモは、いたずらっぽい笑みを浮かべる


「トモがもっと小っちゃいころ、ママが自分で歌ってたくせに。」



 わたしは降参して「かつら」をはずした。


 妻の虹子は用事があって、実家のある「月」に超・長期里帰り中なのだ。






3.トモと、カレー屋さん



 「だめー このにおい、もう我慢できない!」

 今日は風向きがいい。本能を刺激するスパイシーな匂いが漂ってくる。


「パパ―、夕ごはんのお使い、行ってあげる。お金ちょうだい。」

「おいおい、また隣のカレー屋さんか。まあ、この匂いには勝てないな・・・じゃあ、頼むか。」


 トモは、もらったお金を自分のかわいい財布に入れ、お鍋を入れたトートバッグをぶら下げ、ドアを開ける。パパの「気をつけて」の声に送られ、徒歩30秒のお店に意気揚々と向かった。



「アオイお姉ちゃん、『これでいいんだよカレー』、3人分ください。」


 このお店には、「惜しみない香辛料・スパイシースープカレー」と、「母の味・これでいいんだよカレー」の2つのメニューがあるが、トモは、後者一択だ。


 トモは大きめのトートバックを両手で店員のアオイさんに差し出す。このお店はお鍋持参だと、一割引きになるのだ。コロナ前からの筋金入りのテイクアウトだ。


「毎度ありがとうございます! 今日は3人分なの? トッピングは?」


「うん。3人分。トッピングは、鶏とナスとほうれん草をお願いします!」


 アオイさんは軽くお辞儀をし、トートバッグを受け取ると、中から鍋を取り出して厨房のカウンターに載せ、カレールーをお玉で3人分入れる。


 トモは、思う。アオイお姉ちゃん、すてきだなー。綺麗だし、ピアノも弾けるし、優しいし。わたしもこんなお姉ちゃんになりたい。


 店長の姪で、お店の手伝いをしているアオイさんは、鍋をバッグに戻し、紙製の容器にトッピングの具材を入れ、鍋の上に載せる。代金を受け取り、バッグを慎重に渡す。


「熱いからやけどしないように気をつけてね。」


「うん、ありがとう。」


 トモは少し重そうに、でも嬉しそうにトートバックを提げて会釈した。



「ただいまー。」

 玄関のドアが開き、お使いから戻ったトモの大きな声が聞こえる。

 

パパは出迎え、バッグを受け取る。

「おかえり。あれ? なんかいつもより重いな。」


「うん。3人分。」


「3人分、どうして?」


「ママの分も。」


「え、ママは今・・・」


 困惑するトモの父親。



すると。


再び玄関のドアが開く。


「ただいまー。」


「え、虹子⁈」


「ほらね。トモの作戦勝ち! ママ、帰ってきたよ。おかえり! 」


カレーの香りに誘われて、ママ、宇宙から帰還。






4. トモと、モーツァルト



なぎクン、モーツァルトのクラリネット協奏曲の二楽章は、『秋の陽ざし』なんだって。」

 ブラバン部で一緒に活動している、僕のガールフレンド(多分。)のトモちゃんが、楽器ケースを両手でぶら下げ、公園の落ち葉をカサカサ踏みながら言った。


「何だいそれ? 」


「おととい、ドイツのクラリネットの名手のコンサートがあったでしょ。楽屋にお花をもっていったら、そう教えてくれたんだ。」



 彼女は、手のひらを陽にかざして透かし、空を見上げる。


「やさしくて、ちょっぴり寂しい明るさ。・・・それ聞いて、モーツァルトも、秋も、ますます好きになっちゃった。」



 その姿を見て、僕はトモちゃんをますます好きになった。



 高い空の上から、そんな二人の会話を聞いていた秋。


 「うれしいなあ。・・・でも。」

 もうすぐ冬に交代しなければならない。彼女とも、しばらくお別れだ。



 「忘れないでね。」



 秋は、そっと少女を抱きしめ、またね、と言った。






5.トモと、新米作家



「おーい、トモちゃーん。また校閲お願いできる?」

「今日ゼミの課題あるから、あしたにして。」


 パパは還暦を迎え、それをきっかけに小説を書き始めた。


 ある日、朝食のテーブルに着くと、ノートPCが置きっぱなしにされてた。その画面に、ワードで縦書き原稿用紙が表示されていて、何やら文章が書かれていた。

 それがパパの物語との、初めてのご対面だ。


「こらこら、恥ずかしいから読まないでくれ!」


「何これー、ママとの離婚騒動のことが、なんか粉飾されてるー(笑)・・・でも表現が今イチ。誤字も気になる。添削してあげるよ。」



 誰かに読んでもらえることが嬉しいらしい。照れながらも、いくつかの短編小説も読ませてくれた。


 これ、あの時のできごとじゃない? ふーん、このとき、パパはこう感じていたんだ。


 長い人生をヒントにしたストーリーで構成されており、パパの生きざまが目に浮かぶようだった。



 こうして、「作家・パパ」と「読者兼校閲者・わたし」の関係が始まった。


一応、私も大学で国文学を学び、国語の教師を目指している。役柄としては適任者だよね。


 最初は、パパの書く小説のジャンルは、もっぱら日常ヒューマンドラマ系だったのに、最近は青春、学園ラブコメ、ファンタジー、SFなど様々なテーマに挑戦している。怖がりのパパは、ホラーは書かなさそうだ。

 でも・・・今プロット練っている百合系は、どう考えてもムリだろー!



 パパが物語を書き始めた頃のこと。夕食前の晩酌につきあっているとき、聞いてみた。


「ねえ何で小説を書き始めたの?」


「うーん、そうだねえ。なんか今までの人生、あまり振り返らずに突っ走ってきちゃったからさー、ちゃんと意味があったんだって思いたくてさ。」


 


 あまり自分の気持ちを話さないパパが、ほろ酔い気分にまかせて打ち明けてくれた。



 書くジャンルが広がった今。夕食前の晩酌につきあっているとき、一度聞いてみた。


「最近、いろんなジャンルに挑戦しているじゃない? 何で?」


「この年になるとさ、これからの生活なんてそんなに変化ないでしょー、


 こんな人生もあるんだって。生きる選択肢を増やしたいのさ。」



 あまり自分の気持ちを話さないパパが、夢見る瞳で語ってくれた。



 パパは今、異世界ものに挑戦している。


 部屋には、パパの姿はない。さっきまでPCと格闘していたのに。


 開きっぱなしのウィンドウの原稿用紙上のストーリーを辿ってみると、転生したパパは今ごろ、ひとりの冒険者(勇者?)として、森の魔物と格闘しているようだ。


 晩酌の時間にはこっちに戻ってきて、異世界での武勇伝を聞かせててもらいたいものだ。






6. トモちゃん先生と、教え子と



「中田先生、いいかげん職員室に来てくれませんかねえ! 会議もあるんですけどねえ。」


 相談室のドアをガラッと開けるや否や、そう声を荒げたのは、梅沢学年主任だ。



「梅沢先生、お疲れ様です。中田先生は今私と面談中でして。できれば会議も、いつもの通りオンラインでお願いできませんか?」


 梅沢主任は、しょうがないですねえとぶつぶつ言いながらドアをバタンと閉めた。足音が遠ざかっていく。



「凪先生、いつもすみません。ご迷惑をおかけしております。」


 テーブルを挟んで、はす向かいに座っている中田ともり先生は、こちらが恐縮するくらいすまなそうな表情を見せる。


「いえいえ、お気になさらずに。今はとにかく、心と体の調子を戻すことに集中しましょう。」



 僕はこの中学で、非常勤のスクールカウンセラーとして働いている。


 ともり先生には、休養をとってもらって、じっくりと心身の状態をよくして欲しい。養護教諭や学校側にもそう報告している。彼女なりの使命感と、学校側の「人手が足りない」という都合が合わさって、相談室と副担任のクラスを往復して教職を続けている。


 問題はすべて、先ほど顔を出した梅沢主任にあるのだ。教師への行き過ぎた指導は陰で噂になっており、過去にどういう経緯があったか知らないが、特にともり先生には執拗だ。しかも、梅沢主任はスクールカウンセラーである私の報告ラインでもあるため、私からの報告や助言はことごとく、彼の所で遮断される。こういう人物に限って、教頭、校長、理事長とはよろしくやっている。

 大人の中田先生の味方は少ない。



「なぎ先生、トモちゃん先生、今入っても大丈夫? 」


 ドアが20センチほど開けられ、6つの瞳がこちらをうかがっている。


「ああ、いいよ。」


 授業を終えた3人の女子中学生が、バタバタと相談室に入って来る。

 入って来るや否や、「とも先生、聞いてよー」と始まる。


 この子達は、問題を抱えて「いた」。2人は不登校で引きこもり。もう1人は授業のある日にゲームセンターで2回補導された。


 最初、私が3人のカウンセリングを担当していたが、いつの間にか相談相手、というか話し相手は、ここでよく顔をあわせる「トモちゃん先生」に移った。先生も丁寧に耳を傾け、時には質問したり先生なりの考えを伝えたりしている。

 その時のとも先生の顔からは苦痛が消え、優しく穏やかだ。


3人の元・問題児は「相談室に行く」ことを目的に、少しずつ登校できる日数を増やしていったのだ。



 そんな状況を快く思ってない教師もいる。梅沢先生からは「相談室を『先生ぐるみの不良の溜まり場』にしないで下さいねえ。」とねちっこくと言われている。


 ともり先生は、根っからの「先生」だ。子供達の気持ちをしっかり受け止め、寄り添える。


 いわゆる「ストレッサー」である梅沢学年主任。彼を除去できれば、ともり先生も学校もいい方へ向かう。だが、今のままでは手詰まりだ。


 少し前、この学校の現状を伝え、報告ラインの見直しや第三者の現場介入を求める報告書を作成して、市の教育委員会に直接持ち込んだことがある。

 対応した担当者から「これ、記録として保管しとけばいいですか?」と聞かれた。唖然とした。しかるべくメンバーで検討して欲しいと訴えたが、ラチがあかなかった。

 後で市役所勤めの友人に愚痴ると、「ああ、お役所の仕事の目的は、文書をちゃんと保管することだからねえ。」と、にべもなく言われた。


 ある日の放課後。いつものように相談室では、子供たちが悩みや愚痴を打ち明け、ともり先生が微笑みながら、それを聞いている。


 ドアがノックされ、養護の先生が「山岡先生、ちょっといいですか」と私を手招きしてきた。


 廊下に出て話を聞くと、今日の事務会議で、相談所を閉鎖し職員室の一角に相談コーナーを設ける案が出ているそうだ。起案者は梅沢主任。


 馬鹿げている! そんな心理的安全性が確保できない場所で、子供たちのために何ができるというのか。


 相談室に戻ると、しんと静まり返っている。3人の生徒は、さよならも言わずに部屋を出ていった。


 今の会話、聞かれたか。


 大人の事情を盾に、何もできずに、いやせずにいる自分がつくづく情けない。



 一週間後。

 校長室のそばを通りかかると、校長はドアを半分だけ開け、生徒達と話している。

 なんと、相談室の常連、元・問題児トリオだ。


私は校長や彼女らの視界に入らないよう柱の陰に移動し、成り行きを見守る。


 1人の子が泣きじゃくり、もう1人が持っていた茶色い封筒から、写真らしきものを取り出す。さらにもう1人が校長に話しかける。


 周囲に気遣いながら、手渡された写真を見た校長の顔からは、遠目に見てもわかるくらいサッと血の気が引いた。


 写真を取り返すと、3人は「失礼します」と声を揃え、踵を返した。



 その月の最終日。年度途中にも拘わらず、梅沢先生は、他の学校に赴任していった。

 彼がいなくなって、相談室閉鎖の議論もなくなったそうだ。



 今日も相談室からは先生と生徒の話し声が聞こえる。ともり先生の笑い声も時々聞こえてくる。


 恐らくは。


  あの3人は、ハニートラップをしかけ、証拠写真を校長に突きつけたのだろう。

 で、何か「交換条件」を提示した。

 トラップのターゲットは、梅沢先生か、はたまた校長先生か。


  無力で不甲斐ない大人の私にできることは、3人の子供達を精一杯守ること。

 そして、ともり先生にはこの顛末を内緒にしておくことぐらいだ。






7. トモと、モーツァルト(その2)


 医師のオーケーも出て、今日でともり先生の「相談室通い」もおしまいだ。職員室に戻る。

 元・問題児3人組はそれをすごく残念がっていた。でもあの娘たちも、そろそろ次のステップに移るべき頃だろう。


「ともり先生、気軽にいつでも相談室に来てください。」

「凪先生、ありがとうございます。ぜひそうさせてください。」


「3人も、何かあったらいつでも来ていいからな。「

「トモちゃん先生がいないから、ぜって―ヤダ!」

 そのやり取りを聞いて、ともり先生はクスクス笑っている。


 元・問題児トリオが教室に戻った後、昔のことを思い出して質問する。

「中田先生、今でもモーツァルト、聴いてます?」


 ともり先生は少し間をおいて、ハッと何かに気づいたようで、微笑んで僕を見る。。


「それ覚えてくれていたんだ。凪クン。・・・そうね。教師になって、何かと忙しくなっちゃって、『音楽を聴く』っていう習慣が無くなってたわ。それから、あの・・・トモでいいわよ。」


 目の前で頬を赤らめる先生が、中学時代と少女の姿と重なる。

 僕らは違う高校に進んだことで、何となく疎遠になり、違う道を歩んできた。そして、偶然母校ここで再び巡り合った。


 「『モーツァルトの効果』が、どこまで実証されているのかわかりませんが、スクールカウンセリングをやっている仲間からも、試してもらった先生や生徒から、よく眠れるようになったとか、ものごとに集中できるようになったなどの話はよく聞きます。」


「ありがとう。家にあるCD、引っぱり出してみる。凪クンは聴いてるの?」

「うん、あれから。サックス吹きだったけど、クラリネット協奏曲のCDを買ってよく聴いたよ。今は、寝る前にピアノソナタとか聞いています。」



 1週間ほどして、中田ともり先生からLINEが入る。


“私の家の隣のカレー屋さん、姪っ子さんがピアニストで、今度リサイタルやるけど、一緒に行きませんか?”

“ぜひ!”


 それから僕らは(再び)つき合い始めた。


 ほどなく、ともり先生のお父さんと(すごく若い⁈)お母さんを紹介され、その場の流れで僕らは結婚したいと申し入れた。

 部屋が余っているのでうちで暮らさないか、とお義父さんに(半ば強制的に)勧められ、

二世帯同居まで一気に決まってしまった。



 結婚式はなし。お祝いのパーティは、隣のカレー屋さん。カレー屋さんといっても、ワインやコーヒーを出す、洒落た一軒家だ。


 ごく親しい知り合い(元問題児トリオ含む)を招き、こじんまりとだが、暖かな宴のひと時となった。


 カレー屋さんの姪っ子のピアニスト、神田碧さんは、宴席の間中ずっと、モーツァルトのピアノソナタや小品を弾いてくれた。



 青空の遥か高くて遠いところ。秋は二人を祝福して、カレー屋さんの屋根に、紅葉もみじを紙吹雪のように降らせた。






8.トモと、 旦那さま


 結婚記念日。ともり先生、いやトモは、学校の仕事がまだ終わらないとかで、帰りが遅くなる。義父さん義母さん夫婦は気をきかせてくれたのか、外出先で食事を済ませるそうだ。


 キッチンのテーブルには、2つ折りの便箋が置いてあった。


 脇のお皿には、手作りらしき、クッキーが山盛り。


 ひとつ、つまんでかじりながら、手紙を読む。


 ――――――――――――――――

 あしたで6回目の結婚記念日だね。


 なので。6行で、感謝の言葉。


 たいへんなのに、家事をいっぱいやってくれて、ありがとう。


 がっこうの問題で、懸命に支えてくれて、ありがとう。


 すこしズルいけど、最後の一行は、あなたから、わたしへ。


 き

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




6行目の「き」の後に書く文は、半ば強制されているような気もするが。まあいいか。


 僕は手紙に、


”みが好き。いつまでも、一緒だ。”


 と書き加え、テーブルに置き、買ってきた少し高級な食材を並べ、2人分のディナーの準備にとりかかった。






9. ともと、異星人



 ママがいきなり、私たち家族に別れを告げた。

 私が幼いころ、長期間実家に帰ったことがある。結局戻ってきたが、今度は本気のようだ。

 パパ、何かやらかした?


「そうじゃないの。」

 ママは否定する。オドオドしていたパパはその言葉を聞いて、うんうんと頷く。


「寿命があなたたちと違うのです。」


「え? そんなの、前からわかってたじゃない!」

 ママの星の人々の寿命は、500歳をゆうに超える。

 だから今も、ママの外見は私が幼い頃とほとんど変わらず、若々しい。

 ママと私が姉妹だといっても誰も疑わないだろう。



「何でここを去らなくちゃいけないの?」

 私は涙まじりの声で、ママを押し留めようとする。


「このままだと、私は家族が老いて死んでいくのを見守ることになるの。」

 父は終始、押し黙ったままだ。


「私はこれまでの半生で、様々な人と出会い、その方々と貴重な時間を過ごしてきました。でも必ず訪れたのは、死という別れ。・・・パパとトモは、今までで一番大切、特別なの。もうこれ以上、あなたたちの老いと死を見守っていくことには、耐えられない。」


「そんなこと言わないで。ずっとここにいて。」

 私も母の血を受け継いで、500年の人生を歩めたらよかったのだろうか?


 ママの体を抱きしめ、肩に顔をうずめたまま、告白した。

「私、お腹に赤ちゃんがいるの。生まれてきたら、一番にママに抱っこしてほしかった。」


 ママの体が一瞬固まったのが、抱いた腕を通してわかった。


「え⁈ ほんと⁈」


 ママは私の体を起こし、両手で肩を掴み、困惑と喜びの混ざった表情で私を見つめ返す。



 5年後。


「空ちゃん、今日は絵本読んであげるから、一緒にねんねしようか?」


 ママは、私が仕事で忙しい時、娘のそらの面倒みてくれた。



 それから10年後。


「ソラっちのイマカレさー。あいつ、かまってチャンだから、もっとツンデレでいった方がよくない?」


ママは、空のダチとして、恋バナで盛り上がっていた。

そんだけ若ぶるのは、ちょっと無理があるだろ!



さらにそれから5年後。


「ほら、バーバ、オフロも入んないでそんなとこで寝てたら、ママに蹴飛ばされるよ!」

 自分の孫に指導されるママ。


「何よ! ソラ!  バーバなんて超ムカつく! あなたと見た目、そんな変わらないのに!」



 ママは、家族の老いと別れから顔をそむけるよりも、新しい出会いと成長に寄り添っていくことを選んだ。






10.トモと、ボンボン



 2歳の娘、トモと、お家でお留守番。


 廊下でピンポン玉、テニスボール、手毬、いろんな球をころがして、キャッチボール。


 夢中になって遊んでいたトモが、ふと顔を上げ、私の背後に視線と焦点を合わせる。



「あ、きたー! 」


 嬉しそうに手を振る娘。



「何が来たの? 」


 後ろに誰もいないことを確かめてこわごわ聞いてみる。



「ボンボンでしょ! 」


「?」



4歳になったトモと、お散歩帰り。



「トモちゃんさー、ちっちゃいころ、『ボンボンが来たー』って言ってたけど、覚えてる?」


 アイスを美味しそうに舐めている娘に聞く。



「うん、おぼえてるよ。いまもときどき、くるよ。」


「そうなんだ。どんな時に来るの? 」


「ひとりぼっちで、さびしいとき。ねむいとき。」



 小学生になった娘のスイミングクラブのお迎えへの車の中、それとなく聞いてみる。


「トモ、ボンボンって、今も来るの? 」


「何それー? 知らない。」


「そう、・・・それならいいんだ。」



 時が過ぎ去り、73歳になった私。


 目を覚ます。手足を動かそうとしても、もう力が入らない。


 寝返りも打てなくなった。


 年齢的には、少し早いけど。そろそろ、今日くらいかな。



 誰かが「生まれる時はひとり、死ぬ時もひとり」と言っていたような気がする。


 家族がそばで付き添ってくれているものの、旅立つ今、その言葉の意味が初めてわかる。




 ボンボン。 


 柔らかいものが、私の頭をたたく。軽く、優しく。



 何とか目を開けると、白くてふわふわの毛が生えた、大きくて丸っこい、ぬいぐるみみたいのが、つぶらな黒い瞳でぼくを見つめている。


「君は、ひとりじゃないよ。」


 手が伸びてきて、僕をぎゅっと抱きしめる。


 僕は、理解し、何とか声にする。


「いっしょに、いて、くれたんだね。  トモと、一緒に。僕と、一緒に。 会えて、 よかった・・・・・・ありがとう。」






11.トモと、写真のママパパ



 久々に、町田の実家に帰った。

 社会人になった娘の空は、居心地がいいのか相性がいいのか、母とこの実家で一緒に暮らしていて、元・私の部屋は、とっくに空に占領されている。


 パパは、もうこの家には、いない。

 居間の壁面のテレビモニターの横に、ぽつんと小さなフォトフレームが掛かっている。

 その中に幼い私と一緒に、パパの姿が収まっている。


 なぜか、ママの変装(女装)をしたときのワンショット。

 ママはつくづく意地悪だ。


 あるじのいなくなったパパの部屋を覗く。

 ママがこまめに掃除しているらしく、埃っぽくない。泊ろうと思えば、いつでも泊れそうだ。旦那さまと喧嘩したら、ここを借りよう。


 ダークブラウンの木製のデスク上には、ノートPCが置かれたまま。

 電源を入れると、かすかにモーター音がして、やがてスタート画面が立ち上がった。


 パスワードを入れずにリターンキーを押すと、あっさり入れた。

 まったくパパは不用心だなあ。やましいファイルとかはないのだろうか?

 以前、テレビで「私が死んだら、パソコンを湯舟に沈めてほしい」というドラマだかコントだかのやりとりを見たような気がする。


 デスクトップに、「小説」のフォルダがあり、開くと、おびただしい数のワードファイルのアイコンが並んでいる。あの頃、ジャンルごとにフォルダを作っといてあげればよかった。

 

ワードファイルを「並べ替え」→「更新日時」で新しい順に整列させる。


 その先頭にあったファイルをクリックする。


 原稿の1ページ目を見ると、タイトルの前に序文らしきものがついている。


――――――――――――――――――――――――――――

これが、多分、私の最後の作品になります。

小説はここまでですが、娘、トモの物語は、まだまだこれから。


トモと、ソラと、ママへ

――――――――――――――――――――――――――――



私は木製の椅子に腰かけ、その物語の本編を読み始める。


タイトルは、 「トモは友を呼ぶ。」



<おしまい>











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