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つばめきたる  作者: 月島金魚
【冬】
87/93

83、四季の庵で(後編)



この回を投稿するということは、終わりがもうすぐそこということ……。

どうぞ最後までお楽しみいただけますと幸いです。





亥神(いのかみ)さまからのご許可はすでにいただいている」

「なんだって?」


 夏は笑みを引っ込めて冬を睨んだ。


「どういうことかな」

「亥神さまご本人から伺った。(すずめ)を人に返すことに同意すると」

「いつ? なぜそれをすぐにわたしたちに言わないのだ」

「先ほど。急だったゆえ、この場で伝えたほうが早いと考えた」

「ははあ」


 夏は嘲るように鼻を鳴らした。


「君の人好きは四季として許されない域にまで来たか。わたしを冬の宮から遠ざけて、他にどんな悪さをしていたのやら」

「夏殿、お言葉が過ぎますぞ」


 秋の背後で木枯らしが吹き、落ち葉が火炎旋風のように空へと上がった。


玄鳥至(つばめきたる)よ、亥神さまお一人にご同意いただいたところでわしらの意見は変わらんぞ。これはもともと我ら四季の発案であり、亥神さまはご自身の罪悪感払拭のためこの話に乗られたに過ぎぬ。再度言おう、たとえ一時だとしても、雀一人のために助かる命が数多ある。ここで賭けに乗ることはできぬ。雀よ、お主には申し訳なく思うが、なんと言われようともここは譲れぬ。あきらめてくれ」


「私は帰してもよいと思っている」


 冬がつんとして言った。


「思い出していただければ結構なのだが……私ははじめから反対していた」


 夏の庭の入道雲に稲妻が走った。


「四季たる者が下界の命を省みんとは!」

「私が何かひとつの味方になることなどあり得ない」

「いいや、君は昔から明らかに人をひいきしている!」

「冬殿」


 秋が割って入った。


「考えたくはなかったが、雀が自力で記憶を取り戻したとも思えぬ。……よもや記憶の封を解いたのはあなたではあるまいな」


 冬は事も無げに答えた。


「氷はいずれ溶けるもの」

「冬、貴様!」


 激昂した夏が光を発するのと同時、庭の稲光が刹那、皆の視界を塗りつぶし、間を空けず夏の庭に派手な落雷が轟いた。


 夏、秋、冬の三名による言い争いが各庭の景色を荒れ狂わせる。夏は雷を伴う豪雨、秋は木々をなぎ倒すほどの台風、冬は庭が見えなくなるほどの猛吹雪だ。


 その中にありながら、春だけは粛々と座している。他の三名を止めようと動くこともない。桃色の庭を背負い、ただ静かに玄鳥至を見つめている。


 と、そこへ夏の業火が飛び火した。


「春、あなたはいつから冬と繋がっていた? まさかはじめからだなんて言わないだろうね」

「繋がっていたとは、どういうことでしょう」


 春はたおやかに小首をかしげた。


「とぼけるな。冬が雀を連れ去った犯行場所が春の宮だということはわかっているんだよ。我ら四季は互いに許可を得ない限り、他宮に入れぬ決まりだろう」

「まあ、異なことを」


 春はおっとりと微笑した。


「わたくしはこれまで、四季のどなたさまも拒んだことなどございませんよ。春の宮はいつでもどなたでも、自由に入れます。ご存知でしょう? ……あら、そういえば夏さま、わたくしもあなたにお聞きしたいことがありました」

「なんだい? 言ってみなよ」

「梅子の筆が見つかった場所のことです。ずいぶん都合の良いことでしたね。人である雀の体が眠る場所に、偶然(、、)雀が行ったのですから」

「それはわしも聞きたかった」


 今度は秋が夏に噛みついた。


「危険な真似をなされたものだ。この事態も、もとを正せばあれが引き金になったのでないか。いったいどう責任を取られるおつもりか、この場でご説明願いたい」


 夏は動じないどころか薄ら笑いさえ浮かべ、虹色の髪の裾を指に巻きつけた。


「それはきっと上界の神々のお心遣いだろうね。暦になる覚悟を決めさせるために、人である自分との決別を促したかったんじゃないかなあ。だってほら、さすがにちょっとかわいそうじゃないか。うじうじあきらめると思ったけれど、まさか歯向かってくるとはね。こういうところ、人っぽくて参っちゃうよねえ。……あ、神々の代弁ね、これ」


「夏殿――!」

「あらまあ、夏さま。後で上界の神々に叱られても知りませんよ」


 春の庭までにわかに雲行きが怪しくなってきた。


「つ、つばきさん――」


 雀がおろおろしながら玄鳥至の袖をしきりに引っ張っている。


 ――致し方なし。


 玄鳥至は黙って床を睨んでいたが、脇にのけていた巻物をドンと前に突き立てた。四季がこちらに意識を向けると、玄鳥至は声高に言い放った。


「あなた方を脅すような真似をしたくはありません。しかしお聞き入れいただけないのであれば、こちらにも考えがございます」


 四季の双眸がさながら四聖獣の如く光を放った。各庭に吹き荒れる嵐が今にも建物を破壊し、ひと呑みにせんと猛り狂う。


 玄鳥至は押し潰されそうなほどの重圧に自然怯む己を叱咤し、両手で巻物をわっしと掴むや、中央に向かって高く、高く放り投げた――。





次回は1月26日(金)。

忘れられていそうだったあの暦たち、登場です!



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