76、玄鳥至の暗躍(その4)
2023年最後の投稿です!
そして「玄鳥至の暗躍」ラスト!
よろしくお願いいたしますー!
「清明に呼ばれてウッキウキで来てみたら……なんでつばきの部屋……しかも当の清明はいないだなんて……」
「兄さんの部屋は滅多に入れるものじゃないんですよ、秋分さま」
「たしかにはじめて入ったわ……」
九月初旬。二十四節気は白露の初日。
物の少ない玄鳥至の部屋に曼珠沙華が咲いている――否、秋分の振袖に見事な曼珠沙華が描かれており、それがモノトーン調の部屋に彩りを与え、自室はかつてないほど華やいでいる。
室内は広さを重視して家具は最低限、ベッドと棚とテーブル、椅子は北欧モダンな一脚のみ。秋分にはその一脚を勧め、弟の玄鳥去はベッドに座らせ、自分は立った。
「兄さん、悪いけど手短に頼むよ。ご存知のとおり、うちは任期に入ったばかりなんだ」
つばさに促されるまでもない。今日は雨水と清明が春を昼食に誘い出し時間を稼いでくれているのだが、どれほどもつかはわからない。
話を聞き終えると、秋分は袖で額を支え、つばさは「そんなことだろうと思った」と尊大に腕を組んだ。
「秋季の面々にこの話をして、どのくらい協力が得られるだろうか」
玄鳥至の問いに、つばさは「期待しないほうがいいね」と前置きしてから、
「今パッと思い浮かぶのは、立秋さま、涼風、処暑さま……いや処暑は全員かな。秋分さまのところもいけそうですよね。あとはうちの鶺鴒でしょ、雁ちゃん、お菊姐さん、こさめちゃん……あれ?」
「意外といるじゃない」
と、秋分。
「いましたね」
と、つばさ。
それでも秋分は眉尻を下げて、「うーん」と唸った。
「でもそれって、温風や鴻たちが自分の弟妹をきちんと説得できることが前提でしょ。涼風なんて、お兄ちゃんの健康第一で断りそうよ。今年の夏は大はしゃぎだったもの」
「秋分さまはどうお考えになりますか。俺たちにご協力いただけますでしょうか」
やはり秋分は「うーん」と唸った。
「いえね、協力するのは別にいいのよ。わたしは賛成。暦のこの先を考える時が来たのでしょうから。でもね、最終的に秋季全員を味方にしたいのなら、それはほんとうに難しいと思うのよ。なにせうちには、ひねくれ者もいるわけだし」
「実は秋さまにご協力を仰ぐことも考えているのですが、それは……」
秋分は振り袖を大袈裟に振りまくった。
「無理むり、だって雀くんが救世主ってことを秋季のメンバーに流したのは、他ならぬ秋さまよ」
それは初耳である。
――なるほど、夏さまと秋さまは結託していると考えるべきか。そうなればやはり、春さまも……。
「ちょっと、兄さん」
つばさが口を尖らせた。
「なんで僕には協力してくれるか聞かないの」
「お前はするだろ」
「そういうところ、ほんとうにむかつく」
「俺は別にむかつかれたっていい」
秋分がバサバサ袖を振った。
「兄弟喧嘩しないでー」
「してません」
兄弟の声が見事にそろった。
仕切り直しと、玄鳥至は秋分に向いた。
「実は秋分さまには、他にもお願いしたいことがありまして」
「何かしら」
「秋の宮巡りの時に、雀の案内をしてやってほしいのです」
秋分は小首をかしげた。
「その言い方、あなたは行かないのね?」
「はい」
「それはなぜ?」
「先ほども申し上げましたとおり、春さまとのことが――」
「それだけじゃないわよねえ」
秋分はため息まじりに苦笑を浮かべた。
「噂になってるわよ。つばきが雀くんを煙たがっている、ってね。……ねえつばき、あなたがそうするほんとうの理由は何?」
玄鳥至が黙ると、秋分は切り口を変えた。
「雀くんはどうして何も言わないのかしら。わたしだったら、避けられているとわかった時点で相手を問い詰めるんだけど」
「それは秋分さまだから――」
玄鳥至は茶化して流そうとしたが、
「怖いんですよ、兄さんに嫌われるのが」
と、つばさがせき止めた。つばさは癪に障るようなせせら笑いをした。
「兄さんはそれを知っていて好き勝手やっているんです」
「俺はあいつのことを考えて――」
「でたでた、お得意のやつだね。善意と正当化で相手の心を無視しちゃうんだ。あのさ、兄さん。相手の良心や愛情の上にあぐらをかくのは良くないよ」
「別にあぐらなんてかいてない」
思わず言い返しはしたが、己の子どもっぽさに考え直した。
「……わかった、本心を明かそう。俺は雀に親離れを促したいんだ。あいつは少々俺に頼りすぎている。人に戻った時、たとえ俺のことを忘れていたとしても、今独り立ちを覚えておけば、自然と一人で歩めるようになるはずだ。あいつに必要なのはそれなんだ。あいつが人として生きる道は、他の同い年の子らより苦しむことが多いだろう。その時に自分の足で地を踏みしめて行けるように、俺は今あいつを突き放している」
「……巣立ちか。なるほどね。それはいいね、それは賛成」
でも、と兄をじろりと睨む。
「なんで兄さんは、彼にはそんなに過保護なの?」
「わからない。だが俺はあいつのために動かなければならないんだ」
「だから、それがなんでかって聞いてるんだよ」
「わからない」
無意識に、額にこぶしを押し当てた。
「わからない……」
――約束だよ。
「……約束だから……」
それを聞いたつばさがにわかに気色ばんだ。
「約束? 誰と――」
「だから、わからないと言っている!」
しん、という擬音がこれほどしっくりくる瞬間を自分がつくり出してしまうとは。沸騰から冷却までがあまりに一瞬で、玄鳥至の視界が揺れた。
我に返った秋分が「あわわ、あわわ」と袖を振った。
「け、喧嘩しないでー。兄弟喧嘩やめてー」
「してないです……」
玄鳥至は力なく壁に寄りかかった。
「秋分さま、すみません。つばさも……大声を出して悪かった」
「いや……」
つばさが前髪を掻き上げた。青藍の荒波が額の前でうねりをつくった。
「そういうことか。大丈夫、こっちこそごめん。しつこかった」
つばさは再度腕を組み、まとめに入った。
「僕と秋分さまで秋季の説得に当たる。これはできる限りやってみるよ。ただ、あまり期待はしないでほしい。もし密告者が現れたら一巻の終わりだからね。それから秋分さまに雀くんの案内をしていただく件、これは僕もそれとなく気をつけておくよ。秋さまの息がかかった者がいないとも限らないし、何か起こったらすぐに兄さんに連絡する。……そんなところかな? 他には何かある?」
「いや、ない。感謝する」
「ただし条件がある」
「……条件?」
「兄さん、僕とも約束して」
つばさは腕を解いて座りなおした。
「雀くんが秋の宮を巡り終えたら、彼と向き合って話をしてほしい。それが条件だ」
玄鳥至は弟を見た。とても久しぶりに会うような、不思議な感覚があった。
――大きくなったな。あんなに小さく、震えていたのに――。
灰色の空。軒下に固まる冷気。三羽いるうちの二羽はすでに動かぬ。真ん中の一羽がこちらに気づき、弱々しくくちばしを開いた。発せられた声は高く、ありったけの生命を訴えていて、玄鳥至は急いでその小さな体の上に覆い被さった――。
はっと息を呑む。
――この記憶は前世の、ツバメの頃の――!
「わかった。そうしよう」
動揺を抑え、力強く約束した。兄の心の動きに弟が気づいた様子はなく、つばさは両手を後ろについてにやりと笑った。
「でもやっぱり面白くないから、ちょっと雀くんに意地悪しちゃお」
「おい」
時刻は一時半を過ぎたところだ。もういつ春が戻ってもおかしくないし、秋も任期直前の秋分がいないことに気づいて、機嫌を悪くするかもしれない。
「じゃ、時間もあれだし、わたしとつばさはそろそろお暇するわね。最後に……雀くんの魂をどうやって人に還すか、方法はなんとなくでも頭にあるのよね?」
当然あるだろうと秋分は思っている。玄鳥至も戸惑うことなく首を振る。
「いえ、まったく」
「は⁉」
玄鳥至は軽く肩をすくめて言った。
「だからこそ、四季のうち一人でも味方につける必要があるのです。……困りましたね」
口ではそう言いながら、玄鳥至の頭には奥の手がある。まずは冬を味方につけたいが、それが望めない時は――。
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次回はなんと!
2024年1月1日(月)!
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感謝、感謝です。
どうぞ皆さま良いお年をお迎えくださいませ。




