表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
つばめきたる  作者: 月島金魚
【冬】
76/93

72、雀の涙



つばきと雀はどこに向かうのか。

どうぞお楽しみください!





 廊下の灯りは消えていた。闇の中で(すずめ)が健気に深呼吸する音だけがかすかに聞こえる。


 雀の肩を抱いたまま、玄鳥至(つばめきたる)は壁伝いに来た道を戻っていた。


 どこへ向かおうか。宴会場に戻ればゆっくり話をすることはできないし、他の四季が待ち構えている可能性もある。自室に連れて行くにも、道中で見つからないとも限らない――。


「さて」

「ヒッ」


 突として耳を侵した冷気と低音。背後、それも近すぎる距離から現れた冬は、月明かりを帯びて青白く浮かび上がる雪原のように、自ら発する微量の冷気で輪郭を縁取られていた。


「私の部屋へ参ろうか」

「えっ」

「なんだ、つばき」

「いえ……」


 冬の自室など未知中の未知だ。誰も入ったことがないのではないか。


 周囲の闇がどろどろ溶けて、チョコレートが流れるようにすべての闇が床へ落ちると、そこに現れたのは、ステンドグラスがはめ込まれた一枚の扉であった。


 中は和室を改装した明治時代の洋館のようなデザインで、白い木枠の出窓から光を取り、窓の前にはティーテーブルとワインレッドの一人がけソファ、綿がパンパンに詰まっていそうなクッションが乗った木椅子が一脚置かれている。冬が腕を一振りするとそこに白木の椅子が追加され、雀は当然のようにクッション付きのほうへ行ったので、玄鳥至は当惑を覚えながらも残った白い椅子に腰かけた。


 冬が湯気の立つ珈琲カップを三つトレーにのせて運んできた。珈琲がふたつ、ココアがひとつ。良い香りだ。部屋は暖炉でぬくぬくとして、時の流れは愛を受けた猫のようにまどろんでいる。


 冬は雪のように白い角砂糖をトングでつまみ、自分のカップとのあいだを何往復もした。「雪が溶けていくようだろう」そう言ってくるくるかき混ぜ、ひとくち楽しむ。


「つばき、お前は梅子黄(うめのみきばむ)の騒動後どう動き、何を思った? 雀に聞かせてやってくれ」


 急に来た。夏季にあった芒種(ぼうしゅ)の奇妙なお茶会とはえらい違いだなと、玄鳥至は少々懐かしく思った。


 冬は涼しい顔で珈琲を楽しんでいる。雀はといえば、先ほどまでの大人びた表情が嘘のように不安そうに、しかし期待と信頼を込めたまなざしで、玄鳥至の口から真相が語られるのを待っている。


 ――正直、この状況にまったく頭が追いついていないんだが……。この機会を無駄にすれば、真正の阿呆だろうな。


「雀と地上へ降りてから、俺は何度か一人であの病室へ行きました。見舞いに来る雀の家族の後をつけ、彼らの現在の状況を――家庭環境を調べました」


 雀が顔を赤くした。


 ――ああ、やはり。記憶が戻っているんだな。


 玄鳥至は続けた。


「まだ十五のこいつが抱える問題。苦悩。そこに来て不慮の事故――いや、事件による遷延性(せんえんせい)意識障害、つまり植物状態。残された家族の嘆きと後悔……。これらを知れば知るほど、俺はこいつを家族のもとへ返してやりたいと思うようになりました。……これについては後でお話しします。ですがその前に――」


 玄鳥至は冬に向いた。


「俺が春さまに教育係の解任を求めたことは、おそらく冬さまもご存知でしょう。その時春さまはこうおっしゃいました。『つばきならわたくしの意図を汲んでくれると思っていたのに』と。結局、任を離れることは認められず、俺は雀と距離を置くことで春さまに抗議の意を示したのですが……。春さまのそのお言葉が、ずっと……何をするにも頭にちらついて。今の俺の行動は春さまのご意思に沿っているのだろうか、それとも反することをしているのだろうか。俺はどう動けば春さまから――四季の皆さまから、雀を解放してやれるのか。


 ……雀には申し訳ないことをしたと思っています。当然、こいつの不安には気づいていました。俺は理由も告げずに距離を置いたんです。不安に思わないわけがない。こいつがどれだけ傷つくか、痛いくらいわかっていたのに……俺は自分の考えを優先させ、また(、、)見て見ぬふりをしたのです」


 玄鳥至は体ごと雀に向いて頭を下げた。


「すまなかった」


 雀ははっと息を呑むと、椅子を蹴倒さんばかりに腰を浮かせて、


「あの、おれ、おれも、つばきさんに――」

「まだだ、雀」


 冬がカップにひと言落とすと、雀はちょっと迷う様子を見せたが口を閉ざし、自席に収まった。


「春はそれについて叱りはしなかった。そうだな?」

「はい」


 玄鳥至は作り物のような冬の睫毛をじっと見つめた。


「冬さまはその理由をご存知かと思われますが――」

「まだだ」


 冬はぴしゃりと遮った。


「お前はまだすべてを話していない。知りたければ、続けることだ」


 雀の黒目が潤み輝いている。その涙が新年にふさわしいものに思え、玄鳥至は不思議な感慨に胸が詰まった。



 流れる水は不浄を流す。



 ――雀の涙、か。



 量で言えばほんの少しでも、それを生み出すには空漠とした大海の如く感情の動きがあったことだろう。この少量を軽んじてはならない。そこから動き出すものは必ずある。


「続けます。少し長くなりますが――」


 玄鳥至は記憶をたどる。玄鳥至が生を得てから最も東行西走したであろうあの日々を、余すところなく語らねばならぬ――。





次回は12月18日(月)です。

最近寒暖差が激しいので、皆さまお体にお気をつけくださいませ〜!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ