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つばめきたる  作者: 月島金魚
【冬】
71/93

67、大雪(前編)――日本刀



リアルだとまだ小雪ですが、こちらでは大雪に入ります。

よろしくお願いしますっ!





 大雪【たいせつ】(十二月七日~十二月二十一日頃)


「冬さまはお前のことをずいぶんと気にかけていらっしゃるな」


 大雪(たいせつ)は黒漆の鞘から清水のように澄んだ刀身をすうっと抜いた。白い軍服姿だが手に持つそれは軍刀ではなく、二尺三寸の細身の日本刀である。博物館のガラス越しではない本物だ。発せられる霊気が尋常ではない。


 大雪は刀身を立てて面前にかざした。磨き抜かれた刃は鏡のように周囲を映し、自分だけがこわばった顔をしていることに、(すずめ)は内心可笑しくなった。



「我は冬季が二十四節気、大雪也。我が望みしものを現せ。《天地視書(てんちししょ)》」



 派手な演出は何もないまま、刀身に波紋ができて下界が映った。



「繋げ」



 下げた刃先から(はばき)まで白い光が迸り、大雪は刀と腕が一本になったかのような動きでさっと宙に楕円を描いた。納刀すると、切り抜かれた楕円の先に日本庭園が現れた。


 二十四節気で最もまとまりがないと言われる大雪の面々は、互いに声をかけ合うでもなく、一人また一人と楕円を抜けると、てんでんばらばらに動き始めた。


 雀の後から入り口を抜けた大雪は腰まである黒髪を後ろに払い、女の低く凛とした声とまなざしを雀に向けた。


「冬さまからの預かり物ではあるが、我は一から十まで教えて歩くのは嫌いでな。時間まで好きに動くがよい。無論、見学も自由だが、職務の邪魔立てはしてくれるなよ」


 雀はまず初候・閉塞成冬【そらさむくふゆとなる】のそばへ寄った。皆から冬成(ふゆなり)と呼ばれるこの暦は、強靱でしなやかな肉体と精神を有し、山犬のような目つきは戦を生業とする男のようだ、なんて思われがちだが、両性体と周知されている。されているというのは、本人が性に頓着しないのと、そのことについて誰も本人に聞かないのとで、ほんとうのところは謎なのだ。


「ここはどこでしょうか」


 二股の石灯籠や雪吊りが施された大きな松、それを肉眼で眺めるより写真に収めることに夢中な観光客。彼らに暦の姿は見えていないが、冬成はするりするり彼らを避けながら、周辺をただ歩き回る。睫毛を伏して仏眼にし、時折何かに耳を澄ませるように首を傾け、小川を飛び越え、その場にじっと立ち止まる。


 雀の問いは人々の雑談の一部として処理されたらしい。他を当たろう――雀は体の向きを変え、冬成のそばを離れようとした。すると、


「〈冬〉の語源は〈()ゆ〉や〈寒さに(ふる)う〉など諸説あるが、俺は〈()ゆ〉だと思っている。根を休めて養う、という意味だ。冬とは、春から秋にかけて動き続けてきた己の体を休ませてやる季節なんだ」


 冬成は不意に説明したかと思えばまた口を閉ざし、再び地中に神経を研ぎ澄ませるのだった。


 雀は小声で礼を言い、他へ向かった。




 次候・熊蟄穴【くまあなにこもる】は庭園の外にいた。


 体格の良い巨漢は目立つ。周囲の観光客を避けられず、体を透かして素通りさせている。土産物屋のそばで何やらそわそわとして、落ち着かない様子が(はなは)だ怪しい。彫りの深い五十路(いそじ)の大男が胸に大刀を抱いて周囲を左見右見する姿は、不審者以外の何者でもない。もし人に見えていたなら、とっくに百十番されていたことだろう。


 雀が近づいて声をかける前に、挙動不審の理由が店から出てきた。


 末候・鱖魚群【さけのうおむらがる】は、金箔の乗った贅沢なソフトクリームを片手にご満悦である。光沢のある紅色の髪を肩まで伸ばし、女児の七五三のような晴れ着姿は幸福そのもの、見る者をにっこりさせる愛らしさがある――が、川上りをする魚を束ねる暦が可愛いだけで終わるはずがない。


 幼子がソフトクリームに顔を寄せると、紅鮭色の唇にべったり白と金がくっついた。その憎めない姿に大男は愁眉を開き――パッと顔を上げて雀を見つけた。


「んんっ! ……さっちゃん、雀くんに見られちゃったよ」


 幼子は口周りに金箔ひげをつけたままきょとんとした後、


「チッ」


 ……火でもつきそうな舌打ちだ。雀が怯むと、鮭はしめたとばかり、目にみるみる涙の膜を張り、きゅるんという効果音をバックに上目遣いした。


「お願い。大雪さまには言わないで。ぼく、叱られちゃう」


 叱られたところで動じないだろうなと、雀は思った。





次回はなんと明後日、12月3日(日)です。

とある他のコンテストとの兼ね合いで、12月は投稿ペースが上がります。

よろしければ月島のX(旧Twitter) @TukisimaKingyo を見ていただけますと幸いです。



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