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つばめきたる  作者: 月島金魚
【秋】
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60、立秋――受け入れないこと



最近、秋も深まってきたなという感じがしますが、ここで立秋です(笑)

8月の夕暮れ時を思い出しながら読んでくださいね!





「いつまで経っても来ないと思ったら。んもう、手取り足取り教えてあげたかったのに。今度つばきに会ったら、思いっきり抱きしめてあげちゃうんだから」

「兄さん折れちゃうから、おてやわらかにお願いしますね、立秋(りっしゅう)さま」


 秋季最初の二十四節気でありながらなぜか最後に回ることになってしまった立秋の仕事場は、滝壺の真横に口を開いた洞窟であった。


 岩壁の廊下には灯籠が左右等間隔に置かれ、祭りの夜のような明るさだ。滝の裏同様、轟音は入り口で遮断されたが、湿った水の香りが鼻をすうすう通り抜ける。


 洞窟はそれほど深くなく、すぐに円形のリビングに通された。岩壁には六つの扉があり、それぞれ個室やキッチンやトイレに繋がっている。天井は高く、無数の灯籠がシャンデリアのように吊り下げられている。その真下には円形のローテーブルとバームクーヘンのような形のソファが置かれ、(すずめ)たちはそこでお茶をふるまわれた。


 立秋はボディビルダーのような肉体を持ち、後ろ頭は刈り上げ、タンクトップにスパッツ、腰には申し訳程度に法被(はっぴ)を巻きつけている。年は三十代後半といったところか。かぎ鼻が特徴的だが、目もとは笑いじわが刻まれて温かみがある。隣に座る少女、涼風至(すずかぜいたる)がいつもより小さく見えた。


「あたしの仕事ぶり、雀くんに見てほしかったなあ。ねえ、立秋さま?」

「何言ってんのよ。あんた今年はいつも以上に涼しくするのをいやがって、秋の宮中を逃げ回ったじゃないの。アタシぁ一度でいいから、あんたを追い回さないで静かに任期を終えてみたいわよ」

「だってせっかく兄さんが楽しそうにお仕事していたんだもの。長く見ていたいでしょ」


 涼風(すずかぜ)は夏以降仲良くなった者のうちの一人である。温風(あつかぜ)の熱の件で雀に恩を感じ、会えばいつも良くしてくれた。


「雀くんのお陰だよ。ほんとにありがとね」


 涼風は笑顔が特にかわいい。雀も照れながら笑い返した。心がほかほかした。


「はあ……。頼むわよ、涼風。アタシの言うことを素直に聞いてくれるのは、あんただけなんだから。ごめんねえ、雀ちゃん。せっかく来てもらったんだけど、全員そろってないの。末候のお馬鹿さんはちっともここに居着かないのよ。正直、あんまり近づいてほしくないような男なんだけど……」

「お気になさらないでください。また機会はありますから」


 立秋は大きな手で形良い額を支えた。


「あの子もねえ、なんだってあんなにひねくれているんだか。言わんとしていることはわかるんだけど……。『受け入れない』、それが彼の主義なのよ。だからきっと今ここにいても、あなたにいやな思いをさせることになったでしょうね」

「受け入れない……?」

「多様性を受け入れることが善しとされる中で、それをいやがる者もいるでしょう。なんでも受け入れればいいってもんじゃない、受け入れないこともまた自然であり、権利なのだ――って。たしかにそうなんだけどねえ……」

「だったら淘汰されるまでですよ」


 つばさは素気なく言って茶を飲んだ。


「個人でそれなら別にいい。彼の悪さは主義を振りかざして他者を攻撃するところです」


 雀は霧をまとう黒い男を思い浮かべた。


 ――受け入れないという選択肢……。そうか、だからあの人は、おれをいい子ちゃんだと言ったのか。


「あらやだ、もういい時間だわ。天地視書(てんちししょ)を見せましょうかね。涼風、カナカナを引きずり出してきて――あ、いいわ、アタシがやる」


 立秋はうぐいす色の扉の前に立つと、間違って破壊しかねない力で扉を叩き、野太いバスボイスで怒鳴り散らした。


「出てこい、引きこもり! いい加減にしないと、地中のセミの幼虫全部ほじくり出すからね!」


 扉に隙間ができた。扉と同じ髪色の幼い少女がそろそろと壁伝いに姿を見せる。白い浴衣に薄緑の兵児帯(へこおび)姿は清潔感があったが、髪はボサボサで裸足である。動きがのろく、雀は脱皮したてのセミの歩みを思い起こした。


 カナカナ――寒蝉鳴(ひぐらしなく)を涼風に任せ、立秋は雀とつばさを伴って洞窟の外に出た。断崖に切り取られた空に茜色が染みこんでいる。


 滝と洞窟のあいだに子どもがかがんで通れるくらいの穴があって、そこから続々と火の入っていない灯籠が流れ出てくる。それらは列を作り、滝の激しさに呑まれることなく立秋の前に集合する。ふつうの和紙に見えるが、水に濡れて破れる様子はない。


 立秋が天地視書を唱えると、一斉に灯りが灯った。


 それに伴い、日が落ちた。紅掛空色(べにかけそらいろ)の下、灯籠に映し出された地上の夕日で滝がぼうっと輪郭をぼかし、得も言われぬ幻想的な光景が浮かび上がった。


「これがうちの天地視書。どう? 綺麗でしょ」


 雀は呑まれたように首を縦に振った。


 水の勢いに耐えられなかった灯籠がひとつふたつと流されていく。どこかの地域はお盆に灯籠を流すと聞いたことがあるが、そういえばお盆は立秋の時期だ。


 雀は水をすくって舐めてみて驚いた。ふつうの水だ。上は塩水だったというのに。


 そのまましゃがんで灯籠を眺めていると、右の視界の隅にさっきまでなかったはずの子どもの足が映り込み、雀は危うく悲鳴を上げそうになった。


 カナカナは隣にしゃがみ、ごく近い位置から無表情で雀の顔を凝視した。


「な、何?」


 カナカナは答えない。少女の淡々しい髪が儚い光を放っている。


 どこからかヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。少女が灯籠のひとつを指差す。侘しげな鳴き声はそこから響いていた。


「寒蝉鳴、って言いたいのよ。この子なりの自己紹介」


 立秋が助け船を出してくれた。雀は怖すぎて今にも泣きそうだったので、将来は立秋のような強い大人になろうと思った。





次回は10月15日(日)です。

秋の宮編、ラストスパート!

彼が再登場……!? お楽しみに!



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