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つばめきたる  作者: 月島金魚
【秋】
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57、雀始巣(後編)



雀、考える。





 回廊を行く。高い橋廊は渓谷に巻きつく龍のようだ。眼下では激しい渓流の中を時折、立秋(りっしゅう)の灯籠が通り過ぎ、まやかしのように消えていった。


 つばさとの会話はない。今はそのほうがありがたい。自分の考えに没頭できる。


 ――ずっと、雀始巣(すずめはじめてすくう)の異変はなんだろうと考えていた。


 虫啓(むしひら)と桃は盲目的な恋による同化、梅子は筆の紛失、温風(あつかぜ)は熱、大雨(たいう)は涙、収声(しゅうせい)は力負け。雀始巣は最初に消えたが、彼にもそういった変化はなかったのだろうかと。


 ――今、その答えを得た。


 懐からあみぐるみを取り出す。春の宮の初日に春分(しゅんぶん)の部屋で見つけたあの〈スバメ〉。あれ以来、なんとなくいつも持ち歩いていた。


 ――雀始巣は事件のせいでつばきさんに恋をした。いや、もしかすると、もとからあったほのかな気持ちに火がついたのか。彼はスズメたちを見守ることよりもつばきさんのそばにいることを願うようになり、仕事を放棄し、暦としての役割を外された。……もし雀始巣が今、虫啓さんと桃さんがひとつの暦になれるかもしれないことを知ったとしたら、うらやましく思ったのかな。


 手の中のあみぐるみは茶色い。黒いくちばしがあって、口周りが赤くて、つばきはこれを「スズメとツバメのあいだ」と言った。


 ――彼が亥神(いのかみ)さまにはねられたのが一月のあたま、消えたのは任期終了直後、つまり三月の下旬。ずいぶんスパンが短いな。他の被害者は十一年も消えていないのに、どうして彼だけがこんなに早くに消えたんだ? この違いはなんだろう。……わからない。でもたしかなことは、他の被害者もかなり危うい位置にいるってことだ。それをおれが止め続けるのか? このおれに、ほんとうにそんな力があるんだろうか。


 知らず己に課せられた責務を考えると、あの霧のような不安がこみ上げてくる。だがその中に、他者をして生け贄と言わしめるほど重大な役目を担うことに対する快感が――正しく必要とされることへの喜びが、むくむくと湧き上がってくる。


 ――おれはここで暦のために働きたい。でもひっかかるのは、病室に寝ていたおれのことだ。あれは間違いなくおれだった。どういう状態なのかはわからないけど……もしかしたら、生き返ることができるのかもしれない。おれはそれを望んでいるのだろうか。過去を思い出したら、迷うこともなくなるのだろうか。……いや、逆に迷うことになるかもしれない。だったら、おれは……。


 二メートル先の藍色の後頭部を睨めつける。どうしてこんな大事な時に、そばにいるはずの教育係がいないんだろう。


 雀は小走りしてその弟に追いついた。


「つばささん、ひとつお聞きしてもいいですか」

「ひとつね。何?」

「つばきさんって、面倒見が悪いんですか?」


 ふうー……。


 つばさは長く長く息を吐き、大袈裟なほどさわやかな笑顔で振り向いた。


「さんざん世話になっておいて、その弟にそれを言っちゃう? いいよ、答えてあげるよ。イエス」

「ご、ごめんなさい……。周りに何度かそう言われたことがあって。おれ自身はつばきさんをそんなふうに思ったことがなかったので、意外だなあって……」


 つばさは視線を前へと戻した。


「兄さんはさ、頼まれても『いや』と言える性格なんだ」

「ああ……、はい」

「まずノーから入る。でも結局引き受けちゃう。押しに弱いと言うより、お人好しだね。……ところがだよ、引き受けておきながら自分で線引きするんだ。ここまでは関わろう、ってね。それがけっこう浅い位置に引かれていたりする。……僕の言いたいこと、わかる?」


 雀はぎこちなく首を横に振った。つばさは薄笑いを浮かべた。


「そんな彼がきっちり丁寧にこなすのはね……逆らえないくらい力のある者から命じられた時さ」

「春さまが、おれの教育係をお命じになっていました。じゃあ、もしつばきさんが、いつもの線引きするようなつばきさんに戻ったら、それは――」

「任を解かれたってことになるんじゃない?」

「そうか……」


 やっぱりそうなのか。


「これは聞いた話なんだけど……」


 つばさは少し考えるように、顎にこぶしをあてた。


「十一年前にね、どうやら兄さんは、みんなの様子を逐一春さまにご報告していたみたいなんだ。しょっちゅう春の宮から出かけては、出会った者と雑談する。もともと他との付き合いが悪いわけじゃないし、春さまのもとを訪れることも昔からよくあったから、怪しむ者もいなかったんだけどね……僕はどうも妙だなと思ったよ。それで情報通の奴に頼んで調べてもらって……その直後くらいだったかな、雀始巣が消えたのは」


 記憶をたぐるように、つばさの視線が遠くをさまよう。


「四季の宮は騒然としたよ。でもすぐに慣れていったね。僕らはそういうふうに作られているから。だけど兄さんだけは、しばらくショックから抜け出せないみたいだったな。雀始巣にまとわりつかれるのを、あんなにいやがっていたのにさ。ま、それもそのうち忘れちゃって、たまに亡霊に苦しめられる程度になったんだけど。……それをまた雀始巣を思い出すような頼み事を引き受けるなんて、兄さんらしいというか、なんというか。春さまも春さまだよ。今回も兄さんを選んで、いったいどんな意図があるんだろうね」


 最後のほうはあまり聞きとれなかった。いつからか、百や二百の大太鼓を連打するような轟音が体中を震わせていた。





次回は10月3日(火)です。

秋の宮編も残すところあと数回か……。

よろしくお願いいたします!



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