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つばめきたる  作者: 月島金魚
【秋】
59/93

56、雀始巣(前編)



謎がひとつ、解ける。

それでは、どうぞ。





 黒い男が待つ木まで戻ると、そこに男の姿はなかった。


「やっぱりか……。一箇所案内したし、これで僕は用済みだと思ったのに」

「あの……、おれ、あの人はちょっと苦手で……。残りもつばささんに案内してもらうことはできませんか」

「へえー、兄さんの次は僕なわけ?」


 性格の違いから顔も兄とそんなに似ていないと思われたが、意地悪い顔をすれば兄そっくりであった。


「僕さあ……たぶん雀始巣(すずめはじめてすくう)自体が嫌いなんだよね。前の奴もそうだったんだけど、兄さんにべったりひっついてさ」


 (すずめ)は、う、と半歩下がった。


 ――ま、またおれのことを嫌いな人が……。なんで今日は、こう……?


 と、つばさの言葉の意味するところに気づいて驚愕した。


「憶えているんですか? 前任の雀始巣のこと……!」

「負の感情って残るよね。ま、僕もみんなと同じで、顔や声なんかは忘れちゃったけど」


 そう言いながらも、つばさは嫌悪の表情だ。これはかなり憶えていると見た。今までにない話を聞けるかもしれない。雀は話が変わらぬうちにと食いついた。


「雀始巣とつばきさんは仲が良かったらしいっていうのは、たまに聞きます」


 ふん、とつばさは鼻を鳴らした。


「仲が良い、ねえ……。亥神(いのかみ)さまにはねられてからなんて、ひどいものだったよ。しょっちゅう清明(せいめい)の部屋に入り浸るようになって。あの頃は毎日腸が煮えくり返る思いをしたね。あーあ、みんなは幸せだよね、余計なことはまるっきり憶えていないんだから。兄さんだけは忘れて当然だ。あんなにわずらわしく思っていたんだもの」

「つばきさんが雀始巣をそんなふうに思っていたなんて、信じられませんけど」

「事実だよ。僕が思うに、あれは兄さんに懸想していたんだ。恋に焦がれ、恋に患い、恋に果てた。消えて当然だ、何も驚くことはないよ」



 ――恋。



 雀はぽかんと口を開けた。


「恋って……? 雀始巣が、つばきさんのことを……?」

「そ。前はそうでもなかったんだけど、やたらアピールが激しくなったのは、はねられてからだったね。ほんっとうにウザかった」

「両性体だったのですか? おれ、てっきり男性だと……。ああ、そうか。ぬいぐるみを編むんだから、女性なのか……」


 つばさは軽蔑もあらわに鼻で笑った。


「編み物は女のもの? 男が男を好きになってはいけないって? 君には悪いけど、彼は正真正銘、男だったよ。あのさ、性別なんてどうだっていいんだよ。僕が気にくわないのは、それで任務をおろそかにしたことなんだ。結果、雀たちは数を減らした。たとえ小さな変化でも、自然界の歯車は狂い出すんだ。だから僕は虫啓(むしひら)と桃だって許せない。それを君がもとどおりにするんだろう? 雀始巣から始まった悲劇を雀始巣が収めるなんて、神々もパンチが効いているよね」


 くすくす笑うつばさを雀はじっと見つめた。


「おれは、あなたたちの知っている雀始巣ではありません」

「そんなのわかってるよ。なに? 生意気に口を返すの?」

「返します。秋分(しゅうぶん)さまはおっしゃいました。意味のある毒を持て、と」


 雀は自分の中でスイッチが入る音を聞いた。――懐かしい、と思った。


「おれはおれだ。誰かの代わりに思われるのはまっぴらだ。……みんな前の奴のことなんてさっさと忘れてしまえばいい! そのほうが暦は生きやすいんだろ? だったらあんただって忘れてすっきりしろよ。ぐずぐずおれに当たり散らすな、クソだせえ!」





 ――死にたいなあ。早く迎えが来ないかなあ。


 ――じいちゃん、そんなこと言うなよ。おれもう聞きたくないよ。


 ――こんなに苦しんでいるのに、お前は聞いてさえくれないんだな。どうしてこんな子に育っちまったんだろうな。お前の父さんは優しかったのに。


 ――おれ、毎日じいちゃんの愚痴を聞かされるのはもういやなんだよ。おれはおれだよ。父さんの代わりになんかしないでくれよ――。





 目の奥が痛いくらいに眩しく光った。今のは? 今の光景は――!



 ――だめだ、消えてしまった。



「君、その性格なら本来は秋の宮向きだったのにね」


 静かな声にゆっくりとそちらを見ると、つばさは意外にも穏やかな表情をしていた。


「自分の毒にあたるなんて未熟だね。……ほら、行くよ。涙を拭いてついて来なよ」


 震える指先で頬に触れる。そこはしとどに濡れていた。


 ――なんだこれ。苦しい。助けて、つばきさん……。





次回は後編。

9月29日(金)投稿予定です。

続・重要回! よろしくお願いいたします!



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