56、雀始巣(前編)
謎がひとつ、解ける。
それでは、どうぞ。
黒い男が待つ木まで戻ると、そこに男の姿はなかった。
「やっぱりか……。一箇所案内したし、これで僕は用済みだと思ったのに」
「あの……、おれ、あの人はちょっと苦手で……。残りもつばささんに案内してもらうことはできませんか」
「へえー、兄さんの次は僕なわけ?」
性格の違いから顔も兄とそんなに似ていないと思われたが、意地悪い顔をすれば兄そっくりであった。
「僕さあ……たぶん雀始巣自体が嫌いなんだよね。前の奴もそうだったんだけど、兄さんにべったりひっついてさ」
雀は、う、と半歩下がった。
――ま、またおれのことを嫌いな人が……。なんで今日は、こう……?
と、つばさの言葉の意味するところに気づいて驚愕した。
「憶えているんですか? 前任の雀始巣のこと……!」
「負の感情って残るよね。ま、僕もみんなと同じで、顔や声なんかは忘れちゃったけど」
そう言いながらも、つばさは嫌悪の表情だ。これはかなり憶えていると見た。今までにない話を聞けるかもしれない。雀は話が変わらぬうちにと食いついた。
「雀始巣とつばきさんは仲が良かったらしいっていうのは、たまに聞きます」
ふん、とつばさは鼻を鳴らした。
「仲が良い、ねえ……。亥神さまにはねられてからなんて、ひどいものだったよ。しょっちゅう清明の部屋に入り浸るようになって。あの頃は毎日腸が煮えくり返る思いをしたね。あーあ、みんなは幸せだよね、余計なことはまるっきり憶えていないんだから。兄さんだけは忘れて当然だ。あんなにわずらわしく思っていたんだもの」
「つばきさんが雀始巣をそんなふうに思っていたなんて、信じられませんけど」
「事実だよ。僕が思うに、あれは兄さんに懸想していたんだ。恋に焦がれ、恋に患い、恋に果てた。消えて当然だ、何も驚くことはないよ」
――恋。
雀はぽかんと口を開けた。
「恋って……? 雀始巣が、つばきさんのことを……?」
「そ。前はそうでもなかったんだけど、やたらアピールが激しくなったのは、はねられてからだったね。ほんっとうにウザかった」
「両性体だったのですか? おれ、てっきり男性だと……。ああ、そうか。ぬいぐるみを編むんだから、女性なのか……」
つばさは軽蔑もあらわに鼻で笑った。
「編み物は女のもの? 男が男を好きになってはいけないって? 君には悪いけど、彼は正真正銘、男だったよ。あのさ、性別なんてどうだっていいんだよ。僕が気にくわないのは、それで任務をおろそかにしたことなんだ。結果、雀たちは数を減らした。たとえ小さな変化でも、自然界の歯車は狂い出すんだ。だから僕は虫啓と桃だって許せない。それを君がもとどおりにするんだろう? 雀始巣から始まった悲劇を雀始巣が収めるなんて、神々もパンチが効いているよね」
くすくす笑うつばさを雀はじっと見つめた。
「おれは、あなたたちの知っている雀始巣ではありません」
「そんなのわかってるよ。なに? 生意気に口を返すの?」
「返します。秋分さまはおっしゃいました。意味のある毒を持て、と」
雀は自分の中でスイッチが入る音を聞いた。――懐かしい、と思った。
「おれはおれだ。誰かの代わりに思われるのはまっぴらだ。……みんな前の奴のことなんてさっさと忘れてしまえばいい! そのほうが暦は生きやすいんだろ? だったらあんただって忘れてすっきりしろよ。ぐずぐずおれに当たり散らすな、クソだせえ!」
――死にたいなあ。早く迎えが来ないかなあ。
――じいちゃん、そんなこと言うなよ。おれもう聞きたくないよ。
――こんなに苦しんでいるのに、お前は聞いてさえくれないんだな。どうしてこんな子に育っちまったんだろうな。お前の父さんは優しかったのに。
――おれ、毎日じいちゃんの愚痴を聞かされるのはもういやなんだよ。おれはおれだよ。父さんの代わりになんかしないでくれよ――。
目の奥が痛いくらいに眩しく光った。今のは? 今の光景は――!
――だめだ、消えてしまった。
「君、その性格なら本来は秋の宮向きだったのにね」
静かな声にゆっくりとそちらを見ると、つばさは意外にも穏やかな表情をしていた。
「自分の毒にあたるなんて未熟だね。……ほら、行くよ。涙を拭いてついて来なよ」
震える指先で頬に触れる。そこはしとどに濡れていた。
――なんだこれ。苦しい。助けて、つばきさん……。
次回は後編。
9月29日(金)投稿予定です。
続・重要回! よろしくお願いいたします!




