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つばめきたる  作者: 月島金魚
【秋】
57/93

54、黒い男(その3)――真の案内人



秋の宮編、動きの回。

どうぞごゆっくりお楽しみください。





霜降(そうこう)のねえちゃん、ああやって自分で話すのは珍しいんだぜ。ったく、会話のたびにいちいち霜始降(しもはじめてふる)を介さなきゃなんねえなんて、不便じゃないのかねえ」


 霧の中を歩きながら、男は上機嫌にべらべらしゃべった。


「霜降のねえちゃんが自分の口でしゃべらない理由を知ってるか? これが馬鹿みたいな話なんだが、自分の節気の音をじっくり聴きたいからなんだとよ。意味わかるか? 霜の降りる音、小雨が降る音、葉の色が変わる音――先のふたつはまだわかるが、最後のなんて意味わかんねえ。紅葉に音なんてねえだろうがよ。だがあのねえちゃんは、それを遮る自らの声を嫌って抑えに抑えたその結果、でかい声を出せなくなったって話だぜ。やりすぎて声量がなくなっちまったってわけさ。哀れだねえ」


 男のおしゃべりは止まらない。


「哀れといえば、霜始降。あの娘も哀れなもんだ。霜降の声である自分に酔っちまってるんだから。霜降に最も必要とされているのは自分だ、ってな。いつだったか、霜始降がいない時にな、霜降のねえちゃんは霎時施(こさめときどきふる)に代弁させたんだが、霜始降の奴、それを知って号泣したんだぜ。そっからはマジで霜降のそばを離れねえし、霜降もそれでいいらしいし、周りも特に気にしてねえし……。うわ、話しているだけで鳥肌が立ってきた。なあ、気持ち悪いよな」


 たしかに変わっているが、(すずめ)はそれに対して何も思わなかった。むしろ感心した。暦たちは非常に寛容である。


 ――受け入れるのが得意……じゃあ、拒絶は?


 前を行く背中がぐらぐら揺れて見える。揺れる黒につばきが浮かぶ。先ほどからずっとつばきのことを考えている。


 ――つばきさんがおれを監視していたっていうのはわかる。春さま直々の頼みだし、たぶんそうだろう。でも、だったらなぜ突き放すようなことをするんだろうか。……病院であれを見て、つばきさんは何を思った? なぜあの時、おれに忘れろと言ったんだ。あの人は何がしたい? 違う、何をしている……? おれがあれを見てしまったことは春さまに伝えているだろうし、指示を受けておれを遠ざけているのか。……それともほんとうに、おれのことを……。


「今、何を考えているんだ」


 はっとして顔を上げると、男が後ろ向きに歩きながらいやらしくにやついていた。


「当ててやろう、さっきの会話だろ? 多情多恨には頭から離れなくなる内容だよな。なあ、お前さんはどっちだと思う。救世主か、生け贄か? 自分に力があると本気で思うか? なあ、答えろよ。何を考えているんだ」


 至極楽しそうな男から明確な悪意を感じたが、問われて雀は思考がクリアになったような気がした。


 ――生贄とかどうでもいい。そんなことよりおれは、つばきさんの真意が知りたい。つばきさんの考えていることがわからないほうがずっと苦しい。おれは器用じゃない。一個一個、解決していかなきゃだめなんだ。


「おい、なんか言え――」

「つばきさんに会いたいなって」


 雀は男をまっすぐに見返した。男は灰色の瞳を鈍色に濁らせた。


「……思っていたより強かだな」


 二人同時に歩を止める。男はぺろっと口周りを舐めた。


「お前は何も知らない」


 男は濃霧を絡ませて嘲笑う。


「無知につけ込まれ、のせられて、百依百順(ひゃくいひゃくじゅん)……恥ずかしい奴だ。おっと、百依百順の意味がわかんねえか。難しい言葉を使っちまって悪いなあ」

「お腹が空いているんですか?」


 脈絡のない雀の問いかけに、男は「は?」と間の抜けた声を出した。


「お腹が空いているから、無知を笑うんでしょう」

「どういう理屈だ、そりゃ」


 雀は毅然として言葉を放った。


「無知は良いことだ。おれは無知で、あんたがそれを教えてくれたから、おれはどんどん知りたいと思ってる。おれの前には知らない場所に繋がるドアがたくさんあって、開けた先を想像できなくて、怖くて……どれが正解か選べなかったけど、今、最初の鍵を見つけられた。――つばきさんと話す。他のことはそれから考える」


 男は言葉を見失って呆けたように雀を見ていたが、


「この愚人が……」


 と、そこではっと周囲に目を走らせた。


「おっと、追いつかれたか」


 刹那、二人のあいだを紺色の閃光が走り、暗雲の如く垂れこめる霧に切り込みを入れた。それは上空を一回転し、鋭い滑空でまた筋を作る。――ツバメだ。その美しい飛翔。


「……つばきさん?」

「あれれ、見分けがつかない?」


 ツバメはひらりひらりと身を翻し、霧を見るも無残な状態にすると、すとんと人の姿をとった。


「僕のほうが、兄さんより青みがかっているんだけど」

つばさ(、、、)さん……?」


 玄鳥去(つばめさる)はたしかにつばきより青みの強い髪色をしていた。シャツの上に着物と袴の大正ロマンスタイルで洒落ている。


「やあやあ、はじめましてだね、雀くん。兄さんがいつもお世話になってます。ところでこんな所で何をしているのかな? 僕、すっごく探したんだけど」


 言いながら、つばさは黒い男を睨めつけた。笑顔だが目がちっとも笑っていない。黒い男のほうも余裕ある態度でそれを受けた。


「俺がこいつを案内しちゃ悪いってのかい?」

「ふうん、君が? へえ。珍しいこともあるものだね。まあいいよ。正直なところ、僕も面倒なんだ。でも引き受けてしまったからね、残りは同行させてもらおうかな」


 うすうす察してはいたのだが、どうやらこの黒い男は秋分(しゅうぶん)が手配した案内人ではなかったらしい。秋分が頼んだのはつばさのほうだろう――あまり気乗りしない様子だが。常々会ってみたかったつばきの弟が不愉快丸出しで、雀は少し気落ちした。


 雀の心とは裏腹に、周囲の霧が晴れていく。そこにはなんとも清々しい景色があった。


 山間の視界いっぱいに黄金の田園風景が広がっている。稲穂の一粒々々が弾けそうなほど膨らんで頭を垂れ、豊作の喜びが風と共に輝いている。田の水が抜かれた土が温かに香り、胸が痺れて、何かこみ上げてくるものがあった。幸福の象徴だ、と雀は思った。


「ご覧よ、雀くん。あそこに蔵があるのが見えるだろう。そばで働いているのが処暑(しょしょ)のメンバーだよ」


 山裾に白い蔵が建っている。ふつうの蔵の五倍はある。風雨の跡のまだら模様が年月を感じさせるが、嵐なんてものともしないくらい頑丈そうだ。周辺に機械の類はいっさい見えず、すべて手作業なことを示している。小満(しょうまん)の小麦畑を思い起こさせた。


「あれ?」


 と、雀はここで引っかかった。


「処暑ですか? 次は立秋(りっしゅう)に行くのかと……」

「ああ、やっぱり飛ばされたんだ。そうだと思った」


 つばさが棘のある視線を投げても、男は平然とそばの柿の木にもたれかかって、新しい飴の包装を剥き始めていた。


「俺はここで待ってる」

「それがいいだろうね。行こう、雀くん」


 男がついて来ないと知り、雀はほっとした。





次回は9月21日(木)更新です。

過ぎ去った今の時期に、処暑……(笑)



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