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つばめきたる  作者: 月島金魚
【夏】
43/93

41、大暑(後編)――地上へ



プールに風鈴。

暑い時は涼しい物に癒されたい!





 梅子黄(うめのみきばむ)の任期最終日、夏の宮は梅子がぽろりとこぼした記憶の欠片から、直ちに全員が――外に出ることに乗り気でない者さえも――捜索に駆り出されていた。


「いやあ、今年は遅かったな。でも、ま、ここまで来たならもう終わったも同然だ。気楽にいこうじゃないか」


 大暑(たいしょ)はそう言いながら、ケースから瓶ビールを次々取り出しては大型冷蔵庫の中に並べていく。仕事終わりの一杯にしては多すぎる。


 大暑の職場は大暑の自室を兼ねている。二階建ての木造家屋で、庭に面した畳の客間には杉の一枚板座卓と、使い込まれた小豆色の座布団が適当に敷かれ、ここに夜な夜な呑兵衛が集まっては愉快的悦な酒盛りが催される。


(すずめ)くん、外を見てみなよ。うちの暦たちが天地視書(てんちししょ)を開くところが見えるよ」


 大暑に言われて縁側に出たが履物がない。玄関に戻り、外壁と生垣の狭い通路を通って庭に入る。丸太の柵に近づくと、大暑の家が他より少し高い位置にあることに気づく。終わりの見えないひまわり畑が海のように広がり、その畑の手前、庭からすぐ下の所に水の張られた五十メートルプールがゼリーのように揺れている。


 プールの上にはつる棚が設置され、等間隔にガラスの風鈴が吊るされている。涼風(りょうふう)が風鈴を揺らし、高低様々な清音が一斉に来客を告げた。


 プールサイドにいる三人の女性がこちらを見、まず暑子(あつこ)が手招きした。


「来たのね。降りていらっしゃいな。ちょうどあたくしたちも、あちらに探しに行くところよ」


 大雨(たいう)がそわそわと両手を揉んだ。


「早く行こうよ。なんとなく場所がわかっただけで、まだ見つかったわけじゃないんだもん。もし見つからなかったら、あたし、あたし……きっと悲しくって泣いちゃう……」

「ねえ、わたくし最近はあなたの泣き声を聞くだけで、パン生地を調理台に叩きつけたい衝動に駆られますの。先日それで台に穴を開けたの、もうお忘れ?」

「これ、桐花(きりか)。女たる者強くあれとは教えたけれど、乱暴がいいなんて、あたくしは教えていませんよ」


 大暑と暑子は夫婦である。桐花はそれを間近に見てきたため、結婚というものに憧れを抱き、暑子に頼み込んで一昔前の花嫁修業に勤しんでいた。


 遠回りするのが億劫だったので、玄鳥至(つばめきたる)はさっとツバメになるとプールまで飛んだ。


「ちょっと、つばきさん!」


 雀はあわてて家の中へと引っ込んだ。大暑に声をかけているのがうっすら聞こえた。


 玄鳥至はプールサイドで人型を取ると暑子の隣に立った。


「あら、だめじゃない、雀くんを置いてきちゃったの?」

「夏さまから何も言われていないが、雀も連れて行くのか」

「つばきの判断に任せる、そうおっしゃっていたわ」

「雀だけを行かせなかったら、後から嫌味を言われそうだな」


 横から桐花がしなだれかかってきて、そっと――しかし握力は強い――玄鳥至の左手を取った。


「わたくしと行動を共にしませんこと? 一人で雀くんのお守りをするより楽なはずよ」

「いや、いい」

「遠慮しないで。夫婦になる練習よ」

「他の者としてくれ」


 玄鳥至がなんとか左手を取り返したところで、大暑と雀がプールサイドに現れた。


「やあやあ、お待たせ。それじゃあ始めようか。暑子、お願い」


 暑子がプールに向かって天地視書を唱えると、すべての風鈴が短冊を揺らして呼応した。ガラス面に小さく下界が映る。


 雀が玄鳥至の袖を引いてささやいた。


「風鈴のほうなんですね。てっきりプールに映るのかと……」

「いい線いってるぞ」



 カッ!



 風鈴から直下に光線が発射され、プールに突き刺さって水蒸気が立ち上った。危険極まりない音と熱はさながら怪獣映画のようだ。直視し続ければ目がやられるので、雀の目を片手で覆いながら自分も目を瞑って終わるのを待つ。


 やがて光熱と水蒸気が収まると、半分ほどに減った水面には天地視書がゆらゆらと揺れ、風鈴は風鈴らしく涼やかな音色を奏でた。手をどけると、雀の顔は引きつっていた。


「繋ぎなさい」


 暑子が命じ、水面に波紋が起こった。全体がオーロラのような光を放つ。


「それじゃ、つばき」


 大暑が太鼓腹をつぶして窮屈そうに屈伸する。


「雀くんのことは頼んだよ。場所はさっき教えた辺りだ」


 大暑は水泳のジャンプスタートの構えをとると、


「ほっ」


 選手のように美しいフォームで宙に飛び出し、腹からプールに落っこちた。派手な水飛沫が大波となってプールサイドに襲いかかる。どこから出したか女三人は傘を広げてそれを防ぎ、玄鳥至と雀は頭から水をかぶって濡れ鼠になった。荒れた水面に大暑の姿はすでにない。


 続いて大雨、暑子が躊躇なく飛び込み、執拗に秋波を送ってきていた桐花もとうとうあきらめて先に行き、プールサイドには玄鳥至と雀だけが残された。


「――というわけで、天地視書に入る」

「先に言ってくださいよ! おれも入って大丈夫なんですか?」

「地上に降りるだけだから」

「どういうことですか? 人のように歩き回れるんですか?」

「幽霊みたいなものだ。建物もすり抜けられるし、水にも風にも乗れる」

「人には見えない?」

「もちろんだ。見えるようにしようと思えばできなくもないが、今回はしない」


 雀はなみなみと揺れる水を前に二の足を踏んだが、玄鳥至に腕を取られてあきらめた。


「行くぞ。いち、にの、さん――」


 どぼん、玄鳥至は無意識にもがく雀の腕を跡がつきそうなほどきつく握り、二人は(あぶく)に包まれながらプールの底に沈んでいった。





次回、いよいよ地上へ降り立ちます!

7月25日(火)更新です。

梅子の筆は見つかるのか? お楽しみに!



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