28、小満(その2)――ちょっぴり満足する
苦労して実ったものは美しい。
小満は表の道ではなく家の裏の小道を使った。雀は教育係に許可を得ると、先に立つ小満のもとへと駆け寄った。
「小満さま、どうして紅さんと蚕さんはみんなと同じ事をしなくていいんですか? 仕事はチームワークが大事だと思うのですが……」
小満はまるい人差し指を肉付きの良い顎にぴとりとあてた。
「うーんとね、雀くんはおカイコさまについて何か知ってるかな」
「たしか、飛べなかったような……」
「そうそう、成虫でも飛べないの。きちんと羽のある蛾なんだけど、体が重くてね。それだけじゃなくて、おカイコさまの成虫はね、何も食べられないし、水も飲めないの。そんなだから、せっかく成虫になっても数日で死んでしまうんだよね。力がないから木に止まっていることもできないし、誰かに守られないとその数日だって生きられない。長いこと人に飼われてきたから、野生として生きる能力を失っちゃったんだ」
「蚕さんもそうなんですか?」
「蚕ちゃんは暦だから、ちょっとならご飯を食べられるけど、カイコだった頃の名残でとっても体が弱くって、みんなと同じことはできないんだよ」
「暦なのに?」
「関係ないよ。誰一人同じ者はいないし、同じことをしなくてもいいの。決まりがあっても、無理して従って具合を悪くしてしまうならやめたほうがいい。そのかわり、他にできることを探さなくちゃいけないんだね。自分ができないこと、自分にしかできないことを、彼女はちゃんと心得てるの。それを紅ちゃんが助けて、あっちは二人三脚でうまくやってる。絹と紅花は相性がいいからね。で、あたしと麦ちゃんも大の仲良しなの。なぜだかわかる?」
雀がちょっと考えてから首を振ると、小満と麦は微笑み合って手を繋いだ。
「〈小満〉という言葉の語源はね、麦が無事に育ち色づき出してほっとするってところから来てるっていう説があるんだよ。ちょっぴり満足する、それが〈小満〉。……わかるなあ。だって、小麦畑って美しいもの」
気づけば一面に金色の海が広がっている。沖のように波打っては斜陽を弾く海のように輝いている。稲とは違い、空へ届かんと頭を上げる姿はいかにも夏らしい風景だ。
「幸せな気持ちになるよね」
微笑む小満の頬に金が差す。雀の顔にも笑みがこぼれた。
チュンチュン、バサバサ……。
「あっ!」
小麦畑から飛び出した数羽のスズメに、小満が鋭い声を上げる。
「麦ちゃん、テープ、テープ!」
「はい!」
麦がどこからともなく銀色のテープを取り出し、畑へ向かって放り投げた。それはひとりでにぐんぐん伸びて、あっという間に先が見えなくなった。
やれやれ困ったと小満は腕を組んだ。
「スズメがねえ、小麦を食べに来るのよ。十一年前に雀始巣が消えてからはもう無法地帯。とっても手を焼いてるんだよね。害虫駆除にはいいんだけど、小麦もかなり食べられちゃってねえ」
小満はすうっと表情を消した。
「スズメの姿焼きっておいしいらしいけど、どうなんだろう……」
「小満さま、どこから刈りますかー?」
蛙が畑に下りながら言う。「エッ」ミズルがつぶれたような声を漏らしたが、皆が無視した。
「手前からいこう。麦ちゃん、鎌は?」
いつの間に用意したのか、麦は元気いっぱいに両手の鎌を配り歩いた。
「さて、それじゃみんな、あたしがいいと言うまで、ひたすら小麦を刈り取ってね」
小満は厳しく付け加える。
「わからなければ、わかる者につきっきりで教えてもらうこと! 怪我をしないよう、じゅうぶんに注意してね!」
麦から教えてもらい、雀ははじめこそこわごわ鎌を扱っていたが、すぐに慣れて手伝いを楽しんだ。玄鳥至が小麦のひげで雀の首もとくすぐると雀は身を捩って逃れていった。
「鎌を使っている時にふざけるな!」
小満のげんこつが飛んできた。
次回は5月31日(水)更新です。
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