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つばめきたる  作者: 月島金魚
【夏】
22/93

20、楽しむ心(前編)



夏の宮のお城へご案内。





 夏の宮は春の宮と違い、館ひとつにすべてが収まっているわけではない。居住区となる城を中心として、敷地の至る所に各節気の仕事場が点在している。


 清涼な竹林の中を抜けると、急に視界が真っ黒に染まった。目の前を完璧に塞いでそびえ立つ巨大な漆黒の天守閣は、下界の某空を突き刺すツリーかそれ以上の高さを誇り、何階建てなのかは主の夏ですら見当もつかないと言う。


 玄鳥至(つばめきたる)(すずめ)は今、その城の中のはしごを上ったり下りたり、時たま梁に頭をぶつけたりしながら進んでいた。外よりは涼しいが、裸足がぺたぺたと板に貼りつく。


「つばきさん、温風至(あつかぜいたる)の方は何のご病気なんですか」

「俺たち暦に病などない」

「え? でも夏さまが……」


 夏とは城の入り口で別れてきたが、彼はその時珍しく真面目な顔をした。


「つばき、先に温風(あつかぜ)を見舞ってやってくれないか」

「そうしたいと思っていました。やはり今年も?」

「高熱を出して寝込んでいるよ。(れん)がついてくれているから心配はないが」


 心配ない、そう言いきった夏の何色ともつかぬ神秘的な瞳の奥に、玄鳥至は昔新年の宴の席で春が見せた懸念の色を見いだした。


 ――夏さまは、雀始巣(すずめはじめてすくう)の次は温風至とお考えか。


 暦に変動の時が来ている。それは今年の春に穀雨(こくう)から暦の歴史を聞かされて以来うすうす感じ取ってはいたのだが、そのたびに言い知れぬ不気味さがウジ虫のように湧いて出ては、玄鳥至の首すじを這う。


 またうなじのうぶ毛をぞわぞわさせていると、隣で雀がくすくす笑った。


「何が可笑しい」

「いや、つばきさんがそこまで汗を掻いてるの、はじめて見たなあって。ほら、おれも汗だくですよ。クーラーはないし、エレベーターもないなんてなあ」


 雀が天真爛漫な仕草で自分の額の汗を指差した。玄鳥至はまたひとすじ汗が首の後ろをすべり落ちるのを感じたが、嫌な感じはしなかった。


「エレベーターならある」

「えっ、あるんですか! じゃあなんで……」

「これでも最初からそっちに向かっている。場所が遠いんだ。運動を楽しめという夏さまのお考えで」

「……おれ、夏の宮じゃなくて心底良かった……」

「現代っ子め。だが同感だ」


 数名を除いた夏季の暦の寝所は城の上階にある。玄鳥至と雀はさらに奥へ奥へと進み、ようやっとたどり着いたエレベーターにぜいぜい言いながら乗り込んだ。


 木製の箱がギシギシガタガタ不穏にきしむ。速度はのろく、うっかりすれば眠ってしまいそうなくらいだが、いつ落ちるとも知れぬ振動が緊張感を保たせてくれる。


 さぞ怖い思いをしているだろうと隣を盗み見れば、雀は案外平気な顔でゆすられている。こちらの視線に気づくと、ちょっと顔を傾けて至極くだらない質問をした。


「つばきさんって、あんまり夏さまをお好きではないんですか?」

「面倒くさいだけだ」

「おれは、けっこう面白い人だなって思いましたけど……」

「なら、それでいいだろう。俺は合わない」

「はっきり言うなあ。みんな仲良く、って教わりませんでした?」

「仲良くしてるだろ」

「そうですけど……」


 チィン! 耳がイッとなる高音がして、およそスムーズとは言えぬ動きで扉が開く。


 まだ目的の階ではない。視線を上げると、ミルクティー色の短髪の少女が乗り込んできた。


 年は十七八。橙色の着物をミニ丈にして健康的な太ももがまぶしい少女は、夏虫色(なつむしいろ)の瞳をいたずらっぽくきらめかせた。


「やっほ、つばき。兄さんのお見舞いに行くって聞いたよ」

「ああ。お前も今からなのか、涼風(すずかぜ)


 少女――涼風至(すずかぜいたる)は秋季・立秋(りっしゅう)の初候で、温風至とは対になる。読んで字の如く、秋の入りに涼しい風を吹かせる役目を担っている。


「そうだよ。一緒に行ってもいい?」

「行く所が同じなのだから、断る理由がないな」

「またすぐそうやって、かわいげのないことを言う」


 涼風は半目になったが、すぐにぱっと表情を明るくして、人懐こく雀に近づいた。


「噂の雀始巣の候補生くん?」

「あ、はい、そうです」

「こんにちは、温風至の妹の涼風至です。ねえ、いつになったら秋の宮に来るの?」

「秋季に入ったらな」


 玄鳥至が横から奪うように答えると、涼風は水風船のようにぷっくり頬を膨らませた。


「なにも季節どおりに動かなくたっていいじゃない。先に挨拶だけ済ましちゃうとかさ。つばきって変なところで真面目なんだから」

「考えがあってのことだ」

「ふうん、どんな?」

「ツバメたちが去るまでは他のことに時間を割けん。当然だろう」

「まさか自分のため? しんっじらんないわ、この男! 君も大変な先輩についたねえ」

「うるさいな」


 玄鳥至が舌打ちで話を切り上げようとすると、「そんなことないですよ」と雀がくったくなく言った。


「おれはつばきさんに案内してもらうのが楽しいんです。つばきさんはこのとおりの人だから、けっこうおれの自由にさせてくれるし、困った時は真っ先に手を貸してくれるんですよ」


 チィン、扉の隙間をするりと抜けて、玄鳥至は誰よりも早く箱の外に出た。中にクーラーがないのは考えものだ。顔が火照って仕様がない。





次回は明日、更新します。

よろしくお願いします!



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