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つばめきたる  作者: 月島金魚
【夏】
21/93

19、おとしものさがし(後編)



春の宮同様、夏の宮にも問題が起きています。





「夏さま、先ほどから皆さんは何を探していらっしゃるんですか?」


「うん、梅子(うめこ)が――梅子黄(うめのみきばむ)のことなんだが――彼女が毎年、筆をなくしてしまうんだよ。それを夏の宮総出で探しているんだ」

「なくてはならない物なのですか?」

「唯一無二の大事な筆でね。君は梅子黄の仕事が何か知っているかな?」

「たしか……二十四節気・芒種【ぼうしゅ】の末候ですよね。おおよそ六月十六日から二十日頃までで、青い梅の実が黄色く色づく頃……実を熟させることがお仕事でしょうか」


 周囲からやわらかな拍手が起こった。はにかむ雀に夏は誰よりも大きな拍手を送った。


「すぐに答えられるとは、よく勉強しているね。つばきがひとつひとつを丁寧に教えたとは思えないのだが」

「失敬な」


 そう返しはしたが、これはたしかに雀の自主勉強の賜物だった。


「そう、ちょうど梅雨の時期だが、〈梅雨〉という字もこの候からついたとか。梅子の仕事は梅の実に色をつけること。筆はその仕事道具だが、梅子は毎年夏季に入った頃に、どこかで筆をなくしてしまう。それはこの夏の宮の中だったり、他宮に遊びに行った時だったり……最悪、下界に落としていたりするから困ったものだよ。去年と一昨年は下界でね、今年もおそらくそうなんだろう。こう続いては、もう最悪なんて言えないな」


「年々難易度が上がっているんだ」


 と、大暑(たいしょ)が赤ら顔に疲労の色を滲ませた。


「早く見つけて美味いビールにありつきたい」


 雀はまた疑問を抱いた。


「予備の筆は作らないのですか?」


 夏はキラリと目を光らせた。


「我々は、なくしたなら新しい物を使えばいい、という考えは好かないのだよ。君は葭始生(あしはじめてしょうず)の机を見たことがあるだろう」


 葭始生――春季、穀雨(こくう)の初候。拾ったおんぼろ傘を大事に修復し、天地視書(てんちししょ)として命を与えていた暦である。


 雀はかあっと赤くなって、早口にさえずった。


「その梅子さんって方は、ずいぶんおっちょこちょいですね。毎年落としてしまうなんて……。季節を動かすには予期せぬ事態がつきものなんでしょうけど。予期せぬっていうか、恒例行事になっていますよね。落とさない年はないんですか?」

「十一年前からなのだよ、彼女がそうなったのは」

「あれっ、けっこう最近なんですね」


 皆が意味ありげに目を見交わした。周囲の顔色に敏感な雀はそれに気づいたが、もう口に出すことはしなかった。


「夏さま」


 玄鳥至(つばめきたる)が手を挙げた。


「皆忙しいですし、俺たちは二人で夏季を見学させてもらいながら筆を探します。あまり邪魔にならないよう注意しますので」

「うん、そうしようか。実際、悠長に構えていられないんだ。もう梅子の任期に入ってしまっているからね。――皆、聞いてくれ!」


 夏の声に暑苦しいほどの熱がこもった。


「大事なことだから二度でも三度でも言うぞ。季節の移ろいとは思うようにいかないものだ。多少の遅れは許されているが、それに甘んじてよいものだろうか。否、わたしはそれをよしとしたくない。皆も重々承知のことと思うが、これは失敗すれば手痛いどころか、わたしが寝込みかねない最重要案件である。必ず五日以内に、梅子の筆を見つけ出そう! 皆が望むならば、涼しい所で!」


 おお! ――皆の活気が蘇った。夏の言葉で奮起したというよりも、言質をとったことに対する喜びだ。


 雀も瞳にやる気の炎を踊らせていた。


「さっきは『労働は遊び』なんておっしゃっていたけど、夏さまはやっぱりちゃんと考えておられるんですね。お役に立てるかはわからないけど、おれも一生懸命探します」

「いや」


 玄鳥至はしらけた顔を片手で扇いだ。


「あれはそんなたいそうな理由じゃない」

「と、言いますと?」

「ここ数年、夏の宮では完熟梅酒が流行っているんだ」

「え?」

「実が熟さないと、酒を造れないんだよ」


 雀の瞳が光を失った。





次回はできれば明日、無理そうなら明後日更新します。またぜひお越しくださいませ〜。



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