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つばめきたる  作者: 月島金魚
【春】
13/93

12、穀雨(その2)――サプライズとは



穀雨さま登場。実はとってもお茶目さん。





「つばきが新しい子をいじめてる」


 (すずめ)の後ろから舌足らずな声が転がってきて、玄鳥至(つばめきたる)は顔をしかめた。


 声の主が誰かはわかっている。驚いた雀が脇に退けば、まず黄緑色のハートのお団子頭が目に入った。五、六歳で、お稚児さんの格好をした娘である。薄いレモン色の瞳がじぃっとこちらを見上げていた。


「……(なえ)……」

「初日から新人いびりをしてる」

「違う。苗、話を……」

穀雨(こくう)さまあー!」

「ああ、くそっ!」


 パーッと駆け出す幼女の腕を捕らえ損ない、玄鳥至は盛大に舌打ちした。


「あいつは厄介だ。追うぞ!」


 そう言って給湯室を飛び出したが、一向に雀がついて来ない。やむなく急かしに戻ると、少年はうつむいて肩を震わせていた。


「ど、どうした?」


 飛び出す時にぶつかりでもしただろうか。雀の腕を掴んでその顔を覗き込む。雀は拒絶するようにそっぽを向いた――頬の愛らしいくぼみが玄鳥至の眼前にさらされた。


「いや……だって、つばきさんでもそんなふうに焦ったりするんだなって思ったら……すみません、だめだ、可笑しい……」


 玄鳥至はいよいよ大きく揺れ始めた体から手を放し、額を押さえて深々と息を吐いた。上がった口角を隠そうとは思わなかった。


「その笑顔を次の部屋の奴らに見せてやってくれ。今頃彼女が吹聴して回っているだろうからな」

「はい、わかりました。あんまりうまく笑えなかったらすみません」

「お前……いや、君……ええい! お前、けっこう言うよな」


 雀はわずかに動揺したが、情けなさそうに微笑んだ。


「そうですね……よく言われます。抑えなきゃって思うんですけど、なかなかできなくて。つい、ちょっときついことを言ってしまうんです。だからあんまり言葉にしないよう気をつけていて……」


 そこで雀はふっと穏やかな表情をした。


春分(しゅんぶん)さまの言葉には驚いたなあ。自然に生きなさい、って。おれ、なるべく感情を隠して生きてるから……」

「そうか? 俺はわかりやすいと思ったが」

「そんな感じがしてました。つばきさんには見抜かれていそうだなーって。でも、そんなことを言われたのははじめてだ。他の人に見抜かれたことはないんだけどな。なんとなく、おれもつばきさんは話しやすいです。こういうの、なんて言うんでしょうね。……相性? なんて。ははっ」


 ――君とぼくは相性がいいんだね。


「……そうだな。俺もそう思うよ」


 雀は驚き、タンポポがぽんと咲いたような、今日いちばんの笑顔を咲かせた。


「――なんだ、仲良くしているじゃないか」


 急に割り込んできた別の声に、雀は文字どおり飛び上がった。玄鳥至は相手に背を向けているのをいいことに、たいへん苦い顔をした。


 廊下に四十前半くらいの男――青緑の前髪が目を覆い隠しているため、年齢がわかりづらい――二十四節気、穀雨が腕組みをして立っている。


「苗、話が違うぞ」


 苗――霜止出苗(しもやみてなえいずる)は穀雨の後ろからひょっこり幼顔を覗かせた。


「あれえ? もしかして今の隙に雀ちゃんを買収――いったあーい!」

「見た目が幼いからと言って俺が容赦すると思うな」


 今度は逃がさず頭のハート団子をわし掴んで左右に揺すると、苗はキイキイ叫んで不届きな腕をひっかいた。


「はなしてぇ! ひどい、ひどいよぅ! うわあああん」


 見かねた雀が反対の腕に飛びついてきた。


「ストップ、つばきさん! こんな小さな女の子に、なんて大人気ない……」

「今後のためにも教えておく。相手の見た目に騙されるな」


 すると横から細い指が伸びてきて、苗を掴む腕にそっと触れた。


「まあまあ、その辺で」

牡丹(ぼたん)

「この子の髪を結うのはアタシなのよ」


 握り心地のよかったそれを放すと、苗はほつれてボサボサになったお団子をぶよぶよ揺らしながら、同僚・牡丹華(ぼたんはなさく)の薄い腹に泣きついた。


「牡丹ちゃーん、つばきったらひどいのぉ」

「はいはい、すぐにちゃんと結い直しましょうね」

「どうしてほたるや桐花(きりか)はこんな男を良いと言ってるのぉ?」

「やかましい」


 玄鳥至はぶつぶつ言い続ける苗には構わず、先ほどよりもこちらと距離をとっている穀雨に軽く頭を下げた。


「穀雨さま直々にお出迎えいただき、恐縮です」


 穀雨は目で表現できない分、口をぽっきりへの(、、)字に曲げた。


「俺もさっき、君に出迎えてもらった。攫われた、と言ってもいい」

「その節はたいへんお世話になりました。啓蟄(けいちつ)さまはもう業務に戻られましたか」

「君が新入りを連れてさっさと逃げ去ったからな。始末書に集中できて、さぞかし実りある時を過ごせたことだろう」


 そして、と穀雨は踵を返す。


「俺は啓蟄のように、天地視書(てんちししょ)を暦でもない者に触らせるつもりはない。案内は最低限だ。任期がすぐそこまで迫っている俺たちは一分一秒が惜しい。それをたかだか候補者のために、サプライズ歓迎会を開くなど……しかもこの俺に、くれぐれも新入りにはばれぬようにと何度も何度も……清明(せいめい)め、そんなのいちいち言われなくとも俺だって……」

「穀雨さま、言っちゃってます。お一人でサプライズしちゃってます」


 牡丹に言われ、穀雨はあっと口を開けたがすぐにへの(、、)字に戻し、決まり悪そうに朝剃ったはずの顎の新芽をなでた。


「まあ、その、とにかくだ。さっさとうちの部屋を案内して、清明に受け渡したい。べ、別に、そこから会場まで案内するのが清明だからではないぞ。つばきの属する部屋に戻るのは自然なことだろう」

「はい、はい!」


 これ以上ぼろを出されたらたまらないと、牡丹が手を叩く。


「さくっと案内しましょう。まずはお部屋へ。さあ雀くん、ついてきて」


 雀は非常に気まずそうであった。





明日また更新します。よろしくお願いします!



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