迷子の迷子の聖女様、魔王様がお探しです。
この世界には、魔王がいる。
冷酷で、残虐非道な魔王が。
しかしそれは、聖女という生け贄を捧げる事によってしばらくの間封印されていた。封印された魔王が再度復活すれば、魔王の塔に納められる聖女の指輪が瞬き、それをもって国の軍隊は聖女を探す旅に出る、らしい。
そして今、再び指輪は煌めいた。
***
そんな事とは露知らず、片田舎の農場で働く年頃の女の子が二人いた。一人は黒髪の地味な服装の女性、名前はレイチェル。もう一人は綺麗な赤毛の村一番の美女と名高い、ガーネット。二人は同い年の従姉妹であるが、基本的に積極的でおしゃべりなガーネットがレイチェルに色々指示を出している。大人しいレイチェルはガーネットがおしゃべりで手を止めている最中も、特に文句も言わずにせっせと働いていた。
「聖女様が生け贄とか言われているけどさ、本当は塔で至れり尽くせりの優雅な生活しているらしいよ。魔王の塔に勤めていたもう一人のおばあちゃんが、自慢気にいつも言ってるもん」
「へぇ。……えーと、でも確かガーネットのおばあちゃんって……」
痴呆症だった気が。そう思ったが、レイチェルは口を閉じた。
「今はボケちゃったけど、ボケる前から言ってたから間違いないって。ボケた今でも、とうに亡くなった聖女様の事を思い出すみたいで、年中聖女様~って言ってるし」
「……そうなんだ」
ガーネットは、その話を信じていた。そして、祖母の影響なのか、夢を見ていた。……いつか、自分が聖女になれる日を。祖母の話によれば、聖女様はまず働かないで良いらしい。美味しいものが食べ放題で、魔王と共にいるのであれば、実は塔からお忍びで街に遊びにまで行けるとの事。
魔王の塔は、流石に街中にはないものの、管理の問題から比較的王都に近い場所にある。流行り物が好きで、お洒落なガーネットは常々、自分が片田舎にいるのは勿体ないと考えていた。かたやレイチェルは、新しい場所に行くと必ず迷子になるという、ある意味天才的な能力が生まれた時から備わっている。王都に行くなど考えた事もなかった。
「あ~あ、そろそろお迎えに来てくれないかなぁ?手が荒れるから、働きたくない楽したい!!」
「ふふふ、ガーネットったら。人間、堅実が一番よ?私は、その……好きな人と結ばれるなら、ずっとここでのんびり生きていきたいなぁ。知らないところは苦手だし」
二人はそろそろ、結婚適齢期である18歳を迎えている。村の風習で、近くの村々から適齢期近くの若者を集めて、座談会が一年に四回開かれていた。……所謂、田舎の婚活会である。
前回からガーネットとレイチェルは参加していたのだが、ガーネットは一番人気だったのに対して「男性陣が芋くさい」と誰も選ばず、レイチェルは誠実そうな人を選んだが、その男性はガーネットを希望していた。
レイチェルは、またその男性が座談会に参加してくるのではないかとひっそりと期待している。一方のガーネットは、「こんな田舎よりも王都に行きたい」と言って、痴呆が進んだ為に近くの村に引っ越してきた祖母を訪ねては、何とか王都に行くためのツテを聞き出そうとしていた。
二人がそんなおしゃべりで盛り上がっていると、ブォー、ブォー、と聞き慣れない音が鳴り響いた。初めて聞くその音に、二人は固まる。
「……何だろう?今の音……」
レイチェルがそう言った時、村の壮年の男性が慌てて見張り台まで駆けるや否や、鐘を打ち鳴らした。
緊急時に鳴らせる鐘の音は基本的に、身体的に動けない者やその者の面倒を見る者以外は全員、村の中心にある広場へ集合する事が義務付けられている。火事や事故、レイチェルが迷子になる度響いた音だが、ここ最近はあまり鳴る事もなかった。レイチェルとガーネットが慌てて広場へと駆け付けると、そこには村人が皆呆けた様にひとつの軍団を囲み眺めていた。
「……あの人達は、何をしに来られたのですか?」
普段見る事のない仰々しい一団にレイチェルは恐怖を感じながら、先に駆け付けていた村人に尋ねる。
「さあ……?どうやら、若い女性を集めてあの指輪を嵌めているみたいなのだが」
「指輪??」
ガーネットが、弾かれた様に顔を輝かせる。
「もしかして……あれじゃない!?聖女の指輪!!」
「え?……本当に?」
ガーネットは一団の輪の中へと駆けて行ったが、レイチェルは足が進まなかった。平凡な自分が聖女である訳がないし、何より村の外……特に王都なんかは絶対に行きたくない。迷子になって、道端で途方に暮れる想像しか出来ないからだ。
けれども、そっと人混みに紛れて農場へ戻ろうとしたところでその一行の一番偉そうな人が大きな声でこう言った。
「この村の、まだ未婚の女性は全てこの指輪を嵌めるように。もし拒否する者がいれば、反逆罪とみなす」
たかが指輪を嵌めなかった事が反逆罪とされてはたまったものではない。
普段は温厚な王様が今回ばかりはどうしたのだろうかと首を傾げるものの、ただ単に嵌めるだけだから、と思い直したレイチェルは仕方なしに村の女性の列に並んだ。
「……あれ、聖女の指輪じゃないかもね。光らなかったわ」
ガーネットが肩を落として戻ってきたのを「もし聖女様が本当に生け贄だったのだとしたら、選ばれなくて良かったじゃない」と慰めつつ、レイチェルは「次」と言われてその細い指を差し出した。
まさか、その何の変哲もない、鈍い色をした指輪が黄金の輝きを発するとは思わずに。
***
「明日の早朝には出発する。家族に別れを告げておくように」
軍団長にそう言われたレイチェルは、うなだれながら帰宅した。
従姉妹のガーネットが、驚愕の表情を浮かべた後、レイチェルを激しく睨み付けた事が気掛かりだった。
それは、10歳の頃、村の男の子達による好きな女の子の人気投票をしていた時、レイチェルが一番を取ってしまった時の表情に良く似ている。
元々レイチェルとガーネットは、双子と言っても納得してしまうほどに顔が似通っていた。その時ガーネットは機嫌を損ね、以来レイチェルは極力目立ちにくい服装や野暮ったい髪形にして自らを凡庸な容姿から逸脱しないように常に気を配っていた。
家では、レイチェルにどう接していいのかわからないまま、家族が優しく迎えた。
もうそろそろ嫁に行くとは思っていたが、会おうと思えば会えるすぐ近くの村の誰かと娘が結ばれると思っていた両親は、レイチェルが聖女に選ばれたと知ってレイチェルと同じく沈んでいる。
「レイチェル……本当に嫌だったら、今日中に何とかして逃がしてやろうと思っているのだが」
憔悴したレイチェルを見かねて、その夜両親はそう提案した。けれども、レイチェルには馬や犬を率いた軍団にはどうあがいても逃げ切るのは無理な事がわかっていたし、そんな事をすれば自分も両親もタダで済むとは思えず、頷く事はなかった。
レイチェルが自分の部屋で数少ない荷物を鞄に詰めていると、コンコンと窓の方から音が鳴った。もう遅い時間だったので、レイチェルは慌てて窓の方へと向かい、そっと開ける。そこには、黒い髪をしたガーネットが立っていた。
「ガーネット。こんな時間にどうしたの?野犬もいるし、知らない人達も今日はいるから危ないでしょう?」
レイチェルがそう注意するのも構わず、ガーネットは窓枠に足を引っ掛けて室内へと入ってきた。
「レイチェル、私と替わってよ」
「……え?」
「ねえ、お願い。私、聖女になりたいの。レイチェルは、あの村の男と一緒になりたいって言ってたじゃない?私達が入れ替われば、何の問題もないわ」
「え、でも……」
もしそんな事をしてしまったら、問題にならないのか?レイチェルが考える暇も与えず、ガーネットは畳み掛けるように話す。
「これ、持ってきたのレイズの実よ。これで髪を染めれば、しばらく私と似たような色になる。私も今日はアムブスィの墨で黒く染めたから、一か月は戻らない。……ねえ、一生に一度のお願い!!私、こんな田舎で埋もれて生きていきたくない!!今すぐ替わって!!」
「万が一聖女様になって、もしガーネットが危ない目にあったら……」
「大丈夫よ!おばあちゃんが聖女は魔王に大事にされるって言ってたから」
ガーネットは、瞳を爛々と輝かせながらレイチェルの背中を押す。
「ほら早く!明日一日だけでいいから、私になって!!」
「でも……」
「……私の言う事が聞けないの?レイチェルの癖に生意気……」
ガーネットの双眸に怒りの色が浮かび、レイチェルはガーネットの説得を諦めた。言い出したら聞かないのがガーネットだ。
ガーネットは自分よりも社交的な性格をしているし、もしかしたら何事もなく聖女様として魔王と上手くやっていけるかもしれない。自分の部屋を追い出されたレイチェルはそう前向きに考え、暗闇の中をサイズの合わないガーネットの大きな靴を引っ掛けながら、何とかガーネットの部屋まで無事にたどり着く事が出来た。
レイチェルの野暮ったい服を着たガーネットは、女優さながらレイチェルの様にしおらしく、大人しく振舞う。
翌朝、まさか入れ替わったとは思わない一行にガーネットは馬車で恭しく連れられ村を後にした。ガーネットは馬車の中から村人に軽く手を振りながら、レイチェルの前を通り過ぎる時に得意げな顔をしていた。
しかし、魔王とは魔王と呼ばれるだけあって、本来残虐な性格をしている筈である。レイチェルはガーネットが心配でならなかった。
レイチェルは、今朝ガーネットの両親にレイズの実で髪を染めて貰い、前髪も切ってガーネットの髪型に近付け、ガーネットの服を借りていた。村人もレイチェルがガーネットになっているとは気付いていないが、それぞれの両親だけは当然気付いていた。
「レイチェル、うちの子が済まないね……」
ガーネットの両親は、ガーネットが強引にレイチェルの身代わりになった事を理解していた。祖母から聞いた話を当然両親にもしていたのだろう、ガーネットが聖女になる事を夢みていると知りつつも、まさか国軍を出し抜いてまで渇望しているとは思っていなかった為、困惑した様子であった。レイチェルは、そんなガーネットの両親に首を振る。
「ガーネットは、聖女になりたがっていましたから……ちょっと不安ですが、無事で楽しく暮らしてくれるなら良いです」
困った様に笑うレイチェルを見て、両親はホッとする。もし万が一国軍に入れ替わりがバレてしまっても、レイチェルの性格であればガーネットを悪し様に言う事はないと思ったからだ。
しかし、それから2ヶ月後。最悪な形で、村人達はガーネットと再び対面を果たすのだった。
***
「ガーネット!!」
ゴロンと転がされた首を見て、ガーネットの両親は悲鳴をあげた。
「嘘!嘘でしょう!?ガーネットおおお!!」
母親は半狂乱になりながら、その場に崩れ落ちている。
聖女を捜索に来た軍団は、再びレイチェルの村にやってきていた。
2ヶ月前にはいなかった、魔術師を連れて。
「これは聖女様ではないみたいですね?代わりの紛いモノが連れて来られて、魔王様は大層ご立腹です。……本物の聖女様はどちらですか?迷子にでもなりましたかね?」
にこりと微笑む様は優しいのに、何処か冷え冷えとしていて周りの村の者を凍らせた。
レイチェルの両親が、一歩前に出る。この魔術師は危険だと判断したからだ。このままだと、村人全員が罪に問われてしまいそうな程の危うさ。
「レイチェルは……本物の聖女は、隣村に、居を移しております。明後日、結婚式が行われるので……それまで隣村に慣れる様にと……」
「へえ?聖女様なのに、他の男に嫁ぐだって?君達、何考えてるの?この国滅ぼしたいの??」
「まさかそんなっ……!!」
青褪めて驚愕し、首を振る村人達に、魔術師は尚も言い募る。
「何の為に聖女の指輪があると思ってるの?何の為に聖女の指輪で聖女様を探し出していると思ってるの?聖女様に似た女なら代わりになれるとでも思った?そんなの、魔王が気付かない訳ないでしょ?殺されるに決まってるじゃない」
「あぁ……!!」
慟哭するガーネットの母親に、魔術師は冷たい視線を投げ掛けた。
「一家皆殺しにならなかっただけ、ありがたく思うんだね。……では、隣の村へ迷子の聖女様を探しに行きますか」
魔術師はそう言い捨てて、凍りつく村人に背を向けその場を去った。
村人の一人が、ガーネットだと思われていたレイチェルの嫁ぐ予定の村へと一団を案内する。
「この村で、明日結婚式をあげる予定のガーネットという女性は誰かな?」
集まった村人がなんだなんだと不思議そうな顔をしている中、ただ一人ガーネット……を装ったレイチェルは蒼白な顔をして震えていた。
「ガーネット、これは何事だい?何かあったのかな?」
旦那様になる予定だった男は、倒れそうなレイチェルを支えながら、震えるレイチェルをなだめるように背中をさすって聞いた。
「も、申し訳ございません……!!私、行かなくては……!!」
まるで死刑判決を受けたかの様にふらふらと一団の前へと進み出たレイチェルは、その場で平伏する。レイチェルの膝に砂利が当たり、皮膚を傷付け痛みが走った。
「貴女が聖女様かな?確かに、先に送られてきた娘に良く似ているかもね。でも、魔王様は誤魔化せないんだよ?」
にこにこしながらレイチェルの前に立った魔術師は、地面についていたレイチェルの手をそっと取ると、その指に聖女の指輪を嵌めこんだ。途端に指輪はまばゆい光を辺りに散らし、村人からどよめきが沸き上がる。
「うん、間違いなく君みたいだ。さあ、一緒に魔王の塔へ行こう。魔王様がお待ちだよ」
「あの……ガーネットは……私の、従姉妹なんです。騙す様な真似をしてすみませんでした」
「そうなんだ。紛いモノならもうご両親に返却したから、謝らないでいいよ。これからは、迷子にならずに着いてきてさえくれれば良い。君はただ、聖女様として魔王様の傍に居るだけでいいんだから、楽なものでしょう?」
「……」
愛するとまではまだいかないけれども、好意を寄せていた人に別れを告げる事が辛かった。しかも、結婚式の前日だ。
「ガーネット!!」
引き留めようとする男に、レイチェルは左右に顔を振った。そもそも、入れ替わったのが最初からいけなかったのだ。ガーネットに乞われても、この男性と穏やかに慎ましく過ごすという夢を見るべきではなかった。
「申し訳ございません……私はガーネットではなく、レイチェルです。ガーネットは村に戻った様なので、どうか……幸せにしてあげて下さい」
ガーネットが死んだ事を知らないレイチェルは、深く頭を下げて男にお願いする。男は最初面食らっていた様だったが、事態を把握すると「僕を騙していたのか!?」と激高した。
レイチェルがその罪深さに身を縮めていると、
「魔王様なら、入れ替わっても直ぐに気付きますよ。大丈夫、彼には貴女だけなのです」
そんな風に魔術師は事も無げに言った上で、
「貴女と従姉妹が同じに見えたのなら、その男にはその程度のものだったのでしょう」
と、むしろ鼻で嗤いながら付け加えた。
「さぁ、もう未練はないですかね?今度こそ貴女を魔王様にお届けしなくては、この国が危うい」
魔術師がそう問うと、レイチェルはこくりと頷く。
こうして今度こそ、レイチェルはその身柄を魔王の塔まで引き渡されたのである。
***
馬車に揺られながら、レイチェルは嵌められたままの聖女の指輪を眺めていた。それは嵌めた時は強烈に光り輝いたものの、今はぼんやりと光を纏う程度に収まっている。
「……何故、この指輪は私に反応してしまったのでしょう……」
それはレイチェルの独り言だったが、監視のためか同じ馬車に乗っていた魔術師は「そんなの簡単です。貴女が聖女様だからですよ」とはっきりきっぱり答えてくれた。
断言してくれたはいいが、レイチェルは自分が聖女であるという自覚が当然ない。何の能力も持たない、単なる村娘だ。生け贄を指輪が選ぶというのも不思議で、首を傾げた。
村から王都までは、1ヶ月かかる。
レイチェルはその間に、実は魔術師がこの国の皇太子であった事を知った。ついでに皇太子は、レイチェルが本当にあっという間に迷子になる能力の持ち主である事を知った。
「……何故、皇太子様ともあろうお方がこんな事を?」
レイチェルは不思議でならず、王子に問う。
「こんな事と貴女は言うけれどね、実際貴女を連れて行かないと我が国は大変な事になるんだよ。目覚めたばかりの魔王はまだ力が弱くて魔王の塔を出られないが、力が蘇ると同時に自ら聖女様を探しに行くんだ。その探し方がとんでもないからさ、害を被る前に聖女様を連れて行くのが我ら王族に課せられた仕事でもある。この国を滅ぼす位なら、多少無理矢理でも聖女様を連れて行くんだよ、私達は」
「そうでしたか……」
皇太子の話を聞いたレイチェルは、自分達の犯した行動がいかに愚かしい事だったのかを知った。ガーネットの祖母の話は本当かもしれないが、指輪が選んだ人でないと聖女たり得ない、という情報も本来であればガーネットの耳に入っていてもおかしくはない。
軟禁の様な状況なのに、それがそんなに良いものだろうか……?レイチェルはガーネットの考えがよくわからなかった。
「じゃあ私からも質問していいかな?……何で、宿のトイレを利用した後、真っ直ぐ部屋に戻れないのかな!?」
「す、すみません……子供の泣き声が聞こえた気がして」
「そう言うのは、私達に伝えてくれれば良いから。……全く、厄介な能力だよね、本当に」
レイチェルは肩をすくませた。
「……わぁ……凄い……!!」
綺麗に手入れされたグラーヴの花が咲き誇る広大な庭のちょうど中心に、魔王の塔はあった。
しかし、レイチェルは馬車の窓を開け放してやや前のめりになったまま、世界で一番好きな花に夢中になっている。
育てるのが非常に困難で、自生するのも場所が限られているグラーヴの花。開いた窓から香ってくる香りも甘く、魅惑的なものだ。
「夢中になるのも構いませんが、まずは魔王様にご挨拶を」
「は、はい。すみません……」
馬車を降りる際、皇太子が呆れた様にレイチェルに手をさしのべながら言う。そんなに子供のみたいにはしゃいでいる様に見えたのかと、レイチェルは赤面しながら俯き、差し出された手の意味がわからず戸惑った。
単なる村娘であるレイチェルは、馬車からエスコートされて降りる経験もなく、どうして良いのかわからない。
「手を」
言われて漸く、皇太子の手にそっと自らのそれを添える。
「……まぁ、この花は歴代の聖女が好きな花ですからね。当然貴女も好きなのでしょうが。……そう言えば、紛いモノは花には目もくれずに、魔王の塔の宝殿に案内しろと言いましたっけ……」
皇太子が意地悪く口の端をあげ皮肉を言ったのに対して、レイチェルは皇太子の話の前半部分に気を取られていた。
「歴代の聖女様が好きな花なのですか?……でも、何故私も好きなのが当然なのでしょう?」
「それは……」
『私の妻から離れろ、デクスター』
「?」
声ではない何かが脳裏に聞こえ、レイチェルは辺りを見回す。
「失礼致しました、魔王様」
皇太子はそう言うなり、エスコートしていたレイチェルの手を直ぐ様離し、レイチェルから距離を取った。
「もう入り口まで降りられる様になったのですね」
『お前達の仕事が遅いからな』
肩を竦める皇太子の視線は魔王の塔に向いており、その先には全身黒ずくめの人間?が立っている。レイチェルは慌ててその場でひれ伏した。
『こちらにおいで、我が妻よ』
先程の不機嫌そうな声はどこへやら、甘い響きを含んだ声で呼ばれたレイチェルは当惑する。
妻……妻というのは、自分の事なのだろうか?それが生け贄の意味するところだったのかと。
「どうやら今回は本物みたいですね」
皇太子はわざとらしく肩を竦めたが、その声色は明らかに安堵が含まれている。
「まぁ、ここに来るまでに散々『助けを求める声』によって迷子になっておりましたから、間違いなく聖女様だとは思いましたが」
『流石、何度生まれ変わっても聖女は聖女だ』
おずおずと歩み寄るレイチェルを、魔王様と呼ばれた男はさっと抱き上げ、その唇に口付けた。
「そう言うのは、部屋でして下さいよ」
皇太子が苦笑いしながら言うのを聞きながら、レイチェルは歴代の記憶を取り戻していた。
「……お久しぶりです、魔王様」
『名前で呼んでくれ、聖女よ』
「……シュトラール様」
『ああ、本当に久しいな。あなたの今世の名前は何か?』
「レイチェルです」
『レイチェル。……またあなたにぴったりな、可愛い名前だ』
「……ありがとう、ございます」
レイチェルは、恥ずかしくて、嬉しくて、懐かしくて……様々な感情が溢れ出るのを抑える為に、魔王の胸に顔を埋める。……過去に何度も嗅いだ、魔王の匂い。
『デクスター』
「わかってますよ、しばらく近寄りません」
『お前は、あいつの息子にしては気が利くな』
皇太子とその御一行は、魔王と聖女に一礼してその場を離れた。
聖女さえ見つかれば、魔王が暴れる事はない。聖女が生きている限り、魔王がその能力を人間に向けて害なす事はないのだ。聖女は、『助けを求める声』に敏感だから。
そしてまた、そんな『助けを求める声』に引きずられてほぼ迷子を繰り返す聖女も、魔王が傍にいる限りは安全なのだ。
聖女の指輪とは、魔王が愛する聖女に贈った、聖女の魂に反応する特別な指輪である。
今世の聖女であるレイチェルの指で、それは穏やかな光を放っていた。
お読み頂き、ありがとうございました。
従姉妹の事を知ったら絶対一悶着ありそうだなと思いつつ書き逃げっ ≡3≡3≡3




