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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
一章 私の知らない私

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9.元に戻る方法

 私は瀬尾蜜月。

 祖父がアフリカ系だったので濃い色の肌と癖のある髪とやたら高い背と大柄な体格以外は、ごくごく平凡な35歳の結婚も恋愛も諦めた、くたびれた事務員だったはずである。

 それがなぜか、椅子の背もたれに止まって、側に置いてもらった高さを合わせた台から、餌をついばむように晩御飯を食べている大鷲になってしまった。

 大鷲になれることは前回の経験でも知っていたけれど、戻るのがこんなに難しいとは思わなかった。前回は檻から転げ出る和己くんを抱っこするために自然と戻れたが、今回はどうすれば戻れるのか全然分からない。

 そのまま夕方になってしまったので、私は椅子の背もたれに大鷲のままで止まって、夕食に嘴を突っ込んで啄んでいる。はっきり言って、食べにくいし、顔にはシチューが付くし、飛び散るし、情けなくて涙が出そうだ。

 その上、大鷲は鳥の雛の和己くんにとっては天敵なので、怖がられてしまって、和己くんは大泣きして別の部屋でご飯を食べることになってしまった。佳さんとも和己くんとも仲良くなりたかったのに。

 呆れることなく、飛び散ったシチューを拭いてくれて、顔中についたシチューを拭ってくれる津さんには、もう頭があがらない。


「本当にすみません……」

「俺が巻き込んでその姿にしたんやし、元に戻す方法もちゃんと考えてなあかんかった。ごめんな」

「いえ、津さんのせいじゃないです」


 大鷲の姿なのにこんなにも良くしてくれる津さんを責めることはできない。1歳の和己くんですら、息をするようにできるのだから、元に戻る方法が簡単にあるはずだと津さんが考えてもおかしくないし、私だってこの姿になることを甘く見ていた。

 獣の姿にはなれたんだから、人間の姿に戻れないとは思わないじゃない?


「津さんて、呼んでくれてる」

「な、馴れ馴れしかったですか?」

「俺が呼んでて言うたのに、馴れ馴れしいとか言うわけないやん。親しくなれたみたいで嬉しいわぁ」


 夜臼さんだと、佳さんも同じなので、津さんと呼んでと言われてそのまま呼んでいたが、人前ではやっぱり夜臼さんにした方がいいのかもしれない。そうじゃないと、私が志築さんと津さんの仲を疑ったみたいになってしまう。


「もっと呼んで?」

「え?」

「蜜月さんが俺の名前呼ぶの、嬉しい」


 蕩けるような笑顔で言ってますけど、私、大鷲なんですけど!?

 羽根が綺麗だと褒められたし、津さんはもしかして、猛禽類フェチとかですか!?

 色々ツッコミたいところはあったけれど、食べるのが嘴では難しすぎて、いつまで経っても食事が終わらないので、必死で食べることに集中した。

 千切ってもらったパンは比較的啄みやすい。公園で小鳥がパンを貰って喜んで食べている理由が、なんとなく分かった気がする。


「シチューとパンとか、食べるんですね」

「普通にチャーハンとラーメンとかも食べるで」

「魚のあんかけとか、御造り三品盛とか、菜の花のお浸しとか、茶わん蒸しとか、マツタケの土瓶蒸しとか、そういうの食べてるイメージでした」

「なにそれ。蜜月さんの中で、俺のイメージどないになってるんや」


 純和風の美しく整ったお顔立ちだし、和服姿ばかりだったので、そういうイメージを持っていたが、この大きなお屋敷に住んでいながら、津さんの生活はごく普通のものだった。


「カレーも好きでよう作るで。蜜月さんは何カレーが好きや?」

「グリーンカレー、一時期はまってました」

「せやったら、今度作ったろ。中華も作るで。麻婆豆腐に、油淋鶏に、青椒肉絲に……」


 美形なだけでなく、津さんは料理上手でもあるようだ。

 イケメンはなんでもできるんですね。天はひとに二物を与えずって嘘だったんだわ。なんて人生の不平等について深く考えてしまう。


「蜜月さん、俺だけのもんになってくれへん?」


 それは、探偵事務所の専属の事務員になれということですか?

 他に仕事を探す余裕が今はないので、探偵事務所以外の仕事を持つつもりはない。志築さんはバーのママ、津さんは居合道場の師範代、佳さんは日本舞踊の先生と、本業を他に持っているようだが、獣の姿になったら人間の姿に戻れないような修行中の私が、そんな器用なことができるはずがない。


「大丈夫ですよ、探偵事務所の仕事だけにしますから」


 答えたところで後ろで「ぶふぉ」と佳さんが吹き出す声が聞こえた。首をくるりと回して振り返ると、ご飯を食べ終わって、服がどろどろの和己くんを抱っこして、佳さんが食器を下げに来たところだった。


「ロマンチックが空回りしてる……おかしすぎて腹筋がよじれるわ」

「何を言うか。俺は本気や」

「本気だからおかしいんだろう」


 佳さんの爆笑の理由は分からないが、佳さんが笑っているので、和己くんもお腹はいっぱいだし、ご機嫌が治って、私がいても泣かないようだ。もうちょっと仲良くなりたいけれど、このどでかい大鷲の姿では無理……いや、私、人間の姿でも非常にデカくなかったっけ?

 どちらかといえば佳さんも長身の部類に入るが、体付きがほっそりとしていて、私みたいに骨格からしてがっしりしていないので、細身で美しく見える。

 銀の混じる白い髪に青い目の佳さんは、なんの動物なのだろう。


「津と風呂に入るのはまずいから、私と和己と入ろうか」

「うぅ?」

「大丈夫だよ、和己。君を傷付けるものは、私が全て粉々にしてあげるからね」


 とっても物騒な言葉が聞こえた気がする。

 うっかりと和己くんに怪我でもさせたら、私は粉々にされてしまうようだ。気を付けなければいけない。


「ご迷惑をおかけします」

「全部無計画な兄のせいだろう。蜜月さんが気にすることはないよ」


 喋り方が中性的なこともあるが、顔立ちもすっきりとして整っている佳さんは、女性なのに格好いいという言葉がぴったりだった。

 大鷲、地面を歩くことを覚えた。

 今日の収穫は実感がわいたことだけでなく、鉤爪のある足でぴょんぴょんと飛びながら、床の上を移動できるのが分かったことだった。

 ご馳走様をして、和己くんを抱っこする佳さんの後ろをぴょんぴょんと飛んでついていく。羽根は広げると空気抵抗があるので小さく縮めて、尾羽でバランスをとるのがコツのようだ。

 女性同士だから気にしなくて良いと分かっていても、白い綺麗な体を晒して佳さんが脱いでいくのは、妙に艶めかしくて、どきどきしてしまう。


「んあっ! けー! けー!」

「和己も脱ごうね。蜜月さんは後で呼ぶから」

「はい、お願いします」


 万歳をしてロンパースを脱がされるのを待っている和己くんを脱がせて、佳さんが和己くんを洗っている間、私は脱衣所で待っていた。

 ほっそりしているかと思ったら、出るところは出ているのだから、羨ましい限りだ。私の人間の姿と言えば、胸は大きいが、尻も、太もももどっしりとしていて、肩幅もあって、身長も高すぎて。


「私、津さんよりも背が高いのか……」


 踵の高い靴は履かないようにしていたが、それでも津さんより私の方が背が高い。ツーリングに誘ってもらったが、ライダースーツを着たら、どちらが男性か分からなくなってしまうのではないだろうか。

 地味に落ち込んでいると、風呂場のガラス戸を開けて、佳さんが私を呼んだ。


「和己は湯船で遊んでいるから、シャワーで流すよ?」

「ありがとうございます」


 シチューに顔を突っ込んだし、色々飛び散ってもいたので、シャワーをかけてもらうと、汚れが落ちるようでほっとする。リラックスしていると、湯船の中でコップでお湯を組んでいた和己くんの姿が、見えなくなった。


「和己くん!?」


 15センチの深さでも幼児は溺れてしまうという。幼児期に怖いのは水の事故だと悲しい事件のニュースで言っていた。

 慌てて風呂の淵に飛び乗ると、和己くんが滑ったのか、水の中に沈んでいる。


「和己!」

「和己くん、しっかり!」


 ざばっと和己くんをお湯から抱き上げると、びっくりしたのか大声で泣き出す。

 良かった、息をしている。


「ありがとう、蜜月さん……戻れたな」

「え? きゃー!?」


 想像してみてください。

 目の前には銀の混じった白い髪に青い目の白い肌の若い全裸の美女、腕の中には泣き喚く1歳の男の子、そして、私は全裸の35歳人間女性。

 悲鳴を上げてしまっても仕方がないと思うのだが、佳さんは特に隠すこともなく、和己くんを受け取って、堂々と脱衣所に出て行った。

 美人は裸を見られても恥ずかしくもなんともないようです。

 女性同士なのに大鷲のときは気にしていなかったが、人間の姿の全裸を見られるのは、恥ずかしさがあった。

 体と髪を洗ってしまって、タオルドライでしばらく髪の水気をとろうとタオルを巻いて、パジャマ姿で部屋に戻ると、部屋の戸がノックされた。

 出て行くと、津さんが立っていた。


「戻れたんやて? どうやって戻ったんや?」

「和己くんがお風呂の中で滑って、沈んでしまったから、助けないとと思ったら、戻っていました」

「そうか……小さい子が危険な目に遭ってるのを、蜜月さんは見過ごせんのやな。やっぱり、優しい御人や」


 そこまで話してから、私は自分がよれよれのパジャマを着て、化粧も落としてしまって、髪にバスタオルを巻いているという、酷い姿であることに気付いてしまった。


「し、津さん、おやすみなさい!」


 慌てて戸を閉めて、鍵をかける。

 変な格好を、見られてしまった!

 佳さんが部屋には鍵をかけるように言った意味が、今更ながらに分かったのだった。

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