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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
後日談

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1.沈の場合

 夜臼(ゆうす)(じん)、8歳。

 結婚したい相手がいます。

 そのことを口に出すと、ほとんどの大人はおれのことを「ませてる」とか、「結婚の意味が分かってない」とか言うけれど、おれが結婚を本気で考えたのは、3歳のときからなのだ。

 おれの人生はそこそこに波乱万丈で、産まれてすぐに「ひとならざるもの」の日本の名家である夜臼の当主に売られそうになる。2歳になったら、「ひとならざるもの」を繁殖用に売り買いするブローカーに売られて、競売にかけられる。その後も、ブローカーの組織と戦ったり、実の父親を性的不能にしたりしたらしいのだが、怖いことはあまり覚えていない。

 幸いなことに、2歳のおれが必死に取り縋った相手は、志築(しづき)茉莉(まつり)さんといって、遠い親戚同士で婚姻を続けている、ほとんど純血の狼の一族だが、その群れから離れた美しい女性だった。

 緩やかに波打つ髪は青白く、目は透き通るような澄んだ青。

 あまりの美しさに幼いおれは、このひとならば自分を大事にしてくれるのではないかと、蝙蝠の本性でその胸にへばりついた。

 恐ろしい夜臼の当主の(しん)ちゃんも、その妹の(けい)ちゃんも、茉莉さんには敵わない。それは、津ちゃんと佳ちゃんが未成年で両親に捨てられるようにして夜臼の当主を押し付けられて、両親が海外に逃げたときに、茉莉さんが成人まで助けたというエピソードだけでなく、単純に茉莉さんという人物がとても精神的に芯の強いひとだからだ。

 おれの女神、茉莉さん。

 大好きな茉莉さんのために、おれは今日も三味線を弾いて歌う。


「茉莉さん、結婚してや!」

「三味線が上達したのね……指の皮が破れるまで練習したの。とても上手だわ」

「せやから、結婚してや!」

「沈さん、この国で男性が結婚できるのは18歳からよ」


 あと十年足りない。

 初めにプロポーズしたときは十五年足りなかったのが、十年になっているから、確かに進歩はあるのだが、それでも今まで生きて来た人生よりも長い時間を待たなければいけないなんて、おれは絶望的になってしまう。

 たった一人の運命のひと。

 「ひとならざるもの」は魂で結ばれた運命の相手がいるという話を信じているものが多い。

 夜臼の当主の津ちゃんは運命の相手の蜜月(みつき)さんという優しい女性と結婚して、陸斗(りくと)くんと空斗(そらと)くんという子どもまでいる。

 おれの小さい頃からの親友の篠田(しのだ)和己(かずみ)は、佳ちゃんの運命の相手だということで、夜臼の家で大事に育てられている。

 おれと和己は同じように売られそうになって、保護されて、おれが茉莉さん、和己が佳ちゃんに保護されたのに、どちらも大事にされているが、結婚に関してはあまりにも扱いが違い過ぎて、涙が出てきそうになる。

 三味線の稽古に毎週佳ちゃんのお教室に通っているのだが、そのときに休憩で和己と話すことがよくあった。和己とは保育園も一緒、保育園が終わってからの事務所のキッズスペースで遊ぶときも一緒、夜臼家に連れて来られたときに遊ぶのも一緒で、ずっと仲の良い親友同士だった。


「和己は佳ちゃんにプロポーズ、したんか?」

「しなくても、佳は、ぼくのこと、好きですよ」

「なんやそれ、羨ましい」


 縁側で二人並んでお茶を飲みながら話していると、ウッドデッキで遊んでいた空斗と陸斗が近寄って来る。空斗は濃い色の肌に癖のある髪で、津ちゃんのお嫁さんの蜜月さんにそっくりだ。陸斗は白い肌に黒い髪と黒い目で、津ちゃんにそっくりだった。


「じんちゃん、プロポーズ、またしっぱいしはったん?」

「うわっ! ストレートに言うてくれるな、陸斗くん」

「りくぅ、ほんとうのことがいちばんひとをきずつけるって、ほいくえんのせんせい、いってたよ?」

「空斗くんは、何気に、トドメ刺しよる」


 マイペースな双子におれはがっくりとうなだれてしまった。

 「ひとならざるもの」で、本性が蝙蝠というおれが、茉莉さんの結婚相手として歓迎されない事実は理解しているつもりだった。産まれたときから、おれは両親からも歓迎されなかったし、金づるとしか認識されていなかった。

 そんな中で、おれを尊重して、大事にして、愛して育ててくれたのは茉莉さんだ。三味線のお教室だって、「ひとならざるもの」が誘拐される事件が起きないとも限らないので、車で送り迎えしてくれている。

 小学校に入ってからは、事務所のキッズスペースに連れて行かれることが少なくなったが、それまで連れて行かれていた事務所とバーで、茉莉さんはとても忙しそうだった。バーのママをしながら、事務所も経営しているのだ、大変だっただろう。

 それなのに、小さなおれを文句も言わず、適当にも扱わず、丁寧に育ててくれた。

 トイレトレーニングに失敗しては落ち込んで蝙蝠になって胸にへばりつき、スプーンがうまく使えなくてはしょげ返って蝙蝠になるおれ。自分でも鬱陶しいくらい茉莉さんにへばりついていた記憶しかないが、その全てを茉莉さんは受け入れてくれていた。


「沈、茉莉さんは、はっきり断ったんです?」

「……日本で結婚できる年齢は18歳やて言われた」

「それって、18歳になったら結婚してくれるってことじゃないんですか?」


 後ろ向きなおれとは違って、和己はどこまでも前向きだ。

 言われてみればおれは、「結婚しない」とは一言も言われていなかった。


「おれは運命やて思うのに、茉莉さんは違うんやろか」

「ぼくは佳が運命だって分かってるし、佳も僕が運命だって分かってるけど、茉莉さんはどうなんでしょうね」


 他人にはものすごく気を遣って優しくしてくれる茉莉さんだが、自分のことはあまり話さない。一緒に暮らしているおれでも、多分茉莉さんの知らないことがいっぱいある。


「おれが蝙蝠やから、あかんのやろうか……」


 狼の群れで産まれて、その中で結婚をさせられそうになっていたという茉莉さん。群れからは離れたが、群れの次のリーダー候補として、茉莉さんの名前が上がっているらしいというのは、津ちゃんから聞いた。


「空くん、陸くん、おやつやで。沈も食べていくやろ?」

「津ちゃんはええなぁ。いつも幸せそうで」

「俺が幸せやて? 当然やろ。俺には蜜月さんていう、最高の伴侶がおって、可愛い空くんと陸くんていう子どももおるんや」

「津ちゃん!」


 惚気る津ちゃんにおれは真剣に聞いてみた。


「年上の女性を口説くコツは?」


 迫真のおれに、津ちゃんが真顔になる。


「とにかく、ストレートに、や。何事もストレートが一番!」

「津さんはそれで大失敗しましたからね」

「し、失敗してへん! 遠回りしただけや」


 和己に突っ込まれて、津ちゃんは苦い顔をしていた。おやつのカステラを食べて、お茶を飲んで、一息つく。その間に、津ちゃんの武勇伝が語られていた。


「愛してるて言い忘れたんやろ。何度も聞いたわ」

「大事なことや。愛してるて言うて、プロポーズは『結婚』の言葉を出さなあかん」

「そうしないと通じへん津ちゃんみたいには、なられへんわ」

「生意気なこと言いおって」


 ヤバい!

 思ったときには遅かった。

 津ちゃんのオーラに当てられて、おれは蝙蝠の本性に戻ってしまう。そのまま掴まれて投げられたおれに、なんでこんなところで能力を使うのか、着ていた着物がぱらぱらと地面に落ちた。


「沈さん、お稽古は終わったの……なんで、沈さんが脱がされてるの?」

「まつりしゃん……津ちゃんがむしった……」


 半泣きで着物をかき集めるおれに、茉莉さんは津ちゃんに冷ややかな目を向ける。こういうときの茉莉さんの迫力は凄い。

 おれのために怒ってくれる、おれの大事なひと。

 絶対におれのことを嫌いなはずはないのだと信じているが、その日もプロポーズの答えは誤魔化された。

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