20.春が来れば2年
7月生まれの双子が生後半年になった新年、保育園の入園手続きをして、私は仕事に復帰した。生後三か月は道場も事務所も休んでくれていた津さんも、三か月目には仕事のとき以外は手伝ってくれるが道場は再開して、私の仕事復帰と同時に事務所への仕事も復帰した。
休んでいた期間で、デスクの上には書類が積み上がり、最初に就職した日を彷彿とさせる惨状になっていた。
「もう少し休ませてあげたかったけど、これ以上は佳さんと二人では無理だわ」
「教授の残党もなんとかなったが、そこから出て来る情報で、売り払われた相手を探すのが大変で」
茉莉さんと佳さんでなんとか仕事を回してくれていて、教授の事件の事後処理に当たっていたようなのだが、まだまだやるべきことは山積みだった。人身売買組織を通じて売られた『ひとならざるもの』を元の生活に戻すために、海外との交渉も行いつつ、海外の犯罪捜査班とも協力しつつ、警察とも連携を取ってと、やることが多すぎる。
結果として、処理途中や、処理できなかった書類の山がデスクにできていた。早速書類に取り掛かると、茉莉さんが私のパソコンにこれまでの捜査のデータを送ってくれる。
「陸斗くんと空斗くんのお迎えは大丈夫?」
「津さんが行ってくれると言ってました」
今日は佳さんの出勤の日。和己くんと沈くんと同じ保育園に陸斗くんと空斗くんを預けているが、3歳になった和己くんと、4月には4歳の沈くんならば佳さんか茉莉さんが一緒に連れて帰ることが可能だったが、生後半年の双子となるとそうはいかない。
幸い、二人とも津さんが生後すぐからたくさん関わってくれていたので、お父さん大好きっ子に育っていたので、津さんのお迎えでも問題ない。保育園のためにミルクを多めにあげるようにしていたら、最近はほとんど母乳は欲しがらなくなったので、安心しつつも、母としてはちょっと寂しかった。
哺乳瓶でもしっかり飲めるようになったし、離乳食もそろそろ始めようと思っていた時期だったので、保育園ともよく相談して、ミルクと離乳食でほとんどの時間過ごせるようにはしていきたいと思っている。
「まーたん、けこん、ちて」
んん?
キッズスペースで遊んでいた沈くんが、玩具のお花を持って、茉莉さんの脚元に歩み寄ってきている。はっきりと言った言葉に、茉莉さんが可愛くて堪らないように眉を下げている。
「沈さんが大きくなっても、気持ちが変わらなかったらね。ありがとう」
「けこん、だめなの?」
「まだ沈さんには早いかしら」
3歳でお花を持ってプロポーズとか、なんておませさん。
可愛い光景に、動画を取っておけば良かったと後悔する私に、佳さんが苦笑している。
「毎日やってるから、毎日見られるぞ?」
「陸斗くんと空斗くんも、『おかあさんとけっこんする』とか言い出す日が来るんですかね」
「沈は、茉莉さんを母親と思ってないだろ」
「そうですけど、母親の夢じゃないですか」
話す私の隣りを抜けて、歩いてきた和己くんが、佳さんに笑いかけて、首を傾げる。
「けー、けこん、ちる?」
「うん、するよ。和己が大きくなったらね」
茉莉さんと対照的に、佳さんは即答でした。
最初から結婚するつもりで佳さんは和己くんを育てているのは知っていたが、和己くんも愛情をたっぷり受けて、佳さんと結婚する気でいるようだ。
3歳児って結婚が何か分かっているのだろうか。
保育園でおませな年上の子が、教えたりしているのだろうか。
いつか、陸斗くんと空斗くんも、そういう子に教えられて、誰かにこんな可愛いことを言うのだろうか。
4月が来れば私が『ひとならざるもの』として覚醒してから2年が経つことになるが、その間にたくさんのことがありすぎた。2年前の私は、自分が結婚して、双子の母親になるなんて、思ってもいなかっただろう。それも全部、津さんと私が出会って、私が津さんを好きになって、津さんも私のことを好きになってくれたおかげ。
山積みの書類の処理は大変だが、この事務所に就職したのも、良かったと思える。『ひとならざるもの』の大変さや、教授との対決で恐ろしい目に遭ったりもしたが、教授は今は海外で捕えられたままで犯罪捜査の手助けをしていると聞いていた。
犯罪に精通しているからこそ、できることがある。
大人しくいつまでも捕らわれてはいないだろうとは恐れているが、今のところは、『疫病』の影響が残っていて、完治しておらず、逃げ出すよりも専門の治療を受けながら捜査に協力した方が良いという構えのようだった。
出勤初日は、早めに仕事を上がらせてもらった。
夕方から夜までの勤務だったのだが、4時間で津さんの迎えが来た。電話で駐車場から呼ばれて、帰る支度をする。
「しばらくはこの時間の勤務でいいから。いてくれるだけでも助かるわ」
「ありがとうございます。佳さん、茉莉さん、お疲れ様です」
早めに出勤してきている佳さんには長期間迷惑をかけてしまったし、早く元の時間の勤務に戻りたいのだが、陸斗くんと空斗くんのことを考えると、長時間は家を空けていられない。
「子どもはすぐに大きくなるものよ。ずっと可愛いけど、かけがえのない小さい時期を大事に一緒に過ごすといいわ」
帰り際に茉莉さんがかけてくれた声に、一礼して、私は階段を駆け下りて行った。駐車場では、ベビーシートに陸斗くんと空斗くんを乗せた津さんが、車で待っていてくれる。
「お迎えありがとうございます。二人とも、どうでしたか?」
「離乳食は吐き出すし、お風呂ではおしっこ漏らすし、大変やったけど、まぁ、良い子や」
「離乳食、早かったでしょうか」
低体重で産まれているが、37週目に出産したので、成熟はしているはずだった。けれど、身体が若干小さいのは、どうしても仕方がない。
私と津さんの遺伝子を引き継いでいるなら、大きくなるだろうけれど、今はまだ小柄な部類に入って、離乳食も始めたばかりで、食べたがらないことが多い。
話をしながら、車を出そうとしたときに、茉莉さんから電話が入った。
『復帰して早々に申し訳ないけれど、事件よ』
事件と言われれば、私と津さんは動かざるを得ない。私が陸斗くん、津さんが空斗くんを抱っこして、事務所に戻ると、警察から連絡が入っていた。
「『ひとならざるもの』専門の病院から、入院患者が連れ去られたらしいの」
「どんな病気だったんですか?」
「妊婦さんよ」
茉莉さんの情報に津さんの眉間に皺が寄った。
陸斗くんと空斗くんをキッズスペースに寝かせて、茉莉さんのデスクに私が座る。後ろから茉莉さんがパソコンを見て、指示してくれるのに従う。
「使い方を今回ので覚えてもらったら助かるわ。津さんと佳さんは病院に行って、匂いで行く先を探って。遠くには連れ去られていないはずだから」
「私はどうすれば?」
「警察からの情報と、周辺の情報を津さんと佳さんに伝えるの。どうしても見つからなかったら、蜜月さんに飛んでもらうこともあるかもしれないけれど」
子どもたちがある程度大きくなるまでは、私は事務所からの支援を担当するようだ。覚えることは山ほどある。茉莉さんが手際よく、警察が病院で得た情報や、周辺の聞き込みの情報を津さんと佳さんに伝えていくのを、メモを取りながら見ておく。
「攫った人の目星はついてるんですか?」
「離婚してるって聞いてるから、元夫だと思うわ」
「入院してたってことは、流産するかもしれないんじゃ……」
「その危険性があるから、早く見つけないと」
茉莉さんの指示に従って、津さんと佳さんが匂いで犯人を辿っているようだった。犯人はやはり別れた元夫で、近くの車の中で籠城しているとのことだった。
「赤ちゃんのことを考えてと、訴えかけてみてください。こんな寒い中で身体も冷えるし、お腹の赤ちゃんに良いことなんてありません。父親としてやり直したいなら、何よりも赤ちゃんとお母さんの安全を考えるように」
『分かって、言うてみる』
「津さんなら、できます」
陸斗くんと空斗くんに慕われている良い父親の津さんならばできる。
信じて報告を待つこと数分。
元夫は車から妻を開放して、妻は無事に病院に戻されたという報告を受けた。ほっと息を吐いたところで、キッズスペースにいた空斗くんが泣きだして、それにつられて陸斗くんも泣きだす。和己くんと沈くんが撫でてくれているが、これはきっと、お腹が空いていて、眠くて、オムツまで濡れているかもしれない。
「蜜月さん、お疲れ様。手伝うわ、何をすればいい?」
「缶のミルクがあるから、開けて、哺乳瓶に移してもらっていいですか?」
「私が飲ませても大丈夫?」
「助かります」
抱っこされて陸斗くんは、いつもと違う様子に警戒しつつも、口に哺乳瓶の乳首を咥えさせられると、空腹には勝てずに飲んでいた。その間に空斗くんのオムツを替えて、私も哺乳瓶でミルクを飲ませる。
これからはこれが日常となるかもしれない。
それでも、教授がいた頃よりも沈くんと和己くんは自由に遊べるようになったし、少しずつだが私たちの努力の成果は出ている。
陸斗くんと空斗くんがもう少し大きくなって、小学校に通う頃には、誘拐の危険性などなく、安心して通学できるように。
親として、子どもの未来を考えるようになるなんて、2年前の私では予測もつかなかった。陸斗くんと空斗くんの一歳の誕生日には、二人も一緒で身内だけの結婚式を挙げることになっている。
私の知らない私と出会ってもうすぐ2年。
私は今日も新しい自分と出会い続けている。
これで「大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く」の本編は完結です。
引き続き後日談をお楽しみください。
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