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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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18.生まれ変わりがあるのか分からないけれど

 あれから四週間経って、教授は『疫病』に罹ったままで、海外の犯罪捜査班に渡されたと聞いた。組織の規模が大きすぎるので、日本の警察だけではどうにもならなかったのだ。

 治療を続けながら、取り調べに応じるという教授が、海外への移送で逃げ出さないか心配だったが、茉莉さんは落ち着いたものだった。


「逃げ出したら、また捕まえるだけ。私たちは絶対に獲物を逃さない」


 自信満々の茉莉さんを見ていると、教授が逃げ出してももう一度捕まえればいいだけかと思えてくる。安心はできないが、過度の心配をすることもない。教授は既に一度私たちに掴まっている。もう一度同じことをするのは、警戒されて難しいかもしれないが、手順が分かっている分教授が不利だろう。

 そういう意味で、二度と日本には仕掛けて来ないかもしれない。教授に二度と日本に来ない決意をさせただけでも、私たちの大勝利に間違いなかった。

 妊娠は8週目を過ぎてから、私の悪阻はそれなりに酷くなっていた。

 普通のご飯が食べられない。無理に食べても吐いてしまうので、そのときに食べられるものを少しずつ口にしているが、コーヒーの匂いでも吐きそうになってしまうので、事務所でも家でも、みんな配慮して、食べ物、飲み物を気を付けてくれていた。

 逆に、緑茶や梅昆布茶は平気なので、そちらを多めに飲むことにする。朝ご飯は和食だったが、お米の炊ける匂いが無理になってしまったので、和己くんと佳さんの分は別にして、津さんがパンを焼いたり、パンケーキを作ってくれたりするようになった。果物とパンケーキやパンなら、少しは食べられる。ミルクティーも平気だったので、最近はそういう食事ばかりになってしまった。

 お弁当箱を開けると、フルーツサンドが入っていて、沈くんにご飯を食べさせている茉莉さんが、「まぁ」と声を上げた。

 フルーツの形を利用して、断面が花になるように作ってあるフルーツサンドは、クリームの代わりに水切りヨーグルトを使ってあって、少しでも私が食べやすいように津さんが見た目まで工夫してくれていた。


「とても可愛いわね。美味しそう」

「津さんのおかげで、なんとか食べられてます」


 二人分お腹で育てなければいけないので、栄養補給は必須だが、悪阻のせいでかなり食は細くなっていた。それでも毎日食べられているのは、こうして津さんが工夫してくれるからだ。

 フルーツは大抵食べられるので、それを主流に献立を組んでくれている。


「出産予定日は分かったの?」

「大体37週から41週の間に生まれるのが正常らしいんですけど、多胎妊娠だから、状況によっては早く出産しないといけないかもしれないんです」

「赤ちゃんは順調なの?」

「特に問題がないっていうか、私、大きいじゃないですか? だから、双子でもある程度大きい子どもが産めるんじゃないかって言われてて」


 身長は180センチ、体付きも胸も腰も張っている私は、骨盤が日本人の女性よりも大きいようなのだ。体も大きいので、未熟児で非常に低体重で産まれてくることの多い双子だが、ある程度までお腹で育てられるのではないかと言われて、津さんと二人で大喜びをした。


「ずっと背が高いことも、日本人っぽくないこともコンプレックスだったけど、このためだったら、今では良かったと思ってます」

「赤ちゃん、楽しみね」

「あかたん?」

「そうよ、蜜月さんのお腹には赤ちゃんがいるの。沈さん、お兄ちゃんね」

「じぃ、おにたん。いこいこ、すゆ」


 手を伸ばして私のお腹を撫でてくれる沈くんが可愛い。

 ミルクティーとフルーツサンドのお弁当を食べたが、途中で気分が悪くなってしまって、全部は食べられなかった。それでも、少しは食べられたのでよしとする。

 無理をしないことは、津さんからも重々言われていた。

 運動はした方が良いので、津さんに送ってもらって歩いて通勤は続けているが、膝がかくかくとすることがある。骨盤が子宮が大きくなるのに伴って開くせいか、膝までそれが影響している気がするのだ。


「人間の骨って繋がってるんですね」

「そうね。お腹が大きくなって苦しくなってきたら、通勤も無理をしないのよ」

「最近、『無理をしない』ばかり言われている気がします」


 笑うと、茉莉さんも穏やかに微笑む。

 それにしても、妊娠するとこんなに眠くなるとは思わなかった。

 妊娠中の女性は、ホルモンバランスのせいで眠くなるのだと医師から説明は受けたが、とにかく眠い。出勤時間には根性で起きるのだが、朝はご飯を食べたら少し横になったり、昼も出勤時間まで寝てしまったり、体の変化に困ることがある。


「もう少ししたら悪阻も治まって来るだろうから、そしたら、食欲と睡眠欲との戦いと思うと怖いですよ」

「あまり体重をつけると産道が狭くなるから良くないっていうものね」

「あかたん、いちゅ?」

「夏に産まれてくるかなってお医者さんは言ってたの。津さんのお誕生日近くになるかもしれないって」


 沈くんに説明すると「なちゅ」と真剣に考えていた。産まれてからまだ二回しか夏を体験したことがない沈くんにしてみれば、夏がよく分からなかったのかもしれない。


「春には沈さんも3歳ね。3歳になって、しばらくしたら夏が来るわ」

「みっちゅ」

「そうよ、沈さん、お喋りが上手になって」


 たくさん喋って、歌って、食べて、元気いっぱいの和己くんと違って、沈くんはどちらかというと控えめで、食べるのも、喋るのも遅めだ。誕生月が4月と1月と離れているし、和己くんの方が肉付きは良いが背は低いのだが、沈くんの方が背は高くても幼く見えることが多い。

 大きな声を出すこともなく、泣くときも大粒の涙をほろほろと零すだけの沈くんは、自分の声が凶器になることをこの年で自覚していた。


「教授を捕まえられたのも、志築明人を捕まえられたのも、沈くんのおかげですよね」

「この年からこんなに有能で困っちゃうわね」


 有能で役に立つことは分かっていても、茉莉さんはこんなに小さな沈くんを事務所のために働かせるようなことは考えない。小学校に入る年になったら、津さんは沈くんを自分の道場に通わせようと思っているようだが、それに対してもあまりいい感情は抱いていないようだった。

 いくら夜臼の親戚だとしても、沈くんは平和に育って欲しい。茉莉さんの願いは、お腹に赤ん坊のいる私にはとてもよく分かった。

 お腹の中にいる赤ん坊は確かに夜臼の子どもなのだが、厳しい修行を幼い頃からさせられるというのは、あまり賛成できなかった。子ども自身が望んでするのならば構わないけれど、沈くんのように臆病な子どもは、道場に通うのは向いていない気がする。


「沈くん、三味線が好きでしたよね」

「えぇ、今もDVDを見て、弾いてる真似をするわよ」

「居合道場じゃなくて、佳さんの方の日本舞踊の教室に通うわけにはいかないんですか?」


 そこで三味線を教えてもらうのは、居合道場に通わされるよりも沈くんに似合う気がする。提案してみると、茉莉さんも乗り気だった。


「どうしても居合道場に通わないといけないとしても、日にちは減らしてもらって、三味線の練習がたくさんできるようにしてもらったら良いわね。おしゃみ、好きでしょ?」

「おちゃみ、すち」


 茶色のお目目を輝かせて、撥を持っているような手つきをする沈くんは、三味線に魅せられているようだった。

 私のお腹にいる赤ん坊も、こうやって自分のしたいことを掴んで行けるのだろうか。性別は分からないが、津さんは陸くんと空くんがお腹に来てくれたと信じているので、男の子だと思っている。

 生まれ変わりはあるのか分からないけれど、私もこの子たちが陸くんと空くんならば良いと思っていた。

 お腹の中で順調に育つ双子の赤ん坊。

 予想外に妊娠が早かったので、結婚式は落ち着いてからでも構わないということになって、産まれる日を楽しみに、私は幸福の中にいた。


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