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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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17.教授のその後

 妊娠初期なので胎児の性別は分からない。ある程度大きくなれば超音波検査で分かることもあるのだが、へその緒が男児の性器っぽく見えたり、角度によってはよく見えなかったりして、胎児の性別をはっきりと医師が告げることはほとんどないらしい。

 どちらでも可愛いと思うのだが、津さんは陸くんと空くんのイメージから、男の子だと思い込んでいるようだった。


「双子やから、なんでも二人分必要やんな」

「まだ安定期にも入ってないですからね?」

「本性はなんやろな。夜臼(うち)は色々混じってるから、意外なのが産まれても、おかしないけど、蜜月さん平気か?」

「どんな子でも大丈夫ですよ。一般の人間だったら、ちょっと、寂しいかもしれないですけど」


 産まれる赤ん坊が確実に『ひとならざるもの』であるわけではないというのは、健診で医師からも言われていた。その場合には、私が生きる年月と、赤ん坊が生きる年月が離れてしまう。

 例え一般の人間として生まれても、同じように愛情をかけるし、精一杯にその人生を生きてくれたら良いとは思うのだが、産まれたときから私の方が寿命が長いことがほぼ確定しているというのは悲しくもあった。


「俺たちは間違ったらあかん」

「そうですね。教授のお兄さんは、人間として生きたけど、それが不幸だったなんて誰にも決められない。私は生まれた赤ちゃんが人間でも、大事に育てます」


 自分の兄が力の強い種類ではなかったから、捨てられて人間として育てられ、人間として一生を終えた。兄を捨てた一族が悪いのに、それを世界の仕組みのせいと逆恨みして、教授は人身売買の組織を作り、世界中にネットワークを張り巡らせて、『ひとならざるもの』が大量に産まれ、世界を支配するようにしようとした。

 教授の逮捕で企みは潰えたはずなのだが、出勤して行った事務所で、茉莉さんは難しい表情をしていた。


「教授の件はどうなりましたか? 新しい情報が入りました?」

「海外の組織まで一気に潰してしまおうと情報を吐かせているみたいなのだけれど、その見返りに、自分の『疫病』を治す血清を要求しているのよね」

「血清って、簡単に作れるものですか?」


 普通の病気ではなくて、沈くんの『疫病』の能力で罹った病気だ。簡単に血清ができるとは考えられない。志築明人のときは、沈くんの血液から血清を作ると言っていたから、沈くんの協力が必要になるのだろう。


「やぁや……」

「嫌よね。沈さんがあんな男のために傷付けられるのは、私も嫌よ」

「まー……やぁや」


 ぐすぐすと泣き声が聞こえるのは、沈くんが蝙蝠の姿で茉莉さんの胸に張り付いているからだった。涙に濡れる小さな蝙蝠の顔に、茉莉さんかキスをする。

 予防接種だって子どもは嫌がるものだ。それが、自分たちを困らせていた相手のために血を提供するなんて、嫌に決まっている。


「注射くらいで泣くなや。まぁ、あいつのために採血するんが嫌なんは、分かる気がするけど」

「ちんた、ちやい……」

「なんやて?」


 一緒に来ていた津さんが、沈くんに嫌いと言われて眉間に皺を寄せる。威嚇するように怖い顔をした津さんに、沈くんはますます涙が止まらなくなってしまった。

 泣いている沈くんを宥める茉莉さんは、大人げない津さんの行動にお怒りだった。


「津さん、子どもに嫌われるわよ?」

「いや、あの……」

「泣いてる子どもに、泣くなと言っても無理なのよ。泣きたくて泣いているわけではないんだから。ね、沈さん」

「まー……」


 洟を啜って涙を零す沈くんは、本当に採血を怖がっているようだった。


「人身売買組織の後始末が終わったら、この事務所はどうなるんですか?」


 主に取り扱っていたのが教授絡みの事件ばかりだったが、それ以外にも人間に紛れて暮らす『ひとならざるもの』が無理やり『お見合い』に巻き込まれたり、攫われたりすることが今後ないとは限らない。

 事務所自体は続けるのだろうが、仕事内容が変わるのかと問いかけると、茉莉さんは苦い表情になる。


「教授が言っていた台詞を覚えている? 『声帯模写』の能力を持つ鳥類の子どもを探して、犯罪に使おうとしている組織があるって」


 攫われた鳥類の子どもたちは声紋まで全く同じにする『声帯模写』の能力は持っていなかったが、そういう能力を犯罪に使おうとする組織があることを、今回の事件で把握した。それ以外にも『ひとならざるもの』の多様な能力は犯罪にはうってつけのものもあるだろう。

 そういう組織もまた、この事務所の敵となりうる。


「まずは教授の組織の残党狩りだけど、大規模な組織が潰れるだけで、今後も人身売買の組織は大なり小なり出て来ると思うわ。教授の組織が大規模だったからそれに隠れていただけで、既に動き出しているかもしれない」

「油断は禁物ってことですね」

「だから、産休育休はたっぷりとってくれて構わないのだけれど、蜜月さんには、妊娠出産が落ち着いたら、またこの事務所に戻って来て欲しいと思っているわ」


 どうやら私は子どもを産んでも無職にならずには済んだようです。


「専業主婦でも構わへんのやけど」

「双子だから育てるのは大変だと思いますけど、働ける限りは私も働きたいし、沈くんや和己くんやお腹の赤ちゃんに、よりよい未来を作ってあげたいです」


 『ひとならざるもの』が平和に暮らせる社会。

 支配するのではなくて、人間と共に生きられる社会を守るために、この探偵事務所はまだまだ必要に違いなかった。


「それで、茉莉さんにお願いがあったんです」

「せやった。茉莉さん、赤さんが産まれたら、俺も育休を取ってええか?」


 これは津さんと二人で話し合って決めたことだった。

 赤ん坊の世話は一人でも大変だ。それが二人一度に産まれてくるのだから、和己くんで1歳児のお世話は分かっているにしても、新生児が初めての私一人では荷が重い。

 男性も育児休暇を取る時代になっているのだと津さんも納得してくれたし、道場の方は在宅なので続けるとして、事務所の方は休ませてもらおうと茉莉さんに願い出た。


「もちろん、育児休暇は認めるわよ。夫婦二人でも双子は大変だと思うから、私も何か手伝えることがあれば、いつでも呼んで?」

「ありがとうございます」


 理解ある上司に恵まれてありがたいと感謝せずにはいられなかった。

 それだけではなく、茉莉さんは私が産休の間も、津さんが休むことを進めてくれた。


「双子だから入院するかもしれないし、帝王切開だったら準備も必要だし、何より二人お腹に入ってる状態で細々とした家のことをするのも大変よ。蜜月さんが安心して出産できるように、蜜月さんの産休と同時に津さんも休みをとりなさい」

「そう言ってもらえるとありがたいわ。道場の方も生徒さんに話をして、週に何度かにさせてもらおうて思うてるし」


 手厚い待遇をしてくれる茉莉さんには感謝しかないのだが、それで事務所が回って行くのか、少し心配だった。私が事務所に就職したときには、茉莉さんと津さんと佳さんの三人とも本業を持ったうえで事務所で働いていたので、書類はデスクの上に山積みになっているし、記入漏れが大量にあったし、事務所が完全に機能していたとは言えない状態だった。


「佳さんと二人で大丈夫ですか?」

「蜜月さんと津さんが戻ってきたらこき使っちゃうかもしれないけど、休んでる間はなんとか頑張るわ。蜜月さんには安心して子どもを産んで、育てて欲しいの」

「申し訳ないです……」

「そんな風に考えないで。佳さんだって、いつかは子どもを産むかもしれないし、私だって、縁は全くないけれど、そういうことがあるかもしれない。そのときには、蜜月さんと津さんにお世話になるんだから、お互い様よ」


 そう言ってもらえると、申し訳なさが消えて、心が軽くなるようだった。

 結局、沈くんは泣きながら採血を断固拒否して、教授は『ひとならざるもの』専門の医師から『疫病』の治療を受けながら、事情聴取が続けられることになった。

 治ってしまったら逃げられるかもしれないからそれでいいと、茉莉さんも判断したようだった。

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