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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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15.私は鳥

『声紋まで完璧に複写できる「声帯模写」の能力者を探していたんだけどね。他の犯罪組織が、声帯で管理できる金庫を開けるときに使いたいと言っていて』


 どれも外れだったと語る教授は、私たちを閉じ込めている場所も、教授の声帯でないと開かないのだと茉莉さんと佳さんに告げた。ようやく突き止めた教授の本体。

 ここで捕まえてしまわなければ、今度は見破られるようなことを恐れて、もっと警戒してくるだろう。二度とないチャンスかもしれないのに、教授を目の前にして、佳さんと茉莉さんは諦めなければいけない事態に陥っていた。

 それも私と津さんが冷凍室に囚われてしまったせいで。


「蜜月さん、ええから、はよあったかく……」

「津さん、私、できるような気がします」

「は?」

「妊娠してるのは多分そうですけど、子どものいる大鷲だからこそ、できることがある気がするんです」


 無理やりにマフラーと手袋を津さんに押し付けて、私は大鷲の姿になっていた。上空も飛ぶ大鷲は鳥類の中でも大型だし、寒さにもそれなりに強い。一人分の屋根のない壁だけのかまくらに津さんを押し込めて、私はもふりとその上に身体を乗せた。

 胸の羽根を少し広げてスペースを作って、もふもふと羽根を押し付けながら、狭いかまくらの中に膝を抱えて座る津さんの上で角度を調整する。


「津さん、横になって」

「へ? は、はい?」

「手足はできるだけ隠してくださいね」


 横になって膝を抱える津さんの上に乗った私は、自分に言い聞かせた。

 これは卵。私の大事な卵。暖めなければ死んでしまう。

 鳥類は卵を産んで抱卵をする。冷えた卵は死んでしまうから、複数卵があるときには位置を変え、角度を変えながら、念入りに卵を抱いて暖める。

 私も津さんの体温で暖かいし、津さんも凍えることのない方法。

 必死に考えた結果がこれだった。


「蜜月さん、寒くないか?」

「平気です。津さんは?」

「俺もあったかい……蜜月さんはすごいな」


 情けない格好だけど、二人で限界まで考えてこうなったのだ。抱き締め合うよりも効率の良い暖の取り方。

 モニターでは教授が恍惚として話し続けている。


『はやくしないと、二人は死んでしまうかもしれないよ。もう死んだかな? 凍った二人の亡骸を持って帰りたくないだろう?』

『先に二人を開放しろ!』

『僕の安全が確保されてからじゃないと無理だなぁ』

『声帯を使うのでしょう。あなたを逃がした後に、どうやって二人を開放するの?』


 今にも飛びかからん様子で詰め寄る佳さんを抑えて、茉莉さんが冷静に具体的な方法を聞いてくる。この冷凍室のロックが声帯でしか解除できないのであれば、遠くに教授が逃げてしまえば、私たちはこのまま放っておかれることになってしまう。

 なんとか寒さはしのいでいるが、それも長時間はもたないだろう。


「佳はここの扉は壊せへんのやろか……」

「どうなんでしょう……」


 佳さんの怪力を以てすれば壊せるのかもしれないと期待したが、それも教授の言葉で崩された。


『ここには「結界」を張っているから、「怪力」でも無理だよ。僕がここを出てから、充分に離れられたら、このタブレット端末に「開けゴマ(オープンザセサミ)」と声を送る。それで二人は解放される』


 悪い取り引きじゃないだろう?

 モニターで教授が愉悦の表情を浮かべているのが憎々しい。

 子どもたちは駆け付けた警察官に引き渡されていくが、教授に近付こうとする警察官を、茉莉さんが止めているのが見えた。


『交渉に応じましょう』

『茉莉さん!?』

『蜜月さんと津さんの命には代えられないわ。あなたの言うとおりにします』


 勝ち誇った顔で教授がタブレット端末を茉莉さんに渡そうとした瞬間、モニター画面に小さな茶色の物体が映った。それは素早く教授の手を噛んで、茉莉さんの胸に逃げていく。


『沈さん!? 車に紛れ込んでいたの!? いけないわ……このひとの声がないと』

『ひらけ、ごま』


 はっきりと聞こえた声は、教授のものと全く同じだった。ただし、教授は驚いた表情のまま、口も開いていない。

 音も立てずに、冷凍室の扉がスライドして開く。寒さで体が固まってすぐには動けない私と津さんを、入って来た佳さんが俵担ぎにして、温かな部屋の中に出してくれた。人間の姿に戻った私は、佳さんに深々と頭を下げる。

 佳さんの頭には、小鳥の姿の和己くんがいた。


「『声帯模写』……うそ……できる、こが、こんなところ、に……」


 沈くんの『疫病』を受けて、泡を吹いている教授の前で、和己くんが誇らしげな顔で佳さんの頭の上で「ちよっ!」と鳴く。教授が探していた『声帯模写』の能力者は、和己くんだったようだ。


「蜜月さん、津、無事か?」

「蜜月さんのおかげで無事や。足の指がちょっと痺れてるけど」

「あ、暖めないと」

「ちょっとだけやから平気や」


 津さんの足の指が欠けてしまったら、私は後悔してもしきれない。涙が出そうになる私を津さんが抱き締めてくれる。


「お母さんは強かったってことやな」

「ちょっと……いき、できな……たすけて……」


 床でのたうつ教授は、沈くんの『疫病』の能力で、泡を吹いている。大ごとだと察した沈くんと和己くんは、車に乗り込む茉莉さんのコートのポケットと、佳さんの編んだ髪の中に隠れていたようなのだ。本性だと小さいので、二人とも慌てていたし、気付かなかったという。


「私たちを守りに来てくれたのね……」

「いつか、沈くんが大きくなったら、事務所の有能な一員になりそうですよね」

「和己もさすがだったな」

「けー、じょぶ?」

「私は大丈夫だぞ」

「おねがい、たすけ、て……」


 ひゅーひゅーと喉を鳴らして、胸を掻き毟って、苦しそうに息をしている教授は、担架で警察の護衛のついた救急車で運ばれて行った。

 『疫病』にかかったままならば、逃げ出すことも難しいだろう。

 ひと段落したのだと思うと、全身の力が抜ける。へなへなとその場に座り込みそうになった私を、津さんがしっかりと支えてくれた。


「終わり、ましたか?」

「まだ組織の残党は残ってるし、捕まえなあかんやろうけど、頭はもぎとったってところやな」

「沈くんも、和己くんも、保育園に行けますか?」

「行けるやろな。蜜月さんのおかげや」


 労われて、涙が零れてしまった。

 ずっと追いかけていた教授があっさりと捕まりすぎた気はするが、それも津さんと佳さんと茉莉さんの協力があって、双子が導いてくれて、私が教授の居場所を見通せたおかげで、確かに私たちの勝利に違いなかった。

 うっかりと冷凍室に閉じ込められて、逃がしそうになってしまったけれど、それも和己くんと沈くんのおかげで、捕えることができた。


「和己くんと沈くんは、自分たちで自分の権利を守ったのね」

「こんな危ないことをもうしてはダメよ。本当に助かったけれど」

「まー……ごめしゃい」


 胸に張り付く蝙蝠の姿のまま反省する沈くんに、茉莉さんも優しく微笑んでいた。

 教授が吐く情報から、残党も近いうちに捕まえられるだろう。

 携帯電話が鳴って、茉莉さんが何か通話している。警察からの連絡のようだった。


「海外の組織の情報も引き出すために、海外で犯罪組織を追っていた国際警察の『ひとならざるもの』専門課も動き出すって話だったわ」

「教授が夢見た『ひとならざるもの』の支配する世界は、これで泡と消えるんですね」


 ほっと胸を撫で下ろしていると、佳さんに真っすぐに問いかけられた。


「お腹の赤ん坊は無事か?」

「け、佳さんも気付いてたんですか!?」

「虎は獲物の心音を聞き逃さない。蜜月さんに変化があったのも、気付いていたよ」


 隠しているつもりでも、私が妊娠していたことは、佳さんにも茉莉さんにも津さんにも分かっていたのだ。隠し通せると思っていたのは私だけ。

 こんなことならば、信頼して最初から話しておけばよかったと後悔する。


「平気だと思います。教授の居場所を突き止めようとしたときに、陸くんと空くんも手伝ってくれたんです」

「そうか……あの二人、お母ちゃんにちゃんと孝行したんやな」

「冷凍室で、津さんを失いたくなかった……この子たちのお父さんは、津さんだけですから」


 自分を犠牲にしてでも私を守ろうとしてくれた津さん。その優しさは嬉しかったが、自分が誰かにとって不可欠であるということを、常に忘れてほしくはなかった。

 手を取って真剣に告げると、津さんが困ったように笑み崩れる。


「どないしよ……嬉しくて死にそうや。蜜月さん、俺もついていくから、明日、病院に行こうな?」


 津さんに促されて、私の返事は「はい」以外になかった。


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