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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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14.二人きりの冷凍室

 身を寄せ合っても寒さで震えが止まらない。狭い部屋の中が何度なのか分からないが、鼻の中も、睫毛も凍っているのだけは確かだ。あまりの寒さに気が遠くなるのを、津さんが何度も呼び戻してくれる。


「蜜月さん、寝たらダメや」

「は、はい……寝ません」

「これ、着て」

「ダメです、津さんが凍えてしまいます」


 着ていた羽織を脱いで着せようとする津さんには、強固に辞退する。思いやりは嬉しいが、その一枚を脱いでしまっただけで、津さんが凍え死んでしまったらどうしようもない。

 雪も降らない日の普通の冬のお出かけの格好で来た私と津さんは、冷たい冷凍室の中で震えていた。


 こうなるまでに、様々なことがあった。

 教授の借りているコテージの位置は、簡単に衛星写真で見る地図に写っていた。


「ここです、間違いないです」


 車に乗り込む前に茉莉さんのノートパソコンで場所を確かめた私に、茉莉さんは素早く私たちの携帯電話に位置情報を送ってくれる。茉莉さんと佳さんが車に乗って、私と津さんが車に乗って、二台で道を変えながらその場所に行くことになった。

 一刻も争う事態なので、真剣な眼差しで運転する津さんに、私は気が付けばお腹を押さえていた。ここにいるかもしれない命。空くんと陸くんが教授の居場所探しを手伝ってくれた時点で、ここにいるのは二人だと、私は確信していた。

 二人はずっと私の傍にいてくれたのだ。

 二人を失うわけにはいかない。それと同時に、二人のために教授を捕まえなければいけない。

 辿り着いたコテージは黒服の男性たちが見張っていたが、佳さんが軽々と投げて無理やりに押し入った。一階でたむろしている護衛たちの処理は佳さんと茉莉さんに任せて、私と津さんは、まずは子どもたちの安全確保に走った。

 上空から見た感じで、間取りは分かっていたので、子どもたちの閉じ込められている部屋もあっさりと見つかった。泣き声の聞こえるその部屋を津さんが蹴り開けると、震えている小学生くらいの子どもたちが閉じ込められていた。


「もう大丈夫や。蜜月さん、この子たちを車に連れて行こ」

「全員乗りますかね?」

「申し訳ないけど、保護のために本性に戻ってもらおか」


 本性になれば、全員私の『千里眼』で見た感じでは、小型から中型のスズメや九官鳥やインコやオウムなどの鳥だった。人数は8名、5人乗りの津さんの普通乗用車に、法的には乗せてはいけないが、本性の大きさとして乗れないわけではない。

 子どもたちに説明をしようと近寄った私の二の腕が、無造作に掴まれた。反射的に振り払うが、振り返った先には、灰色の髪に灰色の目の少年のような教授の姿があった。

 彼の周囲に波は見えない。本性が何かまでは見えなかったが、これが本体であるのは間違いなかった。


「やっぱり、君が見つけたのか」

「子どもを親元に返しなさい! それに、あなたも捕まえます」

「警察が来てここは騒がしくなるだろうね。移らないといけなくなる。残念だ」

「逃げ延びるようなことを言いおって」


 腰に手を当てた津さんが、私を庇うように後ろの壁に押し付けて間に入って、見えない刀を抜こうとした瞬間、後ろの壁がスライドして開いた。寄りかかっていた私は、壁がなくなってそのまま薄暗い部屋の中に倒れ込んでしまう。

 教授に切りかかるどころではなくなった津さんが、助け起こそうと私に駆け寄るのを見計らったかのように、スライド式の扉が閉じてしまった。


「嘘……閉じ込め、られた!?」

「蜜月さん、無事か!?」

「津さんこそ……何、この寒さ」


 吐く息が白い。

 震える私たちに、ブンッとモニターの起動音が響いて、手の届かない天井に設置されたモニターが子どもたちのいる部屋の中を映し出す。


『素晴らしい「千里眼」はそのまま欲しかったけれど、仕方がないので冷凍保存させてもらおう』

「冷凍保存やて? 蜜月さんの目を、か?」


 苛立った口調でモニターに話しかける津さんの様子に、私は周囲を見回した。段ボール箱や発泡スチロールの箱が置かれたこの場所は、冷凍室のようだった。息をするだけで肺が痛いくらいに空気が冷たい。

 凍える息を吐きながら、震える手で段ボールの中身を確認して、後悔した。教授は、空くんと陸くんの肉体をホルマリン漬けにして保存するような、悪趣味な人物だったのだ。『ひとならざるもの』やそれ以外の動物の体の一部と思わしきものが、そこには入っていた。


『蜜月さんと津さんはどうしたの?』

『さぁね。今頃、二人で仲良く暖め合ってるかもしれないね』

『どういうことだ?』


 一階にいた護衛たちを片付けて警察に引き渡した茉莉さんと佳さんが、部屋の中に入って来るのがモニターに映った。二人に助けを求めようと声を上げても、向こうからの声はモニターを通して入るようだが、こちらからの声が届かない。


「どうしましょう、津さん……」

「佳と茉莉さんに気付いてもらえな、助けてもらえへんやろな」


 スライド式の扉を開けようとしても、頑丈すぎて、手が冷たくなるだけだ。皮膚が張り付いて剥がれては困ると手袋を貸そうとすると、津さんはそれを断る。


「蜜月さんは少しでも暖かい格好をしててや。長期戦になるかもしれへん」


 モニターの向こうでは、教授と佳さんと茉莉さんが交渉をしている。


『子どもたちは返して構わない。僕が欲する能力の持ち主はいなかったからね。それで、君たちのお仲間だけど、僕を逃がすという約束をするなら、引き渡しても構わないよ』

「ダメ! 佳さん、茉莉さん、騙されないで」


 私はここだと主張しても、佳さんと茉莉さんに届かないのがもどかしい。


『本当に返してもらえるのか分からないわ。津さんと蜜月さんの姿を見せてちょうだい?』

『この通り、まだ、生きているよ?』


 手に持ったタブレット端末を教授が見せているが、どこかにカメラがあって私と津さんの様子も映し出されているのだろう。


「茉莉さん、佳さん、ここです!」

「音声は切ってるみたいやな……」


 冷たい空気に震えが止まらない。カチカチと歯が鳴る私を、津さんが引き寄せて抱き締める。むき出しの津さんの手もとても冷たかった。

 命の危機にさらされているのは私だけじゃない。津さんもだ。


「携帯電話はどないやろ?」

「寒さで電源が落ちています……」


 よくは知らなかったが、携帯電話とは充電池が夏場に暑くなってオーバーヒートを起こして使えなくなることがあるが、寒さにも弱いようだ。寒冷地用の携帯電話もあるのかもしれないが、私のものも、津さんのものも、寒さで電源が落ちてしまって、全く反応しなかった。


 こうして、私たちは冷凍室に閉じ込められて、話は冒頭に戻る。

 外にいる佳さんと茉莉さんとは連絡がとれない。タブレット端末で私たちを見せた後で、すぐに教授は画面を消してしまったようだった。

 ということは、教授に私たちの行動は見られていないはずだ。


「かまくら! 津さん、かまくらです!」


 寒い場所でどうやって暖を取るかとなれば、それくらいしか思い付かない。かまくらを作れば、その中の空気は温まるので、むき出しで冷凍室の風を浴びているよりもかなりマシになるだろう。


「せやけど、材料が足りるやろか……」


 津さんの心配通りに、この冷凍室に入っている段ボールや発泡スチロールの箱は、数が少なかった。中に入っているものがなんであれ、命には代えられないのだが、それはともかくとしても、ぎりぎり周囲を一人分囲めて、屋根ができないような造りのかまくらしか出来上がらなかった。


「俺が屋根になる」

「男性の方が体脂肪が少ないから、寒さに弱いんですよ。私の方が背も高いし」

「獅子になったらええんやないやろか」

「獅子はサバンナ、熱帯の生き物です。ますます凍えちゃいますよ!」


 なんとか津さんが私を守ろうとしてくれるのは嬉しいが、その方法では津さんの方が凍えてしまう。着物用のコートは着ているが、マフラーも手袋もないのだ。


『二人は見せただろう? さぁ、僕を自由にして』

『茉莉さん、蜜月さんの命には代えられない』

『津さんもね……子どもたちは帰って来るし……』

『考えるまでもないだろう。仲間思いなんだから』

『先に二人を開放しろ!』


 冷凍室の外では交渉が続いているのがモニターに映されている。こうやって見せつけることで、私たちを絶望させようという魂胆なのだろう。

 寒さをしのがなければ、生きて帰れたとしても凍傷でどこか失っているかもしれない。大事な津さんの手足が欠けるのは、私にとって我慢できることではなかった。一人しか入れない小さなかまくらを示す。


「津さん、そこに入ってください」

「あかん、蜜月さんが入ってや……蜜月さん、妊娠してるんやろ?」


 あぁ、津さんは気付いていた。

 絶対に譲らないと凛と私を見つめる津さんに、私は嘘を吐くことができなかった。


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