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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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13.双子の手を借りて

 一月の和己くんの2歳の誕生日は、バナナのケーキでお祝いした。甘く煮たバナナをスポンジケーキに挟んで、生クリームでコーティングして、上に生のバナナを飾ったケーキに、和己くんは大興奮だった。イチゴの出回る季節なので、イチゴのケーキでも良かったのだが、和己くんに聞いた結果、「ばばば!」とバナナのケーキを所望された。

 顔から突っ込むようにして食べる和己くんは、二歳になってますますむっちりと肉付きが良く、可愛らしい幼児に育っていた。誕生日に呼ばれた沈くんは、ぼーっとしている間に、和己くんに上に飾ったバナナを手掴みで取られるというハプニングがあったが、お代わりを上げようとしても拒否して、茉莉さんに抱っこされて帰って行った。

 2歳になった和己くん、元々お喋りは上手だったが、ますます上手になって、かなり意思疎通ができるようになっている。その上、歌は2歳児とは思えないほど感情豊かに美しく澄んだ声で歌う。


「和己が狙われないか心配だな」

「小鳥は需要が高いんですか?」

「和己は特に可愛いけれど、鳥類は能力も様々だからね」


 他人の声を真似たり、歌で眠らせたり、癒したり、空を飛んだり、千里眼で見通したり、鳥類には様々な能力があると佳さんは説明してくれた。


「ただの食いしん坊やないんやな」

「まんま?」

「もう、ご馳走様したやろ?」


 お腹がいっぱいになっても、まだ食べたがる和己くんは、成長期ということもあるが、佳さんのところで育てられるまでに食べられなかった分を取り戻しているようだった。

 警察から人身売買絡みかもしれないという情報が入ったのは、二月の初めのこと。まだ冷える時期なので、しっかりとマフラーに手袋を付けて出勤してきた私に、茉莉さんが説明してくれた。


「一般の人間に紛れて暮らしてる『ひとならざるもの』の子どもが攫われているみたいなの」


 学校の登下校の際に忽然と消える子ども。

 半狂乱になって探す両親の話を聞いて、私は青ざめた。


「和己くんと沈くんのときみたいに、時間が勝負なんじゃないですか?」

「分からないけれど、特定の種類を集めているみたいなのよね」


 行方不明になっている子どもはみんな、鳥類なのだと聞いて、私は和己くんのことが心配でならなかった。保育園の行き帰りにはきっちり佳さんが付いているが、保育園内で攫われたら、どうしようもない。

 その件に関しては、茉莉さんも同意見のようだった。


「沈さんと和己さんはしばらく登園させずに、夜臼の家と事務所で様子を見ましょうって佳さんと話したところよ」

「ただでさえ外で遊べないのに、通園まで制限するなんて」


 怖がりで和己くんの後ろから出て来れなかった沈くんも、クラスに馴染んで、和己くんと一緒ならお友達と遊べるようになっていた。保育園で遊ぶのをやっと楽しめるようになったのに、それも取り上げられてしまう。

 怒りと共に、なぜか吐き気がこみあげてきて、私は口元を押さえた。私の様子に、茉莉さんが心配そうに顔を覗き込む。


「蜜月さん……もしかして……」

「そうかもしれないと、思ってはいるんですが……まだ、はっきりとは」

「津さんと病院に行ってきた方が良いわ」

「私、まだ、教授を『千里眼』で見てないんです」

「蜜月さん、無理はしないという約束よ」


 赤ん坊ができているかもしれない。

 自覚はあったのだが、まだ初期だし、はっきりと分かっていないので、もう少しならば普段通りに働けると思っていた。


「和己くんと沈くんのためにも、早い解決をしないと。攫われた子たちも無事に親元に返してあげたいです」


 懇願する茉莉さんに、「できるだけ早く病院に行くこと」と「津さんに正直に話をすること」を約束させられた。

 店にいた藪坂さんから教授が現れたと連絡が入ったのは、その直後のことだった。仕事を終えて出勤してきた津さんがそれに気付いて、事務所ではなく店に直行したという。


「行って来るわ。くれぐれも、無理をしないで。沈さんと和己さんのことは頼んだわよ」


 キッズスペースで遊んでいる沈くんと和己くんの傍に座って、私は足元に目をやった。キッズスペースには、組み合わせて使えるマットが敷いてあるのだが、それを通過して、床すらも透かして、私の『千里眼』は下の階のお店を見ることができた。

 お店では教授がカウンターから身を乗り出して茉莉さんに迫っていて、それを津さんが腰の辺りに手をやって、見えない刀をいつでも抜ける体勢で見守っている。

 急遽呼ばれたのだろう、佳さんもお店の中に入って来るのが見えた。

 佳さんの方を振り向いた教授は、完全に佳さんと津さんと茉莉さんに注意が向いていて、私の『千里眼』の前では無防備だった。

 よくよく目を凝らす。便利なことにズームもできるようになっている私の『千里眼』は、教授ではない誰かに纏わりついて『現身』としている水の膜を捉えることができた。

 水は透明なもの。向こう側が見えるはず。

 また、水は鏡ともなる。向こうの景色を映し出すはず。

 津さんと行った海の水面を見据えるようにして、じっと目を凝らしていると、突如、水中に引き込まれるような感覚に陥った。襲い来る波を掻き分けて、必死に出口を探している。息が続かなくて、窒息しそうになるが、子どものイルカの幻影が現れて、導くように私の前を泳いでいく。

 子どものイルカを追いかけて行くと、不意にぱちんと水の膜から抜け出したような感覚がした。

 空を飛んでいるように、私は上空からコテージを見下ろしている。不思議と苦しくも怖くもないのは、すぐ傍に幻影の隼が飛んで、私を導いてくれているからだった。隼と共にそのコテージを見下ろすと、屋根が透けて中が見える。

 泣いている子どもたちを閉じ込めた部屋。

 そして、天蓋付きのベッドに眠る、灰色の髪の少年の姿。

 これに眼鏡をかけさせて、スーツを着せたら、教授になる。


――おかあさん、もどって!


 呼び声が耳の中で反響したのと、少年が目を開けたのとはほぼ同時だった。

 何が起きたのか分からないが、私は汗びっしょりで震えながら、事務所のキッズスペースに座っていた。沈くんと和己くんが、遊ぶ手を止めて、私の顔を見上げてきている。


「大丈夫……」


 魂を切り離すことができた空くんと陸くんの双子。あの二人が力を貸してくれた気がしてならなかった。息を整えてもう一度店を見ようとすると、階段を駆け上がってきた津さんと佳さんと茉莉さんが事務所に入って来た。


「教授が急にいなくなったのよ」

「居場所を知られたとか言うてた」


 残された『現身』の能力をかけられた人物は藪坂さんに頼んで、三人は私のことを心配して事務所に上がってきてくれたのだ。

 冷や汗を手で拭いながら、私は頷く。


「多分、見つけました。子どもたちもいました」


 あのコテージがどこにあるか、私には分かる。

 コテージから見下ろした視界に、津さんと行った海の近くの駐車場が見えていたのだ。


「和己さんと沈さんは藪坂さんに預けるわ。すぐに出られる準備をして」


 コートとマフラーと手袋を纏って、駐車場に降りていく私に、津さんが並ぶ。携帯電話とワイヤレス式イヤホンも忘れてはいない。


「蜜月さん、お手柄やったけど、平気か? 顔色が悪いで?」

「津さん、この事件が終わったら、話したいことがあります」

「なんや?」

「終わったら、で」


 今はまだ話してはいけない気がする。

 陸くんと空くんが私の手助けをしてくれたこと。そして、私のお腹に赤ちゃんがいるかもしれないこと。

 話してしまえば、きっと津さんは私にここに残るように言うだろう。

 自分で見つけ出した教授を、逃がしたくなかった。

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