12.夜臼のお正月
束の間の休息というのだろうか、年の瀬から新年までは、警察で数件人身売買を直前で検挙したという情報を聞いたくらいで、私たち自身の出動はなかった。
年の瀬、津さんが誇らしげに告げたのが、次の言葉である。
「俺、お節は知ってるで?」
クリスマスをよく知らなかったこと、家族で楽しむ習慣がなかったことを、津さんなりに気にかけてはいたのだろう。お正月の作りはしたことがあると、自信満々だった。
「私もお節は作れるよ。和己はお節の何が好きかな?」
「おちぇち? おいち?」
「美味しいものもあるし、和己にはちょっと難しいものもある」
せっかくなので夜臼家のお節料理を私も教えてもらうことにした。
キッチンに津さんと私と佳さんが並ぶと狭いが、その狭い中、脚元で和己くんがおままごと道具を準備してやる気満々のスタイルだった。
「黒豆は艶が出るまで煮るやろ」
「人参、レンコンは花形に切って、茹でて、お出汁と御酢に漬けておく。菊花蕪もお出汁と御酢につけておく」
「ごまめは、いりこがカリカリになるまで電子レンジで水分を飛ばすんや」
馴染みのあるごく普通のお節料理が、料理上手の二人の手で作り上げられていく。
塩抜きをした数の子は味を調えて、煮た海老は大きく豪華で彩りを添える。ゴボウは煮たものを叩いて、ゴマを振りかけるようだ。
「うちはゴボウも御酢に漬けてました」
「蜜月さんとはちょっと違うみたいやな」
「サツマイモで栗きんとんを作るのは同じですね」
「和己、お味見するか?」
「まんまっ!」
栗だけだと高いし手に入りにくいので、サツマイモを茶巾に絞って、栗に見立てるのも、我が家と同じようだった。大きなお口にひとかけ入れて、味見をさせてもらった和己くんは、お目目を輝かす。
「おちぇち、おいち」
「栗きんとんが好きか。それは良かった」
他にもがめ煮を作ったり、紅白のかまぼこを切ったりして、お節のお重はたっぷりと埋まっていった。良く磨かれたお重は、相当年季が入っていそうで、夜臼の歴史を感じさせる。
そこまでは平和だった。
お雑煮のためのお椀を洗っているところで、何かが食い違い始めたのだ。
「蜜月さんのお雑煮はどんなんやろな」
「うちは、母方の祖母が九州だったので、鰤雑煮ですね。あごっていうトビウオの仲間でお出汁を取って、カツオ菜と大根と椎茸と、丸餅を煮て入れて、上に柚子の皮を少し香りづけに飾ります」
「それは食べてみたいな」
「津さんと佳さんの……夜臼のお雑煮はどうなんですか?」
お雑煮をさすがに何種類も作るわけにはいかないし、これだけ津さんが自信を持ってお正月の料理を作ってくれているのだ。今年は夜臼のお雑煮を食べようと思っていた私に、津さんと佳さんが答えた。
「澄まし汁に焼いた餅を入れて、鶏肉と三つ葉とかまぼこのシンプルなお雑煮やなぁ」
「白味噌仕立てで、丸餅を煮たのに、大根、金時人参、三つ葉を入れたお雑煮だよ」
あれ?
津さんと佳さんは同じ夜臼の家で育ったはずなのに、噛み合っていない。本人たちも気付いていて、二人で向かい合う。
津さんも日本人にしては背は高い方だが、佳さんも女性にしては背が高い方で、睨み合うと後ろに漆黒の獅子と白銀の虎が見える気がする。
「お雑煮は白味噌仕立てで、煮餅に限るよな?」
「いやいや、焼いたお餅がお澄ましでとろっとなるのがたまらんのや」
「焼いた意味がないだろう」
「そっちこそ、ただの味噌汁やないか」
「何を言う! 和己は味噌が大好きだぞ?」
「俺のお雑煮を蜜月さんに食べてもらうんや! これは譲られへん!」
どうしましょう。
お雑煮は地方によって違うので、嫁ぎ先で嫁姑で争いになることがあるというのは聞いていた。私は津さんのお雑煮も食べてみたいし、私のお雑煮も食べて欲しいので、隔年でお雑煮を担当すればいいかなんて、軽く考えていたのだ。
まさか、津さんと佳さんのお雑煮が全く違うなんて、考えもしなかった。
「どうして、お二人は兄妹なのに、お雑煮が違うんですか?」
「俺はお雑煮はお師匠さんの旦那さんに教えてもろたんや」
「私は茉莉さんに教えてもらったよ」
そうでした。
この兄妹は食事を作るのも別々で、私が来るまでは食事が当番制というのすらなく、自分たちで好きに作っていたのだった。外食は異物混入が怖いし、自分が作ったものが一番安心で、兄妹の間でも相手が作ったものには手を付けない、そんな生活をしていたのだったら、お雑煮が違ってしまっても仕方がない。
これが夜臼家なのだと私は受け入れるしかないのだ。
決意すると、私は和己くんを抱っこした。今味方となり得るのは、和己くんだけしかいない。
「和己くん、お雑煮、佳さんと津さんが作ってくれるんだって。二杯も食べられるよ」
「にちゅ? いーの?」
「二人ともが作ってくれると嬉しいよね? 私も、お二人のお雑煮、食べたいです」
「まんまっ! おいちっ! いっぱい!」
食いしん坊の和己くんは、誰が作ったかに関しては佳さんが作ったものが一番好きなのだが、それ以外でも、食べられるものならばたくさん食べたい欲がある。食欲たっぷりに涎を垂らして、両手を上げて二人に、雑煮が何か分かってもいないのに美味しいものだと信じて二杯雑煮を食べるアピールをする和己くんの可愛さに、佳さんが勝てるはずはなかった。
「そうか。和己はどっちも食べたいか」
「あい! まんまっ!」
「それなら、仕方ないなぁ。佳と俺でお雑煮作るか」
「次の年は、お礼に私に任せてくださいね」
「蜜月さんのお雑煮も楽しみやなぁ」
和己くんの大活躍で、どうにかお雑煮戦争は幕を閉じたかのように思えた。
元日は、茉莉さんも呼んで、沈くんも一緒の賑やかな年の始まりになった。お節料理で沈くんが食べられそうなものをお皿にとって、茉莉さんが手を合わせる。
「お雑煮は二種類なのね」
「津さんと佳さんが作ってくれました」
「白味噌が私だ」
「お澄ましの方が俺やで」
二人のお雑煮が違っていたことを、茉莉さんも気付いていなかったようだった。二つ並んだお椀に驚いている。
「佳さんのは私が教えたのだけれど、津さんは誰から習ったの?」
「お師匠さんの旦那さんや」
「晶さんの旦那さんだったのね。一時期家族みたいに仲良くしていたものね」
懐かしそうに目を細めている茉莉さんに、沈くんがお椀にスプーンを突っ込んで格闘していた。お餅が滑って、伸びて、なかなかちぎれないし、掬えないのだ。
「大きいまま食べたら危ないわ。お餅は切ってしまうわね」
「おもち、たべちゃい」
「佳さんのは煮餅だけど、津さんのは焼餅なのね」
切りながら茉莉さんが沈くんに説明する。お餅は切ってもらって、喉に詰まらないようにちょっとずつ食べて、満腹になった沈くん。食べ過ぎてお腹がぽんぽこりんになってひっくり返る和己くんを遊びに誘いに来たときに、戦争が勃発してしまった。
「おいちかった」
「ねー。おいち、ね」
可愛く二人が話しているのに、津さんと佳さんが近付く。
「どっちのお雑煮が美味しかったかい? もちろん、私のだろう?」
「押し付けはあかんで、佳。俺のが美味しかったよな?」
大人げなく1歳と2歳の和己くんと沈くんに問いかける二人に、和己くんはお手手を上げて良いお返事だった。
「けー!」
「そうだな、和己は私のご飯が一番好きだもんな」
愛されて評価されて、満面の笑みの佳さんに、津さんは退けなくなってしまったのだろう。
「沈は夜臼の子やから、俺のお雑煮が美味しいに決まってるわ」
「お前のお雑煮は夜臼のじゃなくて、晶さんの旦那さんのだろう」
「夜臼の当主が作ったんやから、夜臼の雑煮や! な、沈?」
「やぁや……まー、たちけて……」
お目目にいっぱいに涙を浮かべて蝙蝠の姿になった沈くんを、津さんが脅すように乱暴に掴んだ。それを佳さんが外そうとする。
揉み合っているうちに、二人の手から飛んで行ってしまった沈くんは、なぜかお正月のために着ていた可愛いセーターとシャツと肌着とハーフ丈のパンツが飛んで行って、オムツ一枚で茉莉さんの腕の中にキャッチされた。
「まー……おむちゅ……しゃむい……」
理不尽な争いに巻き込まれたこと、なぜか服が毟られてしまったことを涙目で訴える沈くんに茉莉さんが生温く微笑んでいる。
即座に土下座する佳さんに、何かを悟った和己くんがごめん寝と呼ばれる格好で謝る。
「手が滑っただけなんだ、すまない」
「ごめちゃい!」
「大人げないことに沈さんを巻き込まないでくださる? 沈さんが夜臼の家の子だとしても、保護者は私よ?」
「も、申し訳ありませんでした」
津さんも土下座をして謝って、新年から茉莉さんは最強だと思った私だった。
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