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大鷲の翼は漆黒の獅子を抱く  作者: 秋月真鳥
三章 私の世界と巡る命

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11.作戦会議

 籍を入れた日に、津さんは私を海に連れて行ってくれた。冬の海風は冷たくて、なんの準備もしていなかった私はとても寒かったが、澄んだ海の美しさに見惚れてしまった。

 デートで海を見に行くなんて、物凄くロマンチック。

 そのはずだったのだが、そのときに私の頭に浮かんだのは、教授のことだった。


「波が見えてるって、茉莉さんに言いませんでしたっけ?」

「教授の正体を見ようとしたのよね。確かに言われたけど、海洋生物だから水を媒介にしているくらいにしか思ってなかったわ」

「『千里眼』で相手の正体が見えることがあるから、教授の正体を見ようとしたら波に阻まれて見えなかったんですよね。茉莉さんの言う通り、教授が水を媒介に『現身』の能力を使っているのだとしたら、透明な水の向こう側、本体がいる場所が見えるかもしれないって思ったんです」


 水は透明で、ときに水面に鏡のようにものを映す。その水を媒介としているのだったら、教授の纏う波の向こうに、本体がいる場所の手がかりが見えないかと考えたのだが、それを試すことは出来なかった。

 せっかくのデートで仕事のことを考えてしまったのは津さんに申し訳なかったが、それだけ私たちの未来に、教授が邪魔になるという考えが捨てられなかったのだ。攫われて売られないために、沈くんも和己くんも、家の庭で遊ぶしかないし、保育園の送り迎えも厳重にしている。まだ小さいので行動範囲が狭いから良いのだが、小学校に行くようになったら、自分で通学路を歩いて行かなければいけなくなるのだ。

 過保護な佳さんは毎日送って行っても構わないと言いそうだが、通学路を自分で歩くことも小学生になるための大事な行動の一つである。それを制限されるというのは、やはり沈くんと和己くんの正常な発達を阻害しているとも言える。


「沈くんも和己くんもですし、私と津さんの間に赤ちゃんができたら、その子も教授の妙な妄想に付き合わされて、誘拐の危険性を常に考えて行動しなければいけないとか、冗談じゃないです」


 どれだけあの教授に私たちが迷惑をかけられているかを口にすると、怒りが募って来る。


「それなのに、私、見ることができなかった……」


 怒りの次には、自分の不甲斐なさに私は項垂れた。

 今日は怖かったり、腹が立ったり、意気消沈したりして、感情が忙しい。

 見えそうな気がしたけれど、見ていることがばれて教授に危害を加えられるのが怖かった。特に隣りに津さんがいて、津さんも一緒に何かされていたかもしれないと思うと、ぞっとする。

 イルカと隼の双子の陸くんと空くんでさえ、幻の館を作り出して、それを崩壊させて押し流したのだ。教授が怒り狂って大津波を起こしたら、私も津さんも無事ではなかったかもしれない。


「落ち込むことはないわ。蜜月さんは、自分と津さんを守る、賢い選択をしたのよ」

「見えていたら、捕まえられたかもしれないのに」

「教授の登場が唐突過ぎただけや。こっちで罠を張って、蜜月さんが気付かれへんように、教授を見られる作戦を立てなあかん」

「自分ができることを考えて、気付いてくれただけでも、蜜月さんはとてもよくやってくれてると思うわ」


 茉莉さんと津さんに二人がかりで慰められて、優しくされて、私は涙が出そうだった。一日も早く沈くんと和己くんに自由を与えたい。そう思い過ぎて、私は焦っていたのかもしれない。

 津さんや佳さんが普通の暮らしをできなかったようなことが、沈くんと和己くんにはあってはいけない。クリスマスのことだって、二人に普通の平凡な子ども時代を味わってほしい一心だった。


「私に、チャンスをください」

「次に教授が来たら、俺たちで気を引こ。その間に、蜜月さんが安全な場所から見るってのはどないやろ」

「安全な場所……どこが安全でしょうか?」

「蜜月さんは、建物を透かして見れるんよな?」


 問いかけられて、私は気付いた。

 この事務所は茉莉さんのお店の上の階にある。事務所から動かなくても、私はお店に来た教授を見ることができるのだ。


「そうです、できます。津さん、それで行きましょう」


 次に教授が来たら、店の方は津さんや佳さんや茉莉さんで対処するとして、私は事務所から教授の姿を見ることにする。『千里眼』ならば、事務所の床も透かして、店の様子をみることができるはずだった。

 計画が決まったところで、仕事のある津さんは、家に戻って行った。飲み終わった梅昆布茶の湯呑を洗っていると、茉莉さんが隣りに並ぶ。


「津さんとデートに行ったのね」

「晶さんたち家族と行った海に連れて行ってくれたんです」

「寒かったんじゃない?」

「寒かったけど、水が澄んでいて、とても綺麗でした」


 報告すると、茉莉さんが目を伏せて微笑んだ。青白い睫毛が透けるようで、その美しさに私は息を飲む。


「津さんは、家族との思い出がないから、晶さんとの思い出の場所に連れて行ったのね」


 完璧な大人の美形だと信じ込んでいた津さんには、家族との普通の生活という概念がすっぽりと抜けていた。自分でもそのことを気にしているのだろう、和己くんを抱っこしようとしたり、沈くんを追い掛け回したり、子どもの扱いを覚えようとしているが、逆効果な気がしてならない。

 そんな津さんの力になりたい気持ちが、私にはあった。


「津さんになくて、私にあるものが存在するなら、渡したい」

「そう思ってくれる相手が伴侶なら、子どもが産まれても安心ね」

「そ、そうですか……」


 子どもは欲しいのだけれど、今じゃないとは理解している。

 今は教授との対決に集中するべきときで、妊娠してしまったら私は前線に立てなくなってしまう。ただでさえ人手不足の四人しかいないこの事務所で、私がいなくなるというのは、事件解決には非常に響くことだろう。


「欲しいんですけどね」

「焦らなくて良いとは思うけれど、隠さないでね?」


 真剣な茉莉さんの眼差しに、どきりと心臓が跳ねた。


「妊娠したら、それは『おめでたい』以外のなにものでもない。そのことは覚えていて。仕事ができなくなるからって、下手に隠して、赤ちゃんに影響がある方が私たちは悲しいわ」

「はい……」


 釘を刺されて、私は頷く。誕生日に指輪を貰ってから、何度か、避妊具を付けないで津さんに抱かれた。赤ん坊というのがそんなに簡単にできるわけではない。排卵周期というのがあって、排卵日にしかできないという知識があっても、やはり、絶対というものはこの世にない。

 できていないだろうけれど、もし、赤ん坊がお腹にいたら、私は教授の件が落ち着くまで、茉莉さんや津さんに内緒にしていたかもしれなかった。先にその可能性を考えて、きっちりと言ってくれる茉莉さんに感謝する。


「茉莉さんは良い上司ですね」

「褒めてくれるの? 嬉しいわ。上司より、親友がもっと嬉しいけど」

「し、親友と思って良いんですか?」


 人格的に安定した聖人のようなひとで、沈くんを愛し、津さんと佳さんが成人するまで一緒に暮らして面倒を見て、今は『ひとならざるもの』専門のバーのママと探偵事務所を取り仕切る役を同時にこなしている。年齢不詳だが、恐らくは津さんよりも、私よりもずっと年上で、落ち着いた魅力的な大人の女性。

 こんな相手から、親友と思われていると考えると、ちょっと照れてしまう。


「私、空っぽだったの。縄張り意識が強くて、自分の領域に誰かが入って来るのをものすごく嫌がって、威嚇して、警戒して、ずっと生きてきたの。沈さんと暮らすようになって、自分がこんなに感情豊かだったんだって知ったわ。蜜月さんと出会えたおかげよ。だから、初めての親友になってくれる?」


 友達になってください。

 初めての事件が終わった後で、『ひとならざるもの』の世界に足を踏み入れた私は、茉莉さんと津さんにお願いをした。あれが、茉莉さんにとっては初めての友達ができたという経験だったのだという。


「親友、光栄です。よろしくお願いします」


 喜んで握った茉莉さんの手は、すべすべして柔らかくて、美しい女性のものだった。

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